第一話「スズランの約束」②

ヴーン、と聞こえる近代的な音は未だに違和感がある。長方形の箱の中に女の子が三人が立ってひたすらに着くのを待つ。先程まで元気よく話していた二人はいつの間にか口を閉ざし、機械音だけが室内に響く。

エレベーター独特の匂いが鼻にツンと刺すが、それ以上にこの場の雰囲気に押し潰されそうだ。何故エレベーターの中と言うのはこんなにも気まずいのだろうか。私はただ上を見つめて地獄に着くのを待っている。


後ろにいる二人はと言うと、鈴森さんは下を向いて自身の胸の前でギュッと手を強く握っている。何か手に持っているようだが、それ自体を手の中に収めているので見えない。火糸糸ちゃんに至っては初めて会った時と同じようにツインテールの先を触りながら爪を見ている。


早くこの空間から解放されたい、と思ったらチーンと救いの音が鳴った。


「あ、やっと着いた?」


「そう、だね」


私の思いとは裏腹に、火糸糸ちゃんの声の軽さにドッと疲れが出た。死んだはずなのに疲れを感じるなんてあるのか。これなら生きてても死んでても何ら変わりはない。鈍い音を出して開いた扉の先は、文字通りの地獄絵図。


見上げれば漆黒の闇のように全てを吸い込む天井に、真紅の色を発して燃え盛る炎が暗闇に映える。むわっと込み上げて来る熱気と鉄が溶ける時に出る独特な匂い。何処からか聞こえて来る叫び声に一緒に外に出た鈴森さんは「ひっ」と声を上げる。だが、一度来た事がある私と火糸糸ちゃんは気に留める事も無く、周囲を見渡した。


「じゃ、その桃草霞さんを探しますか」


「それより先に聞いた方が早いんじゃない? あ、すみませーん!」


「え、あの、その」


探す当てもなく来たのだが、まさかここで火糸糸ちゃんが話しかけに行くとは思ってもいなかった。私の独り言に対して即行動に移した彼女を遠目で見ていると、このやり取りを見ていた鈴森さんはオドオドと私と火糸糸ちゃんを交互に見る。

それもそのはず、こんなにも早く会うことになるなんて思わなかったのだろう。彼女の胸元で握っている手には更に力が入っている。ギリっと鈍い音がしたので何か声をかけるべきか、と頭の中で考えていると話し終わった彼女が大きくバッテンをこっちに向けた。


「すぐは無理だってー! 今から閻魔に話に行くから時間かかるってさ!」


その場から叫ぶ彼女の声はそこそこ響いていた。周りに数人職員のような人がいたが、全員が私達に視線を向けている。同じように声を張って答えようかと思ったが、そんな度胸は私にはないので大きく丸を自分の腕で作って掲げた。満足そうに火糸糸ちゃんは微笑み、少し職員の人と話した後こっちに走って来た。


すると、隣から小さくため息を吐いた音が聞こえて来る。目だけ動かして見ると、ほっとしたように鈴森さんが真っ白になるまで握り締めた手を元の色に戻していた。


「なんかね、少し時間欲しいって言われたんだよねぇ。多分、数時間もすれば許可貰えるっぽいからさ、ちょっとここら辺ウロウロしてみない?」


「私は別に良いけど……鈴森さんは?」


「えっ わ、私も、行きます!」


「オッケー! じゃ、早速レッツゴー!」


フットワークが軽い彼女は先頭を切って歩き始める。数時間もこのメンバーで歩き続けると考えると少し憂鬱だが、それ以外に時間を潰す方法は無さそうだ。天界とは打って変わって鬱々とした空気が籠っているので明るい散歩とは言えない。なのに、コツコツとヒールを鳴らして歩いている火糸糸ちゃんは何処か楽しそう。彼女の後ろ姿を見つつ、私も周囲を見渡す。


初めて地獄に来た時はあまり実感が湧かなかったけど、二度目は違う。正真正銘の地獄であり、死んで裁きを受けた亡者が腐るほどいるのを嫌でも実感させられるのだ。禍々しい光景の中でスキップを始めた火糸糸ちゃんは「あ!」と思い出したように声を出した。


