第八話「親愛なるあなたへ」①

事件が解決したと言って、全てが終わったとは限らない。いつしか読んでいた小説に書かれていたこの台詞はまさに私の状況を表しているだろう。


あの時は確か、犯人が捕まった後にその台詞を残して警察に連れて行かれていた。それを聞いた探偵はまた何かが起こると予測して行動していたっけ。私には縁遠い話だと思っていたけど、人生何があるか分からない。


「ねぇ、本当に左寺さん行方不明になったの?」


「……本当、なんじゃない? だって、ここしばらく忙しそうじゃん。職員さん、あちこち走り回っているし」


「それもそうか。あーあ、最近依頼来ないから暇なんだよねぇ」


「それほど忙しいってことだよ、きっと」


ギシギシと鳴っている椅子の音は、火糸糸ちゃんが少しだけ浮かしているせい。古びた音がするこの椅子はちょっと調子が悪いのかもしれない。見た目は新品に近い状態なのに今にも壊れそうなのだから、よく見てみないと分からないものだ。


「あー本当に暇!」と横で叫ぶ彼女の隣で私は自分のスマホに目を落とす。現世とほぼ変わらない内容なので、最近入れたSNSアプリを見る。意外にもこの世界では同じように持っている人が多いので、色んな投稿を見ることが出来るのだ。


「あ」


「え、なになに? 何か面白いの見つけた?」


「いや、十五夜さんから連絡が来たの。『いつもの部屋に来て』……だって」


「ついに依頼来た⁉︎ よっしゃ、早速行こう!」


軽く浮かしていた椅子をドンっと床に付けて、すぐに立ち上がった。机の上に置きっぱなしにしていたスマホを急いでカバンに入れている。私も同じように持っていたスマホをカバンの中へ適当に入れて「ほら、早く!」といつの間にかドア付近にいる彼女に急かされた。


「今回はどんな人なんだろうねぇ」


「どうだろうね。良い人だと良いかな」


今までの依頼者のことを思い出しつつ、今回の依頼主を想像する。確かに悪い人ではなかったけれど、どこか癖のある人達だったので心のどこかで期待をしてしまう。二人で廊下を歩きながら話をしていると、すれ違う職員さんは額に汗を浮かべながら走り回っていた。


「あの話はどうなった?」とか「次の亡者はいつ!」などと緊張が張り詰めている。横目で見つつも時々眼が合うので会釈をする。その度に「お疲れ!」と言ってくれる人もいるので、随分と私達も慣れたものだ。


「あ、十五夜さんだ」


「おーい、十五夜さーん!」


走り回る職員さんから目を逸らして前を見ると、一つの部屋の前で立っている人が。目を凝らしていると、見慣れた彼女の姿だったのだ。私が声を漏らすと隣にいた火糸糸ちゃんは大きく手を振って走って行った。


「あら、もう来たの?」


「当たり前じゃん! あれ、部屋の中に入らないの?」


「なんか、会議を開いちゃってるみたいでねぇ。いつもは使わないのに。仕方ない、他の部屋を使いましょうか」


私が彼女に追いついた時には二人の話はまとまったみたいで、私に対しても十五夜さんは「心艮ちゃんも、こっちに来てね」と手招きされた。


歩いて行く彼女たちの後ろを付いて行く時にいつもの部屋をチラリと見ると、深刻そうな顔をして話し合いをしている姿が。今の異常事態に対しての会議なのだろうけど、ここまで切羽詰まっているとは思わなかった。何とも言えない気持ちになる中、後ろ姿の十五夜さんを見つめる。


「ここは……大丈夫そうね。さ、中に入って話をするわよ」


一つの部屋のドアをゆっくりと開け、中を覗いた後私達を中へと誘導した。いつもの部屋から数メートル離れたこの部屋の配置はほとんど同じようで、似たような場所に机と椅子が置いてある。その前にはホワイトボードがあるので小さな教室のようだ。


「さてと、今回の依頼者はこの人よ」


席に着いて早々に机の上に書類を置く。前回よりは少ないけれど、それでも読み応えはある紙束を手に取る。一番上の紙には名前が書いてあり、「『白山しろやま百合香ゆりか』さん?」と名前を読み上げた。


「そう。彼女が今回の依頼者よ。若くして病気で亡くなったの。最近こちらの世界に来たばかりなんだけど、あなた達のことを知って依頼したいと思ったそうよ」


「その人と私、相性悪かったりしませんか?」


「あー……まぁ、死因は正反対かもしれないけど、大丈夫よ。軽くだけど、彼女にもあなた達の話はしているからね」


病気で亡くなった、と聞いて少しためらいがあった。だって、彼女は生きたくても生きることが出来なかったのに、私は自ら生きることを諦めたのだから。私の話を聞いた十五夜さんは頬を少し掻いて気まずそうな顔をしていだが、フォローを入れてくれたらしく優しく微笑んでくれた。やはり彼女は優しさに溢れているのだろうなぁ、とつくづく感じる。


