#28「我慢が出来なかったようです」

 廊下に貼り出された成績優秀者一覧に記されていたのは。

 

 天王寺朱鳥。

 合計点数998点。

 順位は――1位。


「そ、そんな……あり得ない……きっと何かの間違いですわ……」


 俺と同じように結果を確認しに来た周防世莉歌が、がくりと膝から崩れ落ちていた。

 周防さんの点数は、956点。順位は3位。

 つまりそれは、俺の勝利を意味していた。


 それにしても――998点か。

 自己採点で2点逃したのが発覚した時は少しヒヤッとしたが……無事に勝てたようで良かった。

 周防さんも善戦したようだが、俺にはあと一歩届かなかったらしい。


「――1位おめでとう御座います、朱鳥様」

 傍からしれっと登場した桃花に話しかけられる。


「朱鳥様なら必ず勝てると信じておりました」

「あはは……それはどうも」

 ちなみに13位には種田桃花の名前があり――つまり、桃花もちゃっかり上位に滑り込んでいたりする。

 相変わらずそういうところは抜け目ないな、コイツ。


 しばらく項垂れていた周防さんだったが、やがて目敏く俺を見つけ、恨めしそうな表情で俺に詰め寄った。


「この点数は何ですのっ! 天王寺さんっ!!」

「……何、とは?」

「こんな点数……取れる訳っ……!」

「……私は998点で、貴女は956点だった――それは紛れもなく事実です。私に勝ちたかったのなら、貴女は満点を取っていれば良かった……それだけのことだと思いますけど?」

「くっ……」

 周防さんは、苦虫を噛み潰したような顔をする。


「さぁ、行きましょうか、桃花」

「あ……はい」

 俺は桃花を引き連れて、その場を離れようとする。


 すると周防さんが、縋るように俺に向かって叫ぶ。


「天王寺朱鳥……! これから、私はどうすれば……!!」


 そんなこと……俺に分かる訳がないだろ。

 言ってしまえばこれは、周防さんがこれまで周囲に横暴な態度をとってきた、そのツケだ。


 きっと彼女のプライドは、これから地に堕ちてしまうだろう。

 だがそれは、結局は彼女の自業自得なのだ。


 だからそんなことは……俺が知ったことではない。


◇◇◇


 こうして意地の悪いクラスメイトが成敗されて、めでたくハッピーエンド――なんてオチになれば良かったんだろうが、残念ながらそうはならなかった。


 周防世莉歌はその後、予想通りクラスカーストのトップから転落した。

 それまではウンザリするくらいいたはずの周防さんの取り巻きは、もれなく彼女の元から去ってしまっていた。


 だが、それだけじゃない。

 彼女は次第に、周囲から腫れ物のように扱われ始めていたのだった。

 

 確かに、周防さんは今まで高圧的な態度をとってきた。だから地位が崩れ去ったいま、こうなってしまうのも当然だろう。自業自得と言ってしまえば、それまでだ。

 でも……俺にはその反応が少し過剰過ぎる気がしていた。


 そして……ある日、事件は起きた。


 ホームルームが始まる前の、朝の時間。

 いつもと同じように登校した俺が教室に入ると、周防さんがカバンを持ったまま……自分の机の前で立ち尽くしていた。


 ん……? どうしたんだ……?


 俺は周防さんの席の方へ目を凝らす。

 すると、彼女の席にとある異変が起こっているのが確認できた。


 ……周防さんが普段使っている机の下に――大きな水溜まりが出来ていた。

 そして、机の中から、水滴が滴り落ちている。


 ……待て。

 これって、もしかして……俺がやられたのと同じじゃないか……?


 すると、それまで遠巻きに見ていた女子グループの内の1人が、クスクスと笑いながら周防さんに近付く。

 そして、いかにも嫌味ったらしい口調で言った。


「あれぇ? 世莉歌様、座らないんですかぁ?」


 近付いてきたその女子は、つい先日まで周防さんの取り巻きをしていた子だった。


「……これは、貴女がやったのですか……?」


 周防さんが問うと、その女子はあまりにも白々しい態度で答える。


「えぇ〜? 私、知らなぁ〜い。それよりも早く座ったらどうですか? ホームルーム始まっちゃいますよ?」

「っ……」


 周防さんの拳にキュッと力が入り、口元が苦渋に歪む。

 ――そして、それを見た俺の……何かがプツンと切れた気がした。


 俺は気付くと、周防さんたちの元へと歩いていた。

 俺の存在を視認した周防さんは、驚きに目を見張る。

 だが俺は彼女ではなく……彼女を笑っていた女子の前で立ち止まる。

 

「あ、天王寺さん! ねえ聞いてよ、周防さんったら――」

 その女子は俺を見て水を得た魚のように、より饒舌になって喋り出す。


 それを俺は――。


 ――バチンッ!!


「――ッ!?」


 ――――思い切り引っ叩いていたのだった。

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