「そう言えば、さっきから手に握っている物ってなにー? 死んでから何か物って持って来れるんだっけ?」


「え? こ、これですか? 彼と、霞くんと最後に会った時に彼から落ちた物、なんです。何かのカケラだと思うんですけど、お守り代わりに持ってるんです」


先頭を歩いていた彼女は振り返り、後ろ向きに歩きながら質問をする。私も気になってはいたのだが、何も言わずに黙っていた。気になったことは全て聞く性格のようで、ズバズバと聞く彼女に目を大きくする鈴森さん。聞かれた瞬間、瞳を揺らして視線を逸らし答えた。


答えた後も鈴森さんは愛おしそうに見つめ、ぎゅっと力を込めて握り締めている。彼から落ちた物とは一体何なのかは聞けなかったけど、小さな袋の中に入れているらしい。普段は服の内側に入れているのか、すぐに元に戻した。


「お守りかぁー! なんかいいね、そういうの! 私も生きている間に貰ったのかなー?」


「えーっと、火糸糸さん、は生前の記憶って無いんですか?」


「うん! ぜーんぜん覚えてない! 別に、そんな記憶なんて要らないし」


ふと見た火糸糸ちゃんの目は闇一色。この地獄を反映させたその暗さに鳥肌が立ったが、私以上に鈴森さんが言葉を失って顔を真っ青にしていた。天界で同じ話を聞いたはずなのに、その時とは正反対で声色も楽しげな表情も一切消えた彼女は何も無い。私よりも多くの物を持って来たはずなのに、何故かつまらなさそうにしている。羨ましいの気持ちよりも先に、自分の口から溢れた言葉は。


「……私も、生きている時の記憶なんてほとんどないから一緒だよ」


火糸糸ちゃんに目線を合わせずに口にした。思わず出たが、私は事実を言ったまでだ。私も自分の記憶がない事について気にしていない。彼女達の顔を見るのが怖かったのだが、「ふふっ」と火糸糸ちゃんが笑った声が聞こえた。


「そうだね! 心艮と一緒だ!」


彼女の言葉に、心のロウソクにポッと火が着いた気がした。ほんのり温かく、不思議と優しい気持ちになる。味わった事の無い感覚に頭を傾げる。すると、「お揃いって、いいですね」と固まっていた鈴森さんが柔らかく微笑んでいた。


ここに来てから一切笑顔を見せなかった彼女がやっと笑ってくれた。きっかけは何にせよ、これからずっと会いたがっていた人と会う事が出来る彼女には笑っていて欲しい。引き合わせるだけの私に出来るのはこれくらいだろう。


「あ! さっきの職員さんだ!」


「あ、本当だ。許可出たのかな?」


火糸糸ちゃんが指を差した先に、遠くから手を振って走ってくる男性が一人。和服を見に纏っているのだが、だいぶ体格が良いようでヒールで背が高くなっている火糸糸ちゃんでも見上げてしまう程。きっと地獄で罰せられている人々を相手にしているのだから、このくらい体格が良く無いと大変なのだろう。何やら手に数枚の紙を持って来た彼に火糸糸ちゃんは近付いた。


「許可出ましたよ! ここから歩いてすぐだと思うので!」


「ありがと! とりあえず、どっちに向かえば良いのー?」


「えーっと、確かこっちの……あ! 噂をすれば、彼じゃないですか?」


仲が良さそうに話している二人は本当に先程知り合ったばかりなのだろうか。私と鈴森さんが少し離れて待っていると、男性が指差した方向に数人の亡者らしき姿があった。肉体労働をしているのか、重そうな鉄骨を担いでいる中に一人、桁違いに体格の良い男性が。いや、正確には彼の容姿が他の亡者と異なっていたと言う事もあった。