「で、この子の依頼内容ってさ、現世に干渉するけど大丈夫なの?」


「あ、それは大丈夫。干渉って言っても、見るだけって言ってたし。あとは、あなた達がまた勝手に動かなければ良いだけの話よ?」


今度はにっこりと微笑んでいるのを見て、私と火糸糸ちゃんはスッと目をそらす。まぁ、前例があるのだから仕方ない。優しいけれど、時に圧力をかけてくる彼女はまさに強い女性の代表だろう。そんなこと言ったら怒られそうだから言えないけれど。


「じゃあ、早速行こうかな!」


「あら、もう行くの? 少しゆっくりしていったら?」


「大丈夫です。ちょうど二人して暇していたので」


それに、これ以上いたらどんな小言を言われるか分かったもんじゃないから。暇していたのは本当だけれど、以前のことも含め色々好き放題に動いているので何か言われているのは目に見えている。


前回の依頼が終わってから吹っ切れてしまったようで、強かさを隠さなくなっている十五夜さん。私達は書類を各自カバンに閉まってすぐにその部屋を後にした。


「十五夜さん、最近楽しそうだよね」


「そうだね。引っかかっていたものが無くなったからかもね」


「それもそうか。さてと、今回はどんな依頼なんだろうねぇ」


どこか納得した火糸糸ちゃんは間延びした声で話題を変えた。ふぁと欠伸をしている彼女の隣で私は私達を待つ依頼者のことについて考えた。


若いうちに病死、とは言っていたけれど何歳で亡くなったのだろうか。書類を読みながら歩いていると、「エレベーターの中にしな」と言われたので大人しく書類を丸めて手に持った。


「そんなに気になる?」


「んー……まぁ、私とは正反対って感じだからね。ちょっと気になるかも」


「そっか。それでも、人にぶつかる可能性があるんだからダメだよ」


「うん、ごめん」


人に怒られることはよくあったけど、ほとんどが私を使ったストレス発散だった。でも、死んでからは『何故ダメなのか』とか『心艮を心配して』などと言われて叱られることが増えた。生きている時に言われたこととは違って、心が温かくなるのを感じる。心に響いて自分自身を大切にしようと言う気になるから不思議だ。


チラリと火糸糸ちゃんを盗み見る。揺れる髪の毛からチラチラと見える彼女は変わらず綺麗に化粧をしており、「良いなぁ」と思わず呟いてしまった。


「ん? 何が?」


「あ、いや、私もいつか、化粧してみたいなぁなんて……」


「良いじゃん! 今度、やってみようよ!」


まずは何を用意しようか、なんて話をしながら私は頷いた。化粧なんて縁のない生活だったから憧れは強かったのだ。いつか、なんて言っているとあっという間に転生する時がやって来るのだろう。この依頼が終わったらすぐにでもと心を躍らせながら歩みを進めた。


化粧の話題で一通り話していたら、エレベーターが見えて来た。まだ地獄に着いていないらしく、真ん中らへんで光っているのが見える。


この四角い箱の目的地は二つしかない。今私達がいる地獄と、今から向かう天界だけ。これが動いていると言うことは、誰かが天界から降りて来ていると言うことだろう。


またぶつかったりすると大変だと思い、彼女と一緒に端っこに寄る。その間もずっと「ファンデーションはね」とか「アイシャドウは」とか、聞きなれない単語を出してくるので私の頭の中はショート寸前だった。


「あ、エレベーター来たみたいだよ」


「もう? 早いなぁ。まだまだ話し足りないんだけどー?」


軽快な音がしたので到着したことを口にすると長々と続いていた化粧についての話が終わったらしい。胸を撫で下ろした私は聞こえないように息を吐いた。


扉が開く音が聞こえた後、中から数人出て来た。服装からしてここの職員さんだろう。じーっと見つめていると、見慣れた人が一人紛れ込んでいたことに気付く。


「あれ、吉糸さん?」


「……? え、心艮さん? な、何でここに……」


「私達はいつも通り、依頼をこなすために向かう途中です。吉糸さんはどうされたんですか?」


「あー……その、例のあの人を探しに……」


ふわふわの髪の毛はどこかしょんぼりとしていて、彼女自身も暗い表情。言葉を濁していると言うことは、私達にも話せない内容なのだろう。


例のあの人、と言うのはきっと左寺さんのことだ。これ以上話を聞いて良いのか分からない私は「大変、ですね」と言うだけで精一杯。すると、遠くから「おい、吉糸!」と名前を叫ばれている。


「あ、今すぐ行きます! ごめんね、ちょっと今バタバタしているから。またお茶でもしようね!」


「は、はい……」


手を振って去って行く彼女の後ろ姿はいつもより心許無くて。それでいて、何とかして自分の心を律しているようにも見えた。パタパタと音が聞こえなくなった後も見つめ続けていると、「心艮?」と火糸糸ちゃんに声をかけられる。


