第24話 姫様の憂鬱


 帝国のお姫様ことガレリア=ユナは窓辺に座り帝都を見下ろしながら大きなため息をついた。


 はぁ


 何を隠そう。ひまなのだ。


 今年の春から帝都の魔法学校に通っているが、思い描いていた学校生活と違っていた。


 行きも帰りも馬車で護送され、親しい友人もできていない。


 「一度城を抜け出して街にでかけた時、暴漢に襲われたのが悪かったのかしら。」


 独り言をつぶやく。


 それでカイン様に出会えたのはあるけど。


 そうだ。今日はカイン様が家庭教師に来てくれる初日だ。


 恥ずかしかったが、カイン様でよかった。男性が家庭教師なんていけません。とサ―レムからは反対されたが、わがままを言ってよかった。


 先程の憂鬱もどこかに吹き飛ぶ。いけないまだ制服のままだ。ドレスに着替えないと。髪をセットしてもらおうかしらと考えながら、鏡を前にして自分を見る。


 私ももう大人だ。


 まだお母様やサーレムには及ばないがなかなか良いスタイルをしている。


 肩まで伸びた銀色の髪と、銀色の目が私が思っているチャームポイントだ。


 もしカイン様に求婚されたりしてっと妄想するのが楽しい。


 椅子に座り直し、クシで髪を整える。


 そうしていると、扉がノックされた。


 「姫様。カイン様が参りました。」


 しまったゆっくりしすぎた。またサ―レムに小言言われちゃうな。


 ユナはため息を付いた。


 扉を出て、サーレムが案内してくれる。


 「姫様、城に戻ったらすぐにドレスにお着替え下さい。父上様にまた怒られますよ。」


 うるさいな。分かってるわよ。でもそういう日もあるでしょ。


 今日は図書室でカイン様が待っているらしい。


 「それでは今日は2時間ギルド職員カインから魔獣についての講義があります。私も同席しますので、何かあったら私が姫様を守ります。」


 そう言うと、サーレムが図書室の扉を開けた。



 今日のカインは一日憂鬱な気分だった。お姫様の家庭教師初日だ。


 助け手やルークのことでバタバタしていて今まで延期していた。


 帝国から莫大な予算が出ているし、王様から直接依頼されている断ることなどできない。


 夕方になり、城に行く準備を進める。


 城には極力行きたくない。父と会う可能性も高いし、騎士のサーレムと言ったか。彼女がすごく睨んでくるから厄介事に巻き込まれる気しかしない。


 妹のサナがギルドに遊びに来たが、今日は出かけるからと謝った。


 むくれていたが今度、帝都で人気のアイスを買ってあげるからというと機嫌良さそうにお兄様大好きと言って帰っていった。


 僕の記憶の妹サナは小さくて可愛かったイメージだが、今ではもう魔法学校の制服を着ている。


 「娘が大きくなる父親の気持ちかな。」


 そう言って、天井を見上げていると、部屋に入ってきたミントさんが話しかけてきた。


 「カインさん、そろそろ出ないと遅刻しちゃいますよ。今日でしたよね。お城にいくの。」


 すっかり時間を忘れていた。


 「そうでした。僕出ますね。後はよろしくお願いします。」


 ギルドを出て駆け出す。


 走れば約束の時間に間に合うだろう。


 城門で受付をする。


 「ギルド職員のカインです。お姫様の家庭教師で参りました。」


 お待ちしておりました。と門兵が言い、門を開けてくれた。


 「入って真っすぐ進み、右手3番目の図書室でお待ち下さい。」


 分かりました。と言い、早歩きで進む。


 どうやら間に合いそうだ。危なかった。


 「おい。カイン。」


 この声は、会いたくなかった。父アルベルトだ。


 「父上様。お元気そうでなによりです。」


 父アルベルトは取り巻きを先に行けと指示して、一人カインの前に来た。


 「城は神聖の場だ。急ぐような真似はやめろ。そんな作法教えた覚えはないぞ。」


 「はい。申し訳ございません。」


 父アルベルトと話すと母や僕が受けた仕打ちを思い出す。未だに嫌な汗が出る。


 「カイン。おまえルーク逮捕で活躍したらしいな。」


 また小言を言われると思っていた。どうやら様子が違うみたいだ。


 「は…はぁ。」


 気のない返事をするなと怒られる。


 「父としても鼻が高い。これからも励むように。」


 そう言うとアルベルトは去っていった。


 また嫌味の一つでも言われると思ったが拍子抜けだ。


 時間もギリギリだ先に進もう。


 門兵から聞いた部屋をノックする。


 「カインです。入ります。」


 入れと声が聞こえて扉を開けると、目の前に先日決闘した騎士サーレムがすごい形相でこちらを見ていた。


 「サーレムさんご無沙汰しております。姫様はこちらですか。」


 「今から姫様を呼びに行く。カイン。一つだけ言っておく。私はおまえを認めていない。もし姫様をたぶらかすような真似をしてみろ。私がおまえを八つ裂きにしてやる。わかったか。」


