#25「昔から変わらないようです」

 こうして杠葉ちゃんのお家で始まった勉強会。

 途中、飽き性の華恋が勉強を放棄して遊ぼうとするのを皆んなで止めたり――なんてことがありつつも、なんだかんだで順調に進んでいた。

 今までロクに友達と呼べるものが居なかった俺には縁遠い世界だと思っていたが、こうやって教え合って勉強するのも……これはこれで良いものだな、と思う。


「朱鳥お姉様、ここの問題なんですけど……」

「ああ、これはね――」


 時折華恋や杠葉ちゃんの質問に答えたりしながら、勉強を進めてゆく。

 すると、ふと杠葉ちゃんが俺の顔を見て申し訳なさそうに言った。


「……あの、やっぱり私たち、お姉様勉強の邪魔になってないですか?」

「そんなことないわよ」

 俺は即答した。

 確かに効率という面で見れば、中等部の子を見てあげながら自分も勉強しなければならないのだから、決して良い環境とは言えないのかもしれない。だが……。


「1人だけで勉強なんてしてたら、息が詰まって集中力も長続きしないもの。それに、杠葉ちゃんたちが頑張ってる姿を見てたら、自分も頑張らなきゃって気にもなるし」


 辛さを誰かと共有できるっていうのは、それだけで良いものだ。独りだったら早々に挫折してしまっていたとしても、それを誰かと共有することが出来ていれば、また頑張ることができる。

 友達が居なかった男の頃には、気付くことができなかった発見だった。


「だから、杠葉ちゃんも遠慮なんてしなくていいから、なんでも聞いてね?」

「はい……ありがとうございます」

 杠葉ちゃんは、俺の言葉に嬉しそうに笑う。


「ねぇね! この問題、意味が分からないんだけど! どうゆうことだってばよ!?」

 華恋……お前は逆にもうちょい遠慮というものを覚えた方が良いけどな。

「あー、ハイハイ。分かったからちょっと見せて」

 しかし杠葉ちゃんに遠慮するなと言ってしまった手前、拒否する訳にもいかない。


「どれどれ……」

 華恋の方に顔を近付けると、華恋は俺を肘で小突きながら囁いてきた。


「……なんか杠葉ちゃんと良い雰囲気じゃない?」

「……はぁ?」

 何を言い出すのかと思えば。

「杠葉ちゃんは男の人とは接したこと殆どないんだからさ、気を使ってあげてよね?」

「なに言ってんだ。今の俺は、とっくに女だろ?」

「……あ、そういえばそうか」

 いや、忘れてたんかい。


「だいたい……そういう話なら俺はお前の方が心配だぞ」

「え、私?」

 俺の言葉に、華恋はびっくりした顔をする。

 俺は頷いた。


「ああ。お前にも浮いた話のひとつやふたつ、あるんじゃないのか? 黙ってりゃ可愛いからな、お前って」

「か、可愛い……?」

「お、おう……」


 実際、華恋は――世の中の女性を可愛いかそうでないかの2択に振り分けたとしたら、確実に可愛い方に入る、そんな顔立ちをしている。

 基本的に母さん似なんだよな、華恋って。……まぁ、性格のほうは似ても似つかないが。


 もっとも、その奔放で誰に対しても壁を作らない性格が、男から見たら逆に魅力として映らなくもないんじゃないかとは思う。

 気さくに話しかけられたりでもしたら、俺だったら勘違いしてしまうかもしれない。


 だから俺は心配なのだ。華恋に悪い虫がついていたりしないかが。


「お前って意外とモテそうだからさ……だから、もし彼氏が出来たら教えろよ? 俺が見極めてやるから」

 俺がそう言うと、華恋はおかしそうに笑った。


「あはは、いる訳ないじゃん。女子校なのにさ」

 いや、まぁそれはそうなんだが。

「それに……今は当分、彼氏とかは必要ないかな」

「え? なんで?」

「だって私のそばには、いつもねぇねがいてくれるじゃん」


 ……はぁ? なんだよそれ?

 だが俺がそれを聞き返す前に、華恋はテキストの問題文を指差す。


「――そうそう、それでこの問題なんだけど」

「あ、ああ……」


 俺は、なんとなくモヤモヤしたものを抱えたまま、華恋の質問に答えたのだった。


◇◇◇


 そんな姉妹の仲睦まじい様子を、時折眺めながら。

 桃花は黙々と問題集に取り組んでいた。


 桃花は、周防世莉歌ほど目立っている訳では無いものの、勉強は得意な方だった。

 今回、朱鳥と一緒に勉強することにしたのも、自分の成績であれば朱鳥に力を貸すことができるのでは無いかと思ってのことだったが……蓋を開けてみれば、桃花の助力がほとんど必要無いくらいには、朱鳥は完璧だった。


 ――これならば、本当に周防世莉歌にも勝てるかもしれませんね。


 朱鳥という人は、昔からそうだった。

 最初は散々文句を言っていたりするくせに、いざそれに取り掛かると、なんでもそつなくこなしてしまう。

 外見は変わってしまったとしても、中身は昔から全然変わっていなくて……それに気付いた桃花は、思わず顔が綻ぶ。


「――あの、種田先輩」


 すると、桃花は誰かに呼びかけられる。

 桃花を呼んだのは、森下杠葉だった。

 桃花はニヤついていた表情を無理やり元に戻して、その声に応えた。


「はい、なんですか?」

「種田先輩って、2人と幼馴染なんですよね?」

「ええ、そうですよ」

「良いなぁ……。私は小さい頃は別のところに住んでて、昔からの友達みたいな人が居ないんです。だからちょっと羨ましいです」


 羨ましい――と言われて、桃花は朱鳥や華恋と離れ離れになるまでの出来事を思い返した。


「……そうですね。私も朱鳥様たちと出会えて良かったと思っています。まぁ……天王寺は特殊な家系でしたから、世間一般で言う幼馴染のそれとは、少し意味が違うかも知れませんが」


 天王寺家でなければ……、彼女たちと出会うことも無ければ、別れることも無かったかもしれないと、桃花は思った。

 

 杠葉は食い入るように、桃花に尋ねた。

「朱鳥お姉様って……小さい頃はどんな子だったんですか?」

「小さい頃、ですか……」


 まさか男でした、と言う訳にもいかない。

 桃花は少しだけ思案したのち、こう答えた。


「……今と、そう変わりません」

「そうなんですか?」

「ええ。……いじわるで、捻くれてて、いじっぱりで、負けず嫌いですけど……でも、困っている人は放っておけなくて、自分の中の正しさは何があっても曲げない――昔から、そんな方でしたから」


 ――流石に女性になっていたのは、少し驚いたけど。


「だから私は、今回の勝負……朱鳥様が負けるはずがないと思っています」


「……信頼してるんですね、お姉様のこと」


 杠葉から、そんなことを言われて――桃花はストンと、自分の抱いていた感情が腑に落ちる。

 そうか、これは……そういうことなのか。


 杠葉からの問いに、桃花は答えた。


「――……はい、とても」

 

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