第43話

 随分と長く電車に揺られること小一時間。座るところすらないそこは随分と窮屈だったけれど、詩音くんがずっと僕をドア付近へ押し付けて周りを警戒するものだからまるで大切にされているような感覚に陥った。そんなのしなくても何も無いというのに。

 そうしてようやく辿り着いたのは、空港だった。


「え、ほんまに飛行機乗るん?」

 と僕が問う。


 確かに詩音くんは飛行機に乗りたいとは言っていたけれど。だとしてもまさか、本当に飛行機まで手配されているとは思わなかった。 

 詩音くんはふふんと鼻を鳴らして僕の肩へ腕を回した。


「もちろん! 北海道行くよ!」

「へ?」


 つい、幾度か瞬いた。だって、あまりに想定外の場所だったから。

 季節は師走。僕たちの地域ですらかなり冷え込む時期。そんな中、だ。


「北海道!? ヤバない!? 凍え死ぬやろ!」

 思わず彼の空いた腕を強く握って、オーバーに揺さぶる。


「だから、覚悟してね?」

 詩音くんは、イタズラに口角を上げて僕の肩へ回していた手で頬をつついた。


 覚悟して、だなんて。覚悟をした所で寒いものは寒いだろう。でも。


「ほんま……突拍子もないなぁ、詩音くんは」


 そんな、普通ならこの時期に選ばないような旅行先選択もなんだか彼らしくて。つい笑みが零れた。


「っはは、安心して。飛行機代は俺の奢りだから」


 当の本人は僕が言っている意味を履き違えているようで、愉快そうにはははと笑い声を上げていた。そういうことでは無い、とのツッコミが出そうになるが。ここはグッとこらえて僕は彼の肩を優しく叩く。


「そこまでせんでええよ。これは僕が僕のために提案した旅行やから」


 もともと言い出したのは僕で、旅行計画を建ててくれたのは詩音くんだ。もっとも、僕の関与はそもそも彼に拒まれていたわけだけれど、それでも頼りきってしまったことには変わりない。

 それに。本当に、この旅行を誘った理由には、詩音くんに楽しんでもらいたいだなんて気は毛頭なかった訳だ。そんな中僕の分まで支払わせるなんて。と、そう思った。でも。


「え、何のために俺がバイトしてると思ってんの!」


 彼はそう、僕の申し出を断った。

 少なくともこんな風に僕に使うでは無いと思うのだけれど、彼の中では既に奢ることが決定しているらしい。


「ほんなら」と僕は提案をする。「今日の晩御飯は僕の奢りな?」


「はいはい」


 詩音くんは、まるで大して聞いていないように僕の言葉を流して受付へと歩みを進めた。






 受付を終え保安検査を受け、少しお土産を見て回ってから飛行機に乗り込む。詩音くんは楽しみにしていただけあって、ずっと窓の外を眺めては僕に逐一なにかしらの報告をしていた。

 あれだけゲームが好きな詩音くんが、スマホの使えない状況でこんなに楽しそうにしているのは少し意外で。でも、やっぱり嬉しかった。

 そして。

 遂に、飛行機は北海道の地へと降り立った。

 ドキドキと胸が高鳴る。どう考えても僕たちの住む地域とは比べ物にならないほどの極寒だ。なのに、降り立ってみると不思議と緊張よりもワクワクが勝る。しかし。

 そう言っていられるのは本当に、飛行機を降りるまでのその時だけだった。


 飛行機の扉が開き、人々が列を成して空港内へと向かう。問題はその飛行機と空港を結ぶ、通路にあった。


 通路へ足を踏み入れるや否や、まるで巨大な冷凍庫に迷い込んだかのような凄まじい冷気が頬、手、首元など、あらゆる露出された表皮を襲う。

 詩音くんは自らの肩を抱き肩を竦めて、白い息を吐き出しながら声を上げた。


「待ってやばくない!? めっちゃ寒いんだけど!」

「やばいってこれ、外歩けへんやん」

「おわった。もう俺鼻毛凍った」


 スーツケースを強く握りこんで、北海道行きを決めた本人の肩を揺する。しかし、彼もまたポジティブな言葉を返すことはなくそう言って人差し指で鼻を擦った。


「はよ行こや」

 

 僕はそんな彼の背中を押して、取り敢えず空港の中へと急ぐのだった。

 空港の中は、通路に比べて比較的暖かい。そんな中、詩音くんはおもむろに僕のリュックの中へ手を突っ込んだ。


「カイロカイロ……」

「え、持ってへんで?」

「ひなたがくれたやつ」


 リュックから出てきた詩音くんの手には、本当に4つのカイロが握られていた。そういえば、出る前になにか貰ったっけ、と思い出す。


「あいつ、行き先知っとったんなら言えやなぁ」

「俺が口止めしてたからねえ」


 僕が口を尖らすと、詩音くんは楽しそうにケラケラと笑って4つのカイロの封を切った。





 そこから更に電車に揺られること約2時間。ようやくご対面した北海道の外は、あまりに寒くて。でも。


「うわあすご、めっちゃ雪降っとるやん!」

「ね、雪合戦したい」


 詩音くんは、ついはしゃいだ声をあげる僕の隣にくっついてそう笑った。

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