不動産から家へ

 どうしても、いい時間っていうのには限りがあるようで。

 手を繋いで少ししてから俺たちは不動産屋に到着してしまった。


 店の前に立った瞬間にパッと離された手に名残惜しさを感じつつ、自動ドアを開く。


「いらっしゃいませー」


「あ、予約してた境野です」


「境野様ですね。少々お待ちください」


 1歩前に出たカナが苗字を名乗る。

 それに答えた店員さんが奥へと引っ込んでいくのを見送り、カナがこっちへ顔を向ける。


「お手々が寂しい顔をされているそこの坊や。なにをそんなに驚いた顔をしておるんじゃ?」


「いや、お前の名前が境野だったということを8年ぶりくらいに認識して」


「うっそだぁ~。私はここ最近常に君が山菱君であることを認識してるけど?」


「マジか」


 マジか。学校を卒業して以来苗字を聞く機会などあまり無かったのだが。


 その時、奥から店員さんが戻ってきて俺らの前に立った。


「予約確認いたしました。境野ご夫妻様、お部屋御案内致します」


「はーい。お願いします!」


「え、ちょっ!?」


「ふふっ、どーしたのアナタ? あっ、山菱の方が良かった……?」


「どうしたもこうしたも」


 あるものか。


 え、なに? 予約の時に夫婦で向かいます~ 的なこと言ったん?


 エグイなカナのメンタル。え、なにこの娘結婚に対してだいぶ許容っていうか乗り気な感じ? え? ヤバい。おま…… えぇ、ヤバいでしょ。なんで? めっちゃヤバい。こんなん意味わからん。え? 意味わからんけど好きすぎる。


「どうしたもこうしたも?」


「すごく、すごいなぁって」


「ハハッ、なにそれ」


 店員について外に出るところで、振り返ってニヤって笑われる。


 ダメだもう。


「情緒破壊しに来てるだろ……」


 発した言葉は聞こえないように。


 ヤバすぎるこの女。

 宅飲みの日から、気付いた日から。


 毎日のようにぶっ壊してくる。

 好きの気持ちがデカくなる。

 30年間が、一気に変わろうとする唄が聞こえる。


 ぼーっと2人の後を着いて言って。

 あんまり記憶がない。でもだいたい2駅だろうか?

 着いた場所は新しめのマンション。

 グレーの外装が青空に綺麗に映る。


 そこでカナがばっと飛び出して腕を開いた。


「はーい、ここが1つ目のお宅です!」


 目の前に薄黄のカーディガンがバッと広がる。


 満面の笑顔はやっぱり可愛い。


 ドキドキする心臓にまだ慣れない"惚れ"を感じながら、不動産屋さんとカナに続いて俺は新居候補1のロビーに入る。

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