眠り姫‐青砥劣情物語

 時刻は深夜2時17分。眠らない都市大東京という言葉があるけれど、青砥はこれくらいの時間になればすっかり寝静まっている。


 明日、というか今日も朝の7時には起きて仕事に行かなくてはならないのにこんな時間まで起きているのには理由があって、実は俺の部屋でベロンベロンに泥酔した女の子が寝ているんだ、この狭い6畳しかないワンルームに。


 しかも、その女の子っていうのが童顔で可愛くて巨乳なんだ。いいかい? 大事なことだからもう一度言うよ。女の子は童顔で可愛くて巨乳なんだ。


 そんな子がさ、いるんだよ、うちに。ベロベロに酔っ払ってベッドで可愛い寝息をたてながら寝てるの。


 ほんで、何でこんな嘘みたいな話になってるかっていうと、昨日の夜、近所の焼き鳥屋のカウンターで一杯ひっかけてたら女の子が隣に座ってきたんだよ。


 もう焼き鳥屋に入る前から飲んでたみたいでろれつが回らなくなってきてる感じで、でも酒乱っていうより笑い上戸になるタイプっぽくて、エロくて隙だらけで愛想よく笑ってくれる子が酒飲んでる場に隣にいて、俺も酒飲んで気が大きくなっちゃってるもんだから軽率に話しかけたりしちゃったんだけど、めっちゃよく笑う子だから俺もトークに自信ついちゃってさ、嬉しいじゃん? 自分より一回りも年下っぽい子がニコニコしながら話を聞いてくれて、笑ってほしいタイミングで口を押さえながら上品に笑ったり手を叩いて大胆に笑ってくれたらそりゃ嬉しいじゃん? めっちゃ頑張っちゃったわけ。


 そしたら終電が無くなってて帰ろうってなった頃には電車じゃ帰れなくなって、タクシーはヤダって言うから「そんなら俺の家に来る?」って嘘みたいなことが起きた。


 信じないよね? うん、俺も他のやつが俺と同じことを言ってたら「誰にも相手されないからってUFOや霊が見えるって言い出すやつと一緒」とか言ってたと思う。まあどうでもいいや。


 そんなこんなで話を元に戻すけど、俺の住んでる青砥ってのは、舞浜が東京みたいな千葉だとすると青砥はその逆で、千葉に長く住んでた俺が二十歳くらいまで千葉だと思ってたような東京。東京の端っこにある千葉みたいな東京が青砥。


 そんな青砥に住んでるのに横浜中華街で売ってるほっかほかの肉まんみたいなおっぱいした女の子とチューしたりエロいことするなんて、そんなうまい話あるわけがない。


 そんなことはよー、六本木とか新宿とか渋谷とかよー、とにかくキラキラした西東京のセフレとか何人もいて平日の昼間っから遊んでて「こいつ普段は何の仕事してんだ?」っていう令和のパリピ金持ちお化けがやることだ。


 こんなね、見るからにエロい子がわざわざ自分の家に来てくれてんのに、それが逆に酔いがさめて冷静になって脅えて震えて見てるだけしかできない、しょうもない、ホントにくそしょうもないおっさんにとってこれはチャンスでも何でもない、むしろピンチだから。


「どうしよう、寝られない。明日も仕事あるのに」ずっとこればっか。


 どうしようって言ってるくせに嬉しくなっちゃってるし、週に5日は明日も仕事。


ほんでずっと寝られなくて朝の5時くらいに、もうこうなったら寝ないで会社に行こうって思ってたのに寝ちゃって起きたのが9時45分で、片道1時間かかる会社の始業時間は10時。


 起きた時には嘘みたいに愛想がよくてむやみやたらとエロいあの女の子はもういない。「ああ、帰ったんだ」と俺はまずタバコをゆっくりと吸ってから会社に遅刻しますと連絡を入れる。歯を磨いてトイレを済ませて家を出る。京成線の電車に揺られながら駅前で買ったウィダーインゼリーを乱暴に喉に流し込む。


 俺は極めてまっとうな社畜だから、遅刻した時にいつも思う。車にでも轢かれねえかなって。


 大人は結果が全てだ。ミスをした時は「それだったらしょうがないね」と相手を納得させられるような理由がないなら口をつぐんだ方がいい。


だから「車に轢かれたんだったらしょうがないね」と遅刻を帳消しにしたいがためだけに車に轢かれたがるくらいに俺は病んでるし、年取って金も稼いでないまま住む東京は泣けてくるほどクソッタレだ。


 会社に着いたら着いたで上司にめっちゃ怒られてさ、下に示しがつかないとか、自己管理ができてないとか色々言われるわけですよ。


 でも俺だって頑張ってるのになぁって思ったら、何か悲しい気持ちになってきちゃってさ。


 昨日、俺は童顔で可愛くて巨乳の女の子の誘惑に打ち勝ったのにさ、あんな状況で手ぇ出さないとか度胸のねえ野郎だなとか心無いこと言われるかもしんないけど、昨日の俺と同じことできるやつがこの会社に何人いるのって話。それと遅刻と何の関係があるのとかそんな話をしてんじゃなくて、こっちは感情論がしたいわけ。


 そんなこと考えてたら俺のキャパが、社会適正能力がパーンと弾けちゃったんだろうね。上司がまだ喋ってる途中で「俺の凄さも知らないくせに!」って叫んじゃったし叫んだ瞬間、俺は会社を辞めることにした。

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