100回目の殺意

緋色 刹那

「小百合!」

 放課後、百目鬼小百合(どうめきさゆり)が音楽室へ向かっていると、両手に紙の束を抱えた百日紅百実(さるすべりももみ)に後ろから声をかけられた。

「ちょうど良かった! この再生紙の束、校舎裏のゴミ捨て場に持っていってくれない?」

「今? 私、これから部活なんだけど」

「小百合なら遅刻しても怒られないって! じゃ、よろしく!」

 百実は紙の束を小百合に押しつけ、笑顔で走り去っていった。

 その背中を、小百合は殺意のこもった眼差しで見送った。

(……これで九十九回。あと一回殺意を抱いたら、百実を殺せる)


 小百合と百実は恋人だった。

 真面目で才色兼備な小百合とは違い、百実は少々抜けているところがあったが、明るく社交的で誰にでも優しい、素敵な少女だった。

 だが、その長所は次第に小百合をイラつかせた。

 小百合が落ち込んでいても「そんなことで悩んでるの? 気にし過ぎだって!」と明るく振る舞い、小百合の目の前で女友達と戯れ、誰に対しても「好きだよ」と愛の言葉を囁く……プライドの高さゆえに不満を言えず、小百合は怒りを溜め込むばかりだった。


 小百合が初めて百実に殺意を抱いたのは、百実のひと言が原因だった。

「小百合のミスのせいで負けたじゃーん! 責任取ってよね!」

 その日は体育の授業でバレーボールの試合で、小百合と百実は同じチームだった。

 相手のチームとの一進一退の攻防の末、小百合のミスによってチームは負けてしまった。

 百実は冗談めかして小百合を責めた。しかし小百合には百実の態度が癪に触って仕方がなかった。

「何言ってんの? 百実の方が私の倍以上ミスしてたじゃない。あんたがミスしなければ、楽勝だったのに」

 小百合は殺意のこもった眼差しで、百実を睨んだ。

 向けられたことのない眼差しに、百実は一瞬ハッとしたが、

「ごめん、ごめん! ジュースおごるから許してー!」

 と、すぐにいつもの調子に戻った。

 チームメイトも「そうだぞー」「自分のこと棚に上げんなー」と百実を茶化す。

 誰も、小百合が本気で百実を憎んでいるなどと、思いもしなかった。


『1回目 自分のミスを棚に上げ、私に〈責任〉を取らせようとした』

 小百合は殺意を抱いた瞬間を記録に残すことにした。

 そして100回殺意を抱いたら、百実を殺しても良いことにした。たった一度の殺意で人を殺すなど、短気なバカがやる所業だ。

「私って、なんて寛大なのかしら! 本当は今すぐにでも殺したいのに、全てを百実の言動にゆだねてやるだなんて!」

 100回に至るまでに百実が改心したなら、中止する。100回至っても殺す勇気が出なければ、延期すればいい。

 この頃はまだ、小百合も百実を殺さない道を望んでいた。

 

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