「霞、くん……」


瞬間、私の隣にいた鈴森さんが震える声で名前を呼んだ。蚊の鳴くような声だったのに、その彼は足を止めてこちらを振り向く。目の下まで伸びた前髪の隙間から一瞬だけ見えた真っ青な目。海を思い出させる彼の色で湿っぽい地獄の空気がカラッと乾かす、気がした。周囲が黒髪の中、一人だけ金に近い茶髪をした少年。動く度にサラサラの髪の毛が揺れ、合間合間から海が見える。


すると、「蘭……?」と微かに聞こえた声。周りは騒がしいはずなのに、その瞬間だけここら一帯の音が消えたようだった。私が想像していた『霞くん』の声よりも数段低く、心にズンッと響く。


「じゃ、僕はもう行きますね! あとで報告書も書いてもらうんで!」


「は? 報告書? ちょっと待ってよ!」


この場の雰囲気を全く読まず男性は爽やかに手を振って去って行った。お役御免と言わんばかりに走り去る彼はかなり足が速いようだ。一方、聞き逃せない事を言われた事に反応したのは火糸糸ちゃんで、彼の跡を追う為にあのヒールで全力疾走して行った。


カツカツカツ、と音が過ぎ去って行く。嵐が過ぎ去った後、取り残されたのは私と鈴森さんと桃草霞の三人。何か言葉を発すれば良いのに、と思って様子を見ていたが、二人ともその場から地面に根を張っているかのように動かない。そんな彼女を見かねて仕方なく口を開いて彼女に耳打ちする。


「あの、鈴森さん」


「は、はい!」


「実は言ってなかったんですけど、私達あと一時間程しか地獄にいる事が出来ません。ですので、話すなら早めの方が良いかと。あと、気まずいならこの場から去りますけど……」


「い、いえ! 居てください! お願いします!」


会った当初と同じように頭を下げられたので、「分かりました」と静かに返した。実は時間制限なんて無い。どれだけでも地獄にいて良いと閻魔大王様に言われている。しかし、こうでもしないと彼女は動こうとしないだろうと思っての発言だ。すると、彼は肩に担いでいた鉄骨をゆっくりと降ろし、袖で汗を拭った。周りに火があるからなのか、少し暑く感じるのだろう。


手で膝やら服やらをパンパンと払った彼は後頭部をガシガシと手で掻く。少しの間動きが止まったが、小さく溜息を吐いてこっちに向かって歩いて来た。どんどん近付いて来るのを見ていると、私の視線が徐々に上がって行った。


「……何で、蘭がここにいるんだ」


「失礼致しました。私、鈴森さんの依頼で地獄に連れて来た心艮(しんごん)と言います。本日は彼女が桃草霞さんに話があると相談されて来ました」


私の前に立った彼は壁と言っても過言ではない程のガタイの良さ、目付きの悪さに圧倒される。私の首はほぼ九十度になるくらい曲がっている。立っているだけでも迫力があるのに、これで鉄骨を運んでいたら更にガラの悪さが目立つであろうと頭の片隅で考えていた。自己紹介を一方的にしたので怒鳴られるかと思い身構えたのだが、次の瞬間の彼の表情に目が見開く。


「そうか……わざわざ、ありがとうな」


「……いえ、とんでもないです」


ふと、彼の雰囲気が和らいだ。怖いお兄さんから優しいお兄さんに変わったかのような。別人とまでは言えないが、鈴森さんが話していた通りの人であることは何と無く分かった。


しかし、肝心の依頼主がカチコチに凍ってしまって動かない。何度も口を開いては閉じてを繰り返す。彼女を見ていると何かした方が良いのだろうか、と思ってしまうが案の定私には火糸糸ちゃんのようなコミュニケーション能力は無い。どうすることも出来ずに黙っていると、沈黙を破ったのは桃草霞だった。