「ほら、閉まっちゃうよ」


「あ、あぁ、ごめん」


何事もないと良いのに、と願うばかりだが今はとにかく自分達の依頼を遂行するのみ。閉まりかけているドアを抑えている火糸糸ちゃんにお礼を言い、急いで中へと入った。


重そうな鉄の扉が閉まった後、私は早速書類をカバンから出した。隣にいる彼女はスマホを手に持って、上下に動かしながら何かを見ているらしい。私も私で依頼主のことを確認しようと思って紙の上に書かれている文字に目を走らせる。


「『白山百合香さん、享年十七歳。幼少期より心臓が悪く、ドナーが見つからずにそのまま死亡。ほぼ毎日入院生活をしていたのもあり、現在は天界にある学校で勉強をしている。今回の依頼は、自分の葬式が見たいとのこと』……自分の葬式を見たいの?」


死んだ後の現世を見たいって言う人はこれまでにもいたけれど、『葬式を見たい』と言ったのは初めてだった。頭を傾げて次のページを見てみると、彼女が生前どんな生活をして来たのかと色々書かれていた。


しかし、一ページで終わってしまうその内容は何とも質素で悲しいもの。他に書かれているのは家族関係など、ほんの些細な内容。ここまで何も書かれていないのも珍しいんじゃないかな、と思いつつ書類を最初のページに戻した。


「……自分の葬儀って、気になるのかな」


「さぁー? まぁでも、誰が悲しんでいるかとかは知りたいかもね」


「悲しむ、か……」


自分の葬式で、誰が悲しんだだろうか。そもそも自殺して悲しむ人が、いたのだろうか。頭によぎるこの疑問は口にしない。一人はいたけれど、彼は参加する前に死んでしまったのだからカウントされないだろう。手に持った書類に力が入り、クシャッと音がする。病気で死んだ彼女が、何を思って葬式を見るのか。


「ま、死んだ後に見るなんて大分酔狂ね。どんな人なのかは気になるかな」


「そっか」


適当な相槌しか出来ない私は書類に目を落としたまま。私と同じように彼女はスマホから目を逸らさずに話をしているので、本当に興味があるか分からない。カツカツと爪の音が聞こえる中、右上の方に写っている一人の女性を見た。癖の強い人でなかれば良いかな、と思っていたがこの僅かな希望は見事に破り捨てられることになる。


エレベーターの中では私も火糸糸ちゃんも口を閉ざしていた。気まずいとか、そんな雰囲気は一切無くむしろ心地良さを感じていた。チーン、と音が鳴った後扉が開く。人工的な光しかなかった箱の中に入り込むのは自然な光。目を細めながら外へ出ると、そこは懐かしき場所。


「……グラウンド?」


「うわ、懐かし! ここって、学校じゃない?」


学校の独特の土の匂いと共に風が吹く度に舞い上がる。そして、その先にあるのは何処にでもあるような学校だ。エレベーターの中から一歩しか出ていない私はそのまま立ち尽くし、火糸糸ちゃんは嬉しそうに走り回っている。あまり良い思い出がない場所なので行く気が削がれてしまう。


「あら、あなた達が私の依頼を助けてくれる人?」


「え?」


声がした方へ振り返ると、綺麗な黒髪を持った女性が一人立っていた。立ち姿はまさに芍薬のよう。きっと座ったら牡丹のようで、歩く姿は百合の花のようなのだろう。想像するのは容易い。


「もしかして、白山百合香さん、ですか?」


「えぇ、そうよ。百合香って呼んで」


「あ、はい……それで、その、百合香さん。今すぐにでも依頼を遂行することが出来ますが……」


「あら、そうなの? でも、今から授業があるからその後でも良いかしら?」


「あ、はい。大丈夫で……」


「授業あるの⁉︎」


私が頷こうとした後、横から入って来たのは走り回っていた火糸糸ちゃん。ヒールのあるブーツを履いている彼女は元気よくグランドを走っていたはず。いつの間に聞きつけたのだろうか。「火糸糸ちゃん!」と私が驚いていると、百合香さんはニコリと微笑み「そうよ」と頷いた。


「良ければ一緒に受ける?」


「良いの?」


「大丈夫よ。だって、誰でも受けて良い授業だもの。ほら、一緒に行きましょ」


「やったぁ!」


まさかの提案に私は何も言えず、ノリノリの火糸糸ちゃんは付いて行ってしまった。彼女とほぼ同じくらいの背丈である百合香さんは、腰まで伸びている髪をなびかせて歩いて行く。止めようとしたのだが、思わず彼女の姿に見惚れてしまい反応が遅れた。


「やっぱり、百合だ……」


私の声はだだっ広いグラウンドの中へ消えて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る