第22話:敗北

 眩しい——


 眼、眼、眼、顔、顔、顔——

 

 物凄い数の眼と顔が俺を見ている——


 俺、俺は——


 思わず振り返って、オーディエンスに背を向けてしまう。

 

 アキラが見たこともない形相で口を動かしている。


 タクトが寄ってきて耳許で叫ぶ。


——ユウくん! 歌って——!


 え、俺、え、ベースはずっと弾いてるのに——


 歌は俺の、俺の声を聞かせないきゃ、届けなきゃ——


 視界の隅にキラキラとした星のようなものが現れて、それに起因する目眩の中、それでも俺はもう一度マイクスタンドに戻り、Bメロを歌った。

 

 歌った? ちゃんと発声できてたか?


 サビは絶対に歌った。いつもより声を張って、ちょっと乱暴になったかもしれないけど、最後の一声と共にスラップを決めるところはやり切った記憶はある。


 だけど真下を向くしかなかった。

 被害妄想かもしれないけど客全員が俺を嘲笑っている気がして。


「ユウくん、残り行ける?」

 タクトが寄ってきて耳許で聞いてきた。

「うん、やり切ってみせる」


 そう、あと二曲ある! 投げ出したくない!

 自分でそう気合いを入れたんだけど——


 二曲目はほとんど記憶にない。

 ミドルテンポの、俺の声の良さを出すためにタクトが書いてくれた曲だ。

 アキラの安定したドラムが、俺のベースラインと落ち着いたメロディーを支え、タクトの通奏低音的なギターがトリッキーな曲。


——でも俺はあのメロディを、ちゃんと声にしていただろうか?


 俺はもう、オーディエンスの盛り上がりや歓声を察知できる感性が残っていなかった。受けているのかシラけているのか、知りたくもなかった。

 とにかくあと一曲やり切って、ステージから降りたかった。


 最後は水沢タクトの趣味全開カオス曲だ。

 ベースもうねりまくりギターもぎゃんぎゃん、ドラムもアキラが野生動物みたいに叩くやつで……


 え?


 お客さんが俺を見てない気がする……

 

 あ、あ、ダメだ、歌わなきゃ!


 最後の大サビで、特に高音で歌うパートを俺はほとんど吠えるように叫んだ。声がひっくり返った。


 終わった。


 アウトロまでベースを弾ききって、最後の音を弾いた俺のピックはそのまま落下した。


 拍手があったかどうかかも分からない。

 とにかく一礼して、俺は袖に戻った。

 アキラが「ありがとうございました! リアル・ガン・フォックスでした!」と俺の代わりに言ってくれたのは聞こえた。


 俺は楽屋のドアの前で棒立ちしたまま動けなくなっていた。


『Real Gun Fox様』


 という張り紙を、俺は直視できなかった。


「結斗!」

「ユウくん!」


 思わず身をビクリと縮めた。

 スーパードラマー・三津屋アキラ。

 天才作曲家・水沢タクト。

 こんなに凄い二人に、俺は泥を……。


「ごめん……」


 アキラの顔もタクトの顔も見られず、俺はその場にうずくまって、頭を抱えた。

「結斗、顔上げろよ」

「ユウくん」 

「ごめん……本当にごめん俺、なんて、詫びたらいいのか……」


 次の瞬間、誰かが何かで俺の頭をすぱこーんとはたいた。


 思わず顔を上げると、それはアキラではなくフライヤーの束を持った水沢タクトだった。


「泣けるパワーが残ってるなら、反省会だよ! あとね、詫びるとか意味分かんないこと言うのやめて。謝罪とか求めてないから。時間の無駄だから」

「……え?」

「おまえ、珍しくまともなこと言うな、タクト」

「僕は合理主義者なだけ」

「結斗、あの状態でよく最後まで投げ出さなかったな」

 アキラは俺の手を引き立ち上がらせた。

「最後のシャウトは凄かった。俺は肯定派」

「え、いや、俺もうダメだと思って、もうやけになってあそこは——」

「だーかーらー終わったことの裏話とかどうでもいいから。次のこと考えよ。とりあえず着替えて、撤収準備と——」

 アキラとタクトがきびきびと動く中で、俺はさっきとは別の意味で棒立ちになってしまった。


 二人とも、俺の失態を全く責めたりしないで……。

 普通もっと怒るだろ、何なら降板させてメンバーチェンジすらするだろう。

 なのにこの二人は……、そこまで俺を買ってくれているのか……。


「おい結斗、おまえも動け!」

 アキラにバンッと背中を叩かれ、一瞬耳許で、


『今夜は反省会としてめちゃくちゃ抱くからな』


 と囁かれて飛び上がった。


「お、リアガンご一行発見! おつかれ〜」

 俺たちが楽屋から出ようとした時、ちょうど彩瀬タケルさんが姿を現した。

「え、タケ兄、今日レコーディングじゃなかったっけ?」

「ドタキャン食らってね、だったらおまえらの初ライブ来ないわけないだろ」

 俺は青ざめていた。あれだけ見てもらって、アドバイスをもらったりもしていたタケルさんに合わす顔がなかった。

「結斗くん」

 硬直した。タケルさんの声が優しすぎて。

「俺の初ライブよりはマシだった、とだけ言っとく。これからだよ。じゃ、悪ぃ、ツレ待たせてる。またキツネさんち行くからな! タクトも良かったぞ!」

「わーい! あ〜りがとうございます〜!!」

「おい! タケ兄、俺は?!」

 アキラが叫んだが、タケルさんは振り向きもせず片手を挙げてそのまま搬入口から出て行ってしまった。

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