第24話 幼馴染と加害者な俺

 休み明け。

 教室の扉を開いて中に入ると、一瞬だけクラスの中は静まり返った。


 それからこちらに向けられるのは、様子を窺うかのような好奇の視線だ。

 浴びせられてあまり心地の良いものではない。


『水樹さんと一緒にいたらしいよ』『なんか絡んでたんだって』『ヤバくね?』『ストーカー?』『ちょっとキモいよね』『水樹さん可哀相』


 漏れ聞こえてきた会話の内容はそんなところだ。

 だからまあなんだという話である。どうせ元より学校に友人らしい友人はいない。適当に聞き流しておけば、この手の噂もすぐに次の噂に塗り替えられていくことだろう。


 次の話題。次の噂。次の空気。次の、次の、次の、次の――。


 そうやってどんどん入れ替わっていく空気や話題の中で、本当に他人のことを見ている人間なんていない。元より俺は、深夏と違ってそういった空気や話題の中心になるほど目立つ人間などではない。


 大変なのはいつだって、話題の中心に祭り上げられる人間の方だ。それは例えばアイドルだし、もしくは炎上したYoutuberだったりすることもあるし、学校のクラスというクローズドな場所ならば深夏みたいな人間になる。


 俺は所詮、外からそういうのを眺めているだけの人間なのだろう。

 別にそれで構わないし、クラスの人間関係に興味もない。


「……」


 そんなことを考えながら席に着こうとしたところ、やけに強い視線を感じた。

 何事かと思い目を向けた先にいたのは、佐々木に村本だったか? いい気味だとでも言いたげに、ほくそ笑んでいる様子であった。


 朝からそんなご機嫌な態度を取られると、俺も愛想を返してやりたい気持ちになる。

 満面の笑顔で、彼女らに向かって軽く手を振ってみた。


「……っ」


 まるで汚いものを見てしまったかのような勢いで顔を背けられた。

 心外である。


 やはり彼女らと俺とは仲良くなることができないようだ。

 そのことを再確認したところで、教科書を取り出すために通学鞄を開く。今日は苦手な数学があるのが憂鬱だ。


 と、そのタイミングで教室の扉が再び開かれた。

 そうして中に入ってきたのは、深夏である。彼女が教室に到着するのは、人の相手をしている分、毎日俺よりも少しだけ遅い。


「あ、水樹さん!」


 クラスの中でもひと際派手なグループから、深夏に声をかけていく。

 話題を切り上げ、取り巻きよろしくぞろぞろと深夏の傍へと集まり始めた。


 それから口々に、「おはよう」とか「昨日あれ見た?」とか「そういえば面白い動画見つけたんだけどさ~」と話題の華を咲かせていく。


 深夏もまた、ひとつずつ丁寧に、「おはようございます」とか「ええ」とか「そうなんですか?」などと穏やかに言葉を返していた。今日も『大和撫子』の仮面は健在だ。


「そういえばさー、水樹さん」


 通り一遍のやり取りを終えたところで、その話題は当然のように割り込んできた。


「……進藤にストーカーされてたってマジ?」


 その問いに、深夏の表情が強張る。『大和撫子』の仮面がひび割れて、動揺の気配がその割れ目から滲んだ。

 彼女の動揺を、クラスの人間がどのように受け取ったのかを想像するのは難しくない。


「ああ、やっぱり……」という冷淡な反応が、彼らがなにをどのように理解したのかを物語っている。俺に向けられている視線に込められた、忌避と嫌悪の色合いもより増している。


 そうなると、もう次に出てくるセリフを予想するのはあまりにたやすい。


「……水樹さん、可哀相」


 ポツリと誰かがそう呟くと、波紋のようにそれは広がる。


「可哀相」「最低」「ほんっとキモい」「ヤバすぎでしょ」「水樹さん大丈夫?」「顔も見たくない」「ストーカーとか犯罪でしょ」


 俺が教室に入ってきた時よりも、より明確な敵意と嫌悪だ。

 その中心に立たされた水樹は、「大変だったね、あんなやつに絡まれて」と同情の言葉を寄せられる。


 それを見ながら、俺はとりあえず安心していた。

 とりあえず、想像通りには運んだ。予定調和として俺が悪者として扱われ、深夏は被害者として担ぎだされる。


 そこに論拠や証拠はなにもない。噂一つ、その場の空気に従って結果、それがまるで事実かのように集団の中で共有される。


 どうせなにかが誤解されるなら、やり玉に上げられて攻撃されるのは失うものの少ない俺の方が都合がいい。中学の頃のように、集団に傷つけられている深夏を見るのはもうたくさんだ。


「いや、あの、ちが……」


 人に囲まれて、深夏があたふたと言葉を探している。


「その、違うの……隆文……進藤君は、ストーカー……とかじゃなくて――」

「おっと」


 深夏が俺を庇おうとする気配を察して、俺の手が少し滑った。

 通学鞄から取り出そうとした教科書に混じって、スケッチブックが床に転がる。


 そして開かれたスケッチブックの中身に描かれていたのは。


「……うわ」

「引くわこれ」

「マジかよド変態じゃん」


 深夏の裸体だ。


 それはもちろん、実際の深夏の裸体を模写したというわけではない。深夏の顔に、適当に体型の近そうなAV女優の体をくっつけて見ただけの模造品だ。


 しかし、だからこそキモい・・・

 女の……クラスメイトの裸を想像して描いている、という事実の『キモさ』が、俺を『加害者』という立場に縛り付けるのである。


「いやー、ごめんごめん」


 へらへらと笑いながら、俺はスケッチブックを回収した。


「見てたらなんだか描きたくなって。こう、あるだろ? そういうこと」


 そう言ってクラスを見回すが、誰もが俺から顔を背けてなんの言葉も返そうとしない。

 ヤバいやつとは関わらない。話したところで得をしない。


 まあ、別にそれでいい。せいぜい他のみんなは、深夏に優しくしてやってくれ。


 そんな風に思う俺を、深夏が悲しそうな目で見てたけど、それは見なかったことにした。

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