 勢いに押されてハイと返事をする。


 満足したように騎士サーレムは出ていった。


 ―――数分経っただろうか。


 どうして良いか分からず、座っていたら失礼に当たるかもしれない。


 図書室の本棚を観察しておこう。


 そうすると、ノックする音が聞こえて姫様と騎士サーレムが入ってきた。


 「カイン様。今日はお忙しいところ、お時間頂きありがとうございます。」


 「姫様、お約束してから時間が開いてしまい申し訳ございません。今週からよろしくお願いします。」


 そんなにかしこまらないでください。まずは座りましょうと言って姫が座った。


 騎士サーレムは姫の後ろに立ち、すごい形相でこちらを睨みつけている。


 お礼を言い、座る。


 「さっそくですが、始めましょう。今日は魔獣の性質についてです。姫様は魔獣を見たことはありますか。」


 「待って。姫様だと味気ないわ。せっかくのプライベートですもの、サナって呼んでくださらない。カイン様が講師な訳ですし。私もカインさんと呼ばせていただきますわ。」


 困った顔でサーレムに目を向ける。睨んで入るが首を立てに振った。


 「わっ、わかりました。サナさん。それで魔獣は見たことはありますか。」


 そう言って一通り魔獣の説明をした。


 ギルドでまとめていた魔獣リストが役に立った。魔獣の絵が精巧に書かれている図鑑だ。おもしろそうにサナさんは聞いてくれて、積極的に質問してくれる。


 「色々と説明しましたが、理論と実践は別なので、サナさんが魔獣と対峙することはないとは思いますが、こればかりは経験しないとうまく動けないです。間違いなく死にます。」


 サーレムが今までで一番睨んでいる。


 どうやらまずいことを言ったらしい。


 サーレムが咳をして、姫様そろそろ休憩にしましょう。紅茶入れてまいりますと言い部屋を出た。


 「間違いなく死ぬなんて言ってまずかったな。」


 「いえ。冒険者であるカインさんのお話が聞きたかったので大丈夫だと思いますよ。」


 「それはよかったです。そう言えばユナさんは今日は制服なんですね。それは魔法学校制服ですよね。」


 ユナが恥ずかしそうにしながらそうなんです。先程戻りまして着替える時間がありませんでした。と言った。


 「なるほど。次回からもう少し遅い時間にしましょうか。実は僕の妹も今年から魔法学校に通っていて先程ギルドに遊びに来ていたんですよ。」


 ユナが机に身を乗り出し、話しかけてくる。


 「おっお名前は。私と同学年です! そうですか。カインさんの妹ですかっ。」


 「ええ…名前は姫様と似ていてサナ=ポーンと言います。」


 「そうなんですね。明日話しかけてみます。実は…」


 姫様が同級生と壁があると相談してきた。姫様には姫様の悩みがあるみたいだ。


 「なるほど。私は中等までしか学校に行っていないので参考にならないかもしれませんが、まずは挨拶じゃないでしょうか。周りの人のほうがサナ様より緊張していると思いますよ。立場を超えて一人の友人として接してくれる人と出会えるといいですね。」


