魔法の設計士〜その男、有能すぎて引く手あまた〜

神伊 咲児

第1話 いわれなき解雇

 

 僕は魔法の設計士。


 魔法の設計士とは、魔法の設計をする者のこと。


 ファイヤーボールは400の魔力量で撃つより、200で撃った方が効率がいい。


 魔力量を抑え、かつ威力を上げることが設計士の使命だ。







ーー魔法研究所ーー




「アリアス・ユーリィ。貴様はクビだ」


 ほぉ。


 僕を呼び出して何を言うかと思えば。


 解雇通達だと?


 そうは思ったが時間が惜しい。


 僕は魔法歴書を読み進めた。


ペラリ……。


 この本は分厚くて片手で持つにはやや疲れる。


 それでも、常時持ち歩いて解読を進めているのは、単に魅力があるからにすぎない。


「おやぁ? 震えているのを誤魔化しているのかな? ククク。しかしもう遅いぞ。解雇は決定したことだからなぁ」


 ビッカ・ウザイン。


 彼は僕より5つも年上だ。


 25歳という若さで研究所の所長をしているのだが、どうすればこんな人間が出世できるのか不思議でならない。


 処世術に興味のない僕にとって、彼は異次元の存在だ。


ペラリ……。


「おいおい歴史オタクさんよぉお。魔法暦書など、今は読んでいる場合ではなかろう。ククク」


 この本には古代魔法に関することが記されている。


 誰も知らない滅びた文明の魔法。新しい魔法が発見できれば歴史的快挙なのだ。


 解読するのに1冊、3ヶ月もかかる。

 

 僕は魔法暦書の解読に尽力していた。


 だから、時間が惜しいのだ。


 くだらない所長との会話などは、極力避けたいのが本音である。


「聞こえているのか? クビだぞ。クビ」


 とはいえやはり、解雇とは聞き捨てならない。


「理由を説明してもらおうか」


 僕の目は魔法暦書から片時も離れなかった。


 視線を移すくらいなら、愛用している眼鏡の位置を少しだけ上げた方が100億倍マシである。


「貴様は研究所に入る公務費用を減らしたな。一介の設計士ごときに、そんなことが許されると思うのか?」


 公務費用とは王室から与えられる研究費のことだ。


 このロントモアーズ魔法研究所は税金で運用されている。

 

「はぁ……」とため息をつく。


 彼との話は長くなりそうだ。


 それにきっと、不毛な結論に帰着するに決まっている。


「僕が、公務費用を減らしたと?」


「そうだ。設計士のお前にそんな権限はない」


「確かに、あなたの言うとおりだ。魔法の設計士とは、その名のごとく、魔法を設計する人のことだからな。そんな身分の人間に公務費用を削減する権限はない」


 だがな、


「計算ができるからという理由で、設計士の仕事とは別に、経理の仕事を僕に押し付けたのはあなたの指示だろう?」


「さぁあて、知らんなぁ。経理の仕事を手伝ってくれたのは、貴様の善意ではなかったのかな? ククク」


 呆れるな。


 僕の時間を搾取しておきながら。しかも給料は設計士の分だけだった。


「アリアスゥウウ。研究費用が減ったら我々の給料が減ってしまうのだぞぉお。犯した罪は大きいなぁあああ」


 やれやれ。

 都合の悪いことは全て僕の責任か。


 しかしな、公務費用削減には相応の理由がある。


 所長のビッカがそれを知らないはずはないだろう。


 周知の事実を口にするなんて無駄なことはしたくないが、流石に看過できないな。

 

「ビッカ所長。よく聞いてくれ。今、王都ロントモアーズは流行り病で大変な時なんだ。公務費用は薬の開発費用に回されたにすぎない」


「そんなこと。貴様に言われんでも知っている」


「僕は経理の関係で騎士団長より相談を受けたんだ。今は研究費より──」


「魔法の研究の方が重要なんだよ!!」


「…………」

 

 やれやれ。

 流行り病を癒す魔法が研究によって判明すればいいがな。


 魔法暦書の解読は未だ鈍足だ。


 流行り病を治す魔法なんて、当分見つかりはしないだろう。


 今は薬の開発の方が先決なんだ。


「公務費用の流用は騎士団長から直々に頼まれた。王都には薬が必要なんだ」


ドンッ!


 彼は所長の机を叩いた。


「ふざけるな! 研究所の金は俺が決めるんだよ!」


「だったら尚更だ。最終確認である受領書の印鑑はあなたが押したんじゃないか。金額を確認しない方が悪いだろう」


「黙れ! そんな言い訳がきくか! 貴様はクビだ!」


「はぁーー」と嘆息をつく。


 不 毛 だ 。


 彼のわがままに付き合うのは疲れる。

 