「蘭。最後まで、お前を守れなくてごめんな」


「い、いや! そんなことない! 私だって、勝手に死んじゃって……」


前髪の間から見える彼の目は悔しさが込められていた。彼の目は、緩やかに波が動いていた。直角に下げた頭から、サラサラと髪が落ちる。それと同時に彼の服の中から見えた小さい飾りが一つ取れたロザリオ。地毛であろう彼の髪は痛んでいる所が一つもない。すると、鈴森さんの口は自然と動いた。言葉が見つからないのか、モゴモゴと動かしている。何かを言おうか悩んでいたのだが、意を決して言葉を発した。


「あの、さ。何で、判決の時に助けてくれたの……?」


「え?」


「だ、だってさ! 私、勝手に自分で死んじゃってさ! 霞くんが守ってくれるって言ったのに無視してだよ? 本当に、馬鹿じゃん……」


書類に書いてあった通り、彼女は自殺したらしい。どうやって死んだのかなんて書いてはないけど、簡単な事ではないのは確か。事情があって自殺したのだろうけど、死んでから後悔するなんて思ってもいなかっただろう。そもそも、死んだ後の世界があるかどうかも分からないのだから。


「そっそれに……私、もう、綺麗な体じゃなくなっちゃった、から……」


彼女の言葉を聞いた時、一瞬意味が分からなかった。しかし、来る前に見た書類の中に書いてあった『虐待』と言う文字。そこから嫌でも察してしまったのだ。

私は口を閉じたまま隣から聞こえてくる啜り泣く彼女を一瞬だけ見る。ギュッと握っているのは彼女のお守り。語尾が小さくなる彼女の話をただ黙って聞いていた桃草霞からドスの効いた声が聞こえて来た。


「……知ってる」


「え?」


「お前が、あの後どんな事をされて、何で、お前が死んだのか。全部、知っている」


彼の前髪の隙間から見えた海は、憤りを見せていた。荒れ狂う海そのものだった。先に死んだ彼女の事を、死んでも想える人間がこの世界に何人いるだろうか。彼は、桃草霞は全てを知った上で彼女の代わりに地獄を選んだのだ。鈴森さんは力一杯握り締めたお守りから力を緩め、口を震わせながら出た言葉は、「な、何で……」だった。


「……幸せに、なって欲しかった」


それだけ言って、彼は彼女の頭の上に手を置いた。頬を伝う涙はそのまま重力に従って落ちていく。彼の言葉は今の彼女に届いているのだろうか。自分の大好きな人が穢らわしい物に汚され、どれほどまでに彼は怒りを心の中に宿したのだろうか。


助けられずに自分で命を絶って死んで行った彼女にこれ以上の言葉をかけられなかったのだろう。何も言わなくなってしまった鈴森さんを見て、私はつい口を出してしまった。


「……大切な人には、幸せになって欲しいものです」


「え……?」


「私には、まだ分かりませんが……。本に、書いてありました。『大切な人がいる事は、自分を存在させる意味だ』と。そうではありませんか?」


私の問いに対してゆっくり大きく頷いた彼。サラリ、と前髪が揺れて青い眼がこちらを見ている。彼の目には、先程までの憤りは消えていた。激しく怒号の如く荒れ狂う波が穏やかになる瞬間を見た。桃草霞が鈴森さんに見せる表情はどれも柔らかく、幸せいっぱいである事を感じさせる。こちらまで心が温かくなるのだ。


言葉数が少ないのか、それ以上何も言わない彼が「それだけだ」と言って踵を返す。恐らくまだ地獄での作業が残っているのだろう。先程、彼が置いた鉄骨の近くに職員らしき姿の人がいた。火糸糸ちゃんが追いかけた人では無いので、戻って来ない彼を探しに来たのだろうか。桃草霞はその人に軽く頭を下げる。大股で去って行く彼の背中は少し小さく見えた。


「ご、ごめんね!」


隣で声を張った鈴森さんは、微かに震えていた。緊張しているのか、何かしらの恐怖を感じているのか。聞こえているか分からなかったのだが、ピタッと彼の足が止まった。しかし、一向に振り返る気配はない。大きかった背中は、もう小さく見えている。一瞬、彼は足をこちらに向けようとしたが、すぐに止めてその場に立ち止まっていた。