 「はい。さっそく明日からやってみます。」


 ユナ様の顔は晴れやかだった。


 「お力になれて嬉しいです。」


 「カインさんは優しいですねっ。カインさんが魔法学校にいればいいのに。」


 そう言うとサ―レムが紅茶を入れたポットをもち、戻ってきた。


 お茶とクッキーを食べ、後半の分も予定通り終わった。


 「少し時間が余りましたね。なにか質問はありますか。」


 ユナ様がありません。ありがとうございました。と深々とお礼を言った。


 初日は難なく終わったなと思っていると、サ―レムがカインに話しかけてきた。


 「カイン殿、見事な授業だった。それだけ雄弁に語れるのであれば実践も見せてもらいたいものだな。もしよろしければ私にも授業を。お手合わせ願いたい。」


 初めから嫌な予感はしていたさ。


 ユナ様は目を輝かせて見ている、どうやら断れそうにない。



 カインは姫様に連れられて、騎士がトレーニングで使っている広場に向かった。


 何人かの騎士がトレーニングしていたが、手を止めてこちらを見ている。


 「カイン殿。この前は剣で手合わせしたから、今日は、そうだな。お互い槍なんてどうだ。」


 おいサーレムとあのカインの決闘だっ。皆呼んでこいと騎士が走って後ろを通っていった。


 あのってなんだ。覚悟を決めよう。手を抜いて勝てる相手ではない。


 「わかりました。槍で手合わせしましょう。」


 そう言うとサ―レムが槍をカインに投げる。


 カインは槍を受け取る。盾は使用しないみたいだ。


 ギャラリーが集まってきている気がするが、集中する。集中すれば周りの声なんて気にならない。


 槍はもう数年は使っていないが、父アルベルトから血反吐を吐くくらい訓練で使った。剣までとは言わないがある程度は自由に扱えるはずだ。


 騎士の一人が始めっと宣言する。


 サーレムが槍で突く。


 カインは攻撃をはたき落とす、反撃を試みるが簡単に受け流される。


 これは相当の手練れだ。


 「あらカイン殿、気を使っていただかなくても結構ですよ。」


 サーレムが煽ってくるのは、以前王の前で負けたことを根に持っているな。


 カインは攻撃に転じる。受けに回っていては攻撃を捌ききれない。


 剣と槍の大きな違いは間合いだ。この間合が厄介だ。遠すぎる。


 少しずつ攻撃しながら距離を詰める。


 フェイントを入れながら、有効な突きを繰り出す。


 だが、サーレムは難なく対処する。


 このままでは勝てない。


 サーレムの目を見ると勝ちを確信しどう獲物をいたぶってやろうと言う目だ。


 (その油断が命取りだっ。)


 今までより速度を上げて何度も突き間合いを一気に詰める。


 近寄れば、槍での攻撃はうまくできない。


 息が聞こえる距離まで間合いを詰めて槍を手放しサ―レムに飛びかかる。


 サーレムを倒して、小刀を首につける。


 「そこまでっ。」


 審判の宣言でカインは小刀をしまう。ギャラリーが歓声を上げる。ユナ様は拍手をしている。


 「ひっ卑怯な。殺せ。」


 「なにを言ってるんですか。槍だけなら確実にサーレムさんの勝ちですよ。でもこれは授業ですから、姫様に魔獣はこういう卑怯なこともやってくるんだと実践したんです。槍でやるという条件なのでサーレムさんの勝ちです。参りました。」


 カインは倒れているサーレムに手を差し伸べる。


 「わっ分かっているならいい。そうだな騎士のルールだと私の勝ちか。でもこれが戦場なら私が負けだ。」


 サーレムは手を取り立ち上がる。土を手ではたきながら言った。


 「次来たときも手合わせしてくれ。冒険者とやり合う機会もあまりないからな。」


 ええ。分かりました。どうやら認めてくれたみたいだ。やはり騎士と冒険者は一度戦えば仲良く慣れる、


 ユナ様に話しかけようとすると、別の騎士がオレと剣でやりましょう。いいやオレが先だと言ってきた。


 その後、カインは1時間ぶっ通しで戦闘訓練に突き合わせるハメになった。


 サーレムさんとは5回は戦闘しただろう。色々な武器でした。剣では勝ったが、他の武器だと勝率は五分五分だ。


 「もう無理です。また来週やりましょう。」


 カインはさすがに疲れた。姫様を見ると退屈そうにむくれている。


 「すみません。姫様盛り上がってしまって。」


 「ダメです。許しません。カインさんだけ楽しんで。ずるいです。」


 ずるいと言われても、辞めようと何度も言ったが騎士たちが辞めさせてくれなかった。


 困った顔をしていると姫様が言った。


 「わたしも次から訓練に参加します。カインさんから一本取れたらデートしてくださいね。」


 先程まで笑顔で話をしていたサーレムが鬼の形相でカインを睨む。


 「待ってください。それはサーレムさんが許してくれないと思うよ。」


 「いいんです。私も魔獣と戦った時を想定しないと。カインさんが言ったじゃないですか。理論と実践は違うって。」


 たしかに言ったが…デートなんてした暁にはサーレムさんに殺される。


 サーレムに数十分はその場で説教された。だからあれだけたぶらかすなと言っただろうと。


 カインは夜空を見上げる。月が綺麗に輝いていた。

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