 彼と口論するくらいなら、魔法歴書を3行は解読できるだろう。


「わかったよ。出ていけばいいんだろう」


「ククク! そういうことだ」


 解雇書類は所長秘書のミミレムが持って来た。


 彼女は妖艶な女で香水の臭いが強い。


 品性を疑うほどの露出が激しい服装である。


「じゃあ、これにサインしてね。歴史オタクの無能さん。プフゥッ」


 4年間勤めた仕事だったがな。


 所長の横暴さには辟易していたところだ。


 もう潮時だろう。


「退職金はもらうからな」


「バーーカ! そんな物が貰えると思うのか! 貴様は研究費用を所長の許可無しに改ざんしたのだぞ? 所内違反により、退職金は無しだ!」


「アハハ! ウケる! 身の程知らずってこのことじゃない?」


 これは無視できない。


 僕は魔法歴書を閉じた。そして、眼鏡をクイッと上げる。


「僕は4年間もこの研究所に勤めたんだぞ。退職金、並びにそれ相応の対価を得る権利がある」


「クフフ……。バーーカ。そんなもんは貴様には無い! 一介の設計士が研究所の経理に首を突っ込むことが所内違反なのだ。本来ならば禁固刑が相当よ」


「所長の言う通りだわ。歴史好きのキモオタは黙ってろての!」


 僕が経理を手伝ったのはコイツの指示なのだがな。


 しかし、今は水掛け論。無駄な時間は省こうか。


「騎士団長を呼んでくれ。彼女から聞けば全てはわかる」


「クフフ! そう言うと思ったぜ! おいミミレム、奴を呼んでこい」


「承知しました」


 ミミレムが連れて来たのは副団長のバラタッツだった。


 筋肉質で中年の男である。


 自慢の口髭を遊びながらいやらしい笑みを浮かべた。


「アリアス殿。まさか我がロントモアーズ騎士団が研究費用に手を出したなんて、不名誉なことを言わんでくださいよ」


「あなたでは話にならん。僕は騎士団長と話しがしたいんだ」


「騎士団長は出ております。今は私が代理ですよ。ククク」


「僕は騎士団長から相談を受けましてね。僧侶たちに薬の開発費用を充てがったのです」


「はぁて? そんな話は知りませんが。ククク」


 知らないはずはないだろう。


 そもそも、こいつは騎士団長のように思慮深い人間ではない。


 王都のことなど微塵も考えいないはずだ。


「アリアス。お前は4年間もこの研究所で働いてくれた。それに免じて禁固刑は免除してやる」


「おお! これはビッカ所長の温情ですな。アリアス殿。そなたが研究費用に手を出したことは内密にしておきましょうぞ」


「本当! 流石は所長だわ♡ キモオタのアリアスは感謝しなさいよね」


 なるほど、退職金を免除して僕を解雇させるのが目的という訳か。


 悪知恵の働く奴らだな。


 ……しかし、退職金が出ないのは困ったな。


 不本意であるが引越し費用を稼がなければならない。


 交渉の余地はいくらでもありそうだからな。


「来月には王都の誕生祭がある。花火魔法の設計が必要だろう。その設計くらいは僕がやってもいい」


「ククク。そんなものは心配いらん。ミミレム、奴を連れてこい」


「承知しました」


 部屋に入って来たのは銀髪の男だった。


 髪は長く、背が高い。鼻筋はスッとして、いわゆるイケメンというやつだ。


「彼は同盟国ザムザから引き抜きでうちに配属されたんだ。おい、挨拶しろ」


「シン・ギャランです。あなたと同じ、魔法の設計士。あなたの仕事は私が引き継ぎます」


 なるほど。


 これで全てが繋がった。


 要するに、僕の代わりが現れたってことか。


 それで退職金をゼロにするために言いがかりをつけてきたんだな。


 でも、務まるのかな? 僕の代わりが。


「今年の気候は変わりやすい。去年とはまるで設計式が違うんだ。盛大な花火は難しいぞ?」


 シンはニヤリと笑った。


「大丈夫です。ザムザでも花火魔法は設計していましたからね。きっと上手くできますよ。ククク」


「ギャハハ! アリアス残念だったなぁあああ。貴様の仕事はもうないんだよ! 出てけぇええ!!」


 

 はぁ、とため息しか出ない。

 


「では、この4年間で僕が解読した12冊の魔法暦書は持って行くからな」


「おおっと。そうはいかんぞ。魔法暦書は研究所の財産だからな。部外者になった貴様には持ち運ぶことは許されん」


「なに!?」


「ククク。勿論、その持ってるやつも置いて行くんだ」


「しかし、僕が解読した本だぞ?」


「ダメだ。貴様が解読しようが、魔法暦書の情報は全て我が研究所のものだ」


 そんな……。


 4年間の努力の結晶が……。


「ギャハハ! アリアスゥウウウ! なんだその顔はぁあああ!? 悔しいのかなぁああ!? でも、全部、お前が悪いんだぞぉおお! お前が研究費用を減らしたからぁああ。全部、自業自得だなぁあああああ!! ギャハハハーー!!」





◇◇◇◇



 僕は研究所を出た。


 収納魔法によって亜空間に入っているのは本だけである。


「給料はほとんど魔法暦書の解読の為に使う辞書に使っていたからな……」


 文無しだ。


グゥ〜〜。


 腹が減ったが飯を食う金もない。


 しかもどういうわけか、僕は国外追放処分になっていた。


 おそらく、副団長のバラダッツが手を回したのだろう。


 罪状は公務費用の横領という、まったく身に覚えのないものに書き換えれていた。

 

 やれやれ。

 とんでもない奴らだ。


 僕は小高い丘から王都ロントモアーズを眺めた。


 

「あんな悪い奴らがのさばる国なんて……。王都民が不憫だな」



 4年間過ごした王都だったがそれなりに楽しかった……。


 くよくよしても仕方ないか。


 さぁ、新天地に出発だ。



グゥ〜〜。



 うう、まずは腹ごしらえをしたい。


 僕は腹を押さえて歩き始めた。

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