「私、馬鹿だからさ! 霞くんの優しさにも気づけなくてごめんね! それでも、それでも私は! 貴方に何もあげられてない!」


静かだった彼女がこれ程までに声を張るとは思っておらず、私はつい彼女の顔を見てしまった。辛そうな顔をしているのを見たくなくてずっと逸らしていたのに。震えているのは体だけでなく、声もだった。そして、ポタリ、ポタリと地面に染みを作っては消えてを繰り返す彼女。彼が振り返るかなんて分からないのに。何でこんなにも必死になれるのだろうか。


止まっていた桃草霞は上半身だけこちらに向ける。仏頂面に近い彼の顔には、愛おしい者を見る目で微笑む。


「お前は、俺に心を与えた。それだけで十分だ」


それだけ伝えた後、前を向いて歩き始めた。あぁ、これが愛か。心が、じわりじわりと温かさが沁みて行くような感覚。自分には向けられなかった、向けられることのなかった感覚。ほぅ、と思わずため息をつきたくなるような感情に私の目からはポツポツと涙が流れて来た。自分の頬に手を当てると、濡れている。何で私は、泣いているのだろうか。


桃草霞は近くにいた職員に一言二言話しかけ、再度頭を下げていた。その後、地面に置いた鉄骨をもう一度持ち直し、「それだけだ。じゃあ、またな」と口元を緩めて足を動かした。隣にいた彼女は、ハッとしたように目を見開く。そして、自身の服の袖で目をゴシゴシと擦り、大きく息を吸った。


「あ、ありがとう! またね!」


遠くなって行く彼の背中に向かって叫んだ。今度は震える事なく、はっきりと響いた彼女の声。聞こえたのだろうか、と心配していると背を向けたまま彼は手を振った。ぶっきらぼうな振り方に彼なりの優しさを感じ取れたのは私だけではない。どんどん遠くなる背中をいつまでも見つめていた鈴森さんはふぅ、と息をつくと私を見て「え!」と大きな声を上げた。


「わ、藁人形から何か蒸発してる?」


鼻の先と目元が赤くなっていたが、そんな事よりも目の前で起きている事に驚いているようだった。彼女が言ったワラ人形を見てみると、何やらキラキラした物が上に蒸発して行く。風に乗せられてふわふわと空気中を漂っているのだが、何も感じないので害は無いのだろうと呑気に考えていた。


しかし何が起きているのか分からないので見つめていると、横からニョキッと火糸糸ちゃんが生えてきた。


「それ、心艮の恨みが浄化されてるんだってさ」


「うわ! い、いきなり出て来ないでよ……」


「ごめんごめん。さっき閻魔に会ったからついでに聞いたの! こうやって解決して行くと恨みが少しずつ浄化して行くんだってさ!」


「へー……」


自分自身の事なのにあまり把握してないって少し不安になってしまう。私は適当な相槌を打つことしか出来ずにいた。重さも何も感じないので、藁人形自身に自我は無いのは本当なのだろう。そもそもこの藁人形もあまり説明が無いまま繋がっちゃったので、これから聞かないといけない。

今回また一つこれについて知れたので良しとしよう。滑り出しで不安な事ばかりあるのだが、一つ目の依頼が成功して良かったと思った。あとは鈴森さんを天界に送らなければ、と思いズビズビと鼻水をすすっている彼女に話しかけた。


「じゃあ、天界まで送りますね」


「あ、いえ! もう大丈夫です! 一人で帰ります」


即答する彼女。まだ涙目であるが、彼女の目からは強い意志が伝わって来る。こんなにもはっきり断られるとは思わなかったので、私は吃ってしまった。


「そう、ですか? では、エレベーターの前までだけでも送りますね」


「ありがとうございます!」


キラキラと輝いている彼女の目元はまだ少し赤い。鬱々としている地獄で眩しく感じるのは彼女の明るい未来なのか、それとも私の浄化された恨みなのか。一歩一歩確実に歩き出しているであろう鈴森さんにもう私達は必要ないようだ。

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