第17話:決戦前のエンカウント

 俺たちリアル・ガン・フォックスの初ライブが近付いてきていた。

 六月二十二日金曜日、ハコは上大の最寄り駅の隣だから、もしかしたらタクトと俺が校内で配布した、アキラの知り合いが作ってくれたフライヤー効果で学校からもお客さんが来てくれるかもしれない。

 アー写も撮った。アーティスト写真。

 こちらはかなり簡素なもので、タクトの提案で、三人が並んだり同じフレームに入るのではなく、別々に撮った三枚をコラージュにし、バンドのロゴも三人であーだこーだ言いながら決め、中心にそれを添えてそれを俺たち三人が覆うようなデザインになった。

 しかし恥ずかしい。アー写、いや、バンドが上手くいけばそりゃいつかは撮るんだけどさ、まさかこんな超高速展開で進むだなんて予想だにしてなかったから、大学の各所にタクトが無断で貼ったフライヤーを目にした時、自分の顔がそこにあると、もうなんか羞恥プレイだ。


 決戦の初ライブまで一週間を切った頃、俺はアキラから鍵を預かり、営業行為にいそしむアキラより先に部屋に帰ることになっていた。

 六階の角部屋までベースとギグバッグを担いでいって、勝手知ったる我が家ですと言わんばかりにすんなり鍵を開け、荷物を入れて鍵を閉めた。

 

 そこで俺は『おや?』と思った。見慣れない靴があるのだ。男性用の、かなり年期の入ったエンジニアブーツが。


「アキラ? 帰ってるの?」

 

 と言いつつ、俺は何か武器になるものが無いかと玄関から廊下を見回し、アキラがたまにタバコを吸う時に使う重い灰皿を持ってリビングの扉を開けた。


「アキ、ラ……?」


 呼んでみたが、違うことがすぐに分かった。

 カウンターの向こうのソファに座るのが、ライトブラウンの短髪ではなく、黒髪ストレートで襟足の長い男性だったからだ。


「ん?」


 男が振り返る。


 正直に言う。めっちゃかっこいい人だった。

 年は三十代前半くらいだろうか。ファッションセンスが大人だ。無地の黒ワイシャツを着崩し、ブレスレット二連は多分クロムだし、右手にしてる三つの指輪もシルバーと石付きがひとつ、俺でも分かるほどハイブランドのものだった。


「きみ、誰?」


 しかもいい声してた。何この「かっこいい」の固まり。 


「あ、あ、あ、貴方こそ誰ですか! 勝手に人の家に上がり込んで!」

「ハァ? どっちがだよ。ここ半分は俺んちだよ」

「し、知りませんよそんなの! ここは三津屋アキラの部屋です!」

「でもきみは三津屋アキラじゃない。だから誰? 不法侵入者?」

「ちっ違います!! 俺はそのー、ア、アキラくんから鍵を渡されて先に帰るように言われて——」

「なに、証明できんの? アキラの鍵盗んだんじゃないの? アキラ、前ストーカーいるって言ってたし」

「はぁ?! それは過去の話です!! 今では立派な恋人です!!!」


——って、あれ?


 俺今、物凄く恥ずかしいこと、誘導尋問で宣言した?


「はは、ごめん、須賀結斗くん。なるほどねぇ、アキラが本気になるのもちょっと分かるよ。確かにかわいいね」


 そう言うと、かっこいいの固まりさんは改めて俺の方へ向き直った。

 え、ちょっと見たことあるぞこの顔。既視感ある。でもそれとは別に、なんかのメディアで見たような……。


「俺は彩瀬タケル、アキラの叔父。ギター弾いてる。リアガンの話聞いて、今日は見学に来たんだ」


——彩瀬タケルだって?!


 あの、自分が気に入れば無名のインディーズバンドであろうと何十年ものキャリアを持つ大御所バンドでもサポートで弾く、さすらいの七弦ギター使いの?!


「あ、あの、気が動転していたとはいえ、失礼なこと、多々、お詫び申し上げます。ご活躍は、その、かねがね……」

「いや、そういうのいいから。うーん、やっぱかわいいねぇ、アキラにはもったいないねぇ。後でアキラとのツーショ撮らせてよ。きっといい絵になる」

「は、はぁ……」


 と、頷いて、俺はもうひとつのキラーフレーズに気づいた。


「え!? アキラの叔父?!?!」


 これにはタケルさんも爆笑した。


「面白いねぇ! こりゃあリアガンよりきみとアキラっていうカップルの方に注目しちゃいそうだよ! まあ、今後やりとりもあると思うから、よろしくね、結斗くん」


「は、はい!」


 俺は手汗でナイアガラの滝が作成可能なレベルに達しながらもタケルさんと握手を交わした。

 っていうかあんな誘導尋問、卑怯だよおおおおおおおお!!!

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