第20話:水沢タクト、凍る

 結局、野性の天才アマデウス対さすらいの凄腕ギタリストによる早弾きバトルが開催されてしまった。いいんですか、二人とも、そしてアキラも……。


「じゃあタクトくん、追いかけっこしようか。俺が先に弾くから、ついてきて」


 七弦SGを構えた彩瀬タケルはもうそれだけで一枚の絵画になるほど『かっこいいの固まり』だった。

 そして顔に薄い笑みを浮かべたまま、フレットの高い位置からボディギリギリまでとんでもないスピードでワンフレーズ弾いてみせた。クソほど速い。


——素人相手に容赦ないですね……。


 しかし驚いたのは、タクトがそれを完璧に再現したことだった。

「いいね! じゃあこれは?」

 タケルさんが今度はチョーキングとタッピングを混ぜた長めのフレーズを披露、俺なら死んでる。

 しかしながら、タクトは暗殺者モードでそれをも完コピしてのけた。

——ように俺には聞こえたのだが。


「タクト、一音足りなかった。タケ兄の勝ち」


 そう宣言したのはアキラだった。


「……え?」


 え、うそ、全然気づかなかった。

 何より意外なのは、タクトが驚いていることだった。


「僕ちゃんと弾いたよ、アキラくん」

「いや、弾けてたけど、最後から二番目の音、細かいチョーキングが抜けてた」

 

 タクトは愕然としてタケルさんを見遣った。


「ごめんごめん、タクトくん凄く上手いからついムキになっちゃった」

 

 そしてタケルさんが続ける。


「もしかしてタクトくん、ギターの弾き方、習ったことない?」

「ない」


——ちょっと待って、ちょ、ちょっと待て、独学でアレってもう……!!


 俺が幾度目か分からないタクトの天才っぷりに悶絶していると、タケルさんがギターを下ろし、タクトの背後に回った。ちなみにタクトはテレキャス使いだ。


「きみのチョーキングの癖、指の腹がここ触ってるでしょ、本当はこっち側を使うんだけど——」 


 タケルさんがタクトの背後から、バックハグと言うか二人羽織というか、そういう体勢でタクトの手を取った。


 ら。


「混ざる!!」


 とタクトが叫び、タケルさんを振り払ってしまった。

 タケルさんも俺もアキラも、その言葉の意味を図りかね、同時にタクトの表情、何より幼稚園児でも暗殺者モードでもない、初めて見るその眼に驚いていたら、タクトはテレキャスを置いて部屋から出て行ってしまった。


「えーと、俺、怒らせちゃったかな」

「い、いや、タケルさんのせいじゃないと思いますよ。あの幼稚園児、普通じゃないんで」

「どうせアレだろ、人生初めての敗北で受け入れられないとかだろ?」

 アキラはそう言ったが、

「だったら勝負がついた時点で出て行ってるはずだ。俺は、タクトくんに触れた瞬間、身体がこわばったような気がした。二人は普段タクトくんとスキンシップする? もし苦手なら、知らぬこととはいえ悪いことしちゃったな」

「え?」

 俺とアキラは顔を見合わせた。

「俺らの中で一番スキンシップ好きなのアイツだよ、タケ兄」

「そうです。それに『混ざる』っていう言葉は——」

「ただいま〜」


「え」


「おかえり〜」

 水沢タクトは何事もなかったかのようにへにゃへにゃと笑いながら戻ってきた。

「タカルさん! さっきの教えてください!」

「え、ああ、いいよ」

 タケルさんも戸惑った様子だったが、タクトがテレキャスを構えて背もたれのない椅子に座ったので、タケルさんはさっきと同様後ろからタクトに正しいギターの弾き方を指摘し始めた。その度にタクトは『はぁ〜なるほど』とか『そうだったんだぁ』といった幼稚園児語を漏らしていて、その声は温度が高く、非常に楽しんでいるように聞こえた。

 俺らとしては彩瀬タケルさんに三人の演奏を聴いていただきたかったのだが……


「僕、今日これ習う! 解散!!」


 えーーー


「タケ兄がまた来れるならいいけど——」

「ん、いいよ。明日も夕方なら平気」


 というわけで、幼稚園児に初めて俺ら以外の保父さんができました。

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