第12話:Relationship

 結局俺はその夜、三津屋アキラの家に泊まることとなった。

 理由は単純すぎて涙が出るが、アキラ宅で三回目に至った際、俺が失神してしまったせいだ。

「マジでエロくてかわいかったよ」

 翌朝、聖なる性獣アキラさんはそう言ったが、俺の邪推か夢かもしれないけど、寝顔を見られていたような感覚があった。


 でも……。

 どうなんだろう、俺はアキラの何になったんだろう?

 セフレ兼バンドメンバー?

 だけどそれはタクトに否定されたはずだ。

 あと昨夜の『嬉しい』云々の発言も気になる……。


 一回り大きいアキラのシャツを借りてアキラの手料理の朝食を食うことになって、ってこのセンテンスだけで高一の俺が聞いたら涙による脱水症状で死ぬと思うけど、それはともかく、ベーコンエッグと分厚いトースト二枚、色味のいいブロッコリーとスライスされたトマト、サニーレタスがワンプレートに載った、『え、これなんですか? どこかのホテルのモーニングですか?』みたいな食事を出された俺は正直驚いていた。


「あ、なんか嫌いなもんあった?」

「え、え、そんなことは!! アキラ、料理めちゃ上手いんだね!! 正直意外!!」

「その程度で上手いと言われましても〜。まあ食えよ」

「は、ははぁ! いただかせていただきます!」

 両手の手のひらをバチンと音が鳴るほど合わせて食べ始めたアキラは俺の前に座り、何やら俺ががっついてトーストに食いついてるのをしたり顔でガン見してくる。

「な、何?」

「いや、他人に自分の料理食ってもらうの久々でさ、おまえ美味そうに食うから嬉しくて」


 出た、『嬉しくて』。

 俺の邪推は、昨日の夜からずっと、快感で頭が半分以上飛んでる状態でも発展していっていた。

 極々短絡的な推理。三津屋アキラは今まできちんと愛情を確認できる性行為をしたことがなかった、とか。あるいはあえてそれを理解できなかったけど、俺の反応っていうかストーカーぶりが防御壁を瓦解させた、とか、まあ、色々。


「そういや結斗、単語決めた?」

「単語?」

「おーい忘れんなよ。バンド名、三人で一つずつ英単語持ち寄って合体させようって昨日言ったろ?」

「……今言われてなんとなく思い出したけど、そのあと数時間交尾した挙げ句失神した人間にその記憶を想起せよというのは酷ではないでしょうか」

「じゃあ今考えろよ。俺は『REAL』、これを入れたい。形容詞だから、いちばん最初かな?」

 ふむ、と、俺は最後に取っておいたブロッコリーを口に含み考えてみた。

 タクトが持ってくる単語にもよるけど……

「俺は何か、武器系入れたい」

「武器系?」

「うん、例えば、タイムボムとか、レーザーとか、リボルバーとか」

「へぇ、結構過激なんだな、ユウちゃんてば」

「過激……かもしれない……」

「へ? ジョークで言ったんだけど」

「い、いや、三津屋アキラのストーカーとしては相当過激派だという自覚はあるし——」

「結斗」

 アキラは熱のこもった声で言うと、立ち上がって向かいに座る俺の顎をくいっと上げて力強く口づけ、なかなか解放してくれなかった。

「んーんーんんー!!」

 流石に直前に食ったものが逆流しそうになったので抵抗の声をあげると、アキラはどこか名残惜しげに俺の顎から手を離した。

「あのさぁ、すっげえ恥ずかしい話していい?」

 再び着座したアキラがちょっと遠くを見つめるような表情で言う。

「え、何? 笑い飛ばしていい系?」

「どうだろうな」

「それって俺なんかが聞いていいの?」

「他の誰にも言ってない。おまえになら話せるかなって、昨日から思ってた」


 え、ちょ、なんか圧が、圧が来るんだけど。

 三津屋アキラが他の誰にも言っていないことを、この俺に?


「俺、交際経験ねえんだわ」


————?


——えっ


——どぇぇええええええ?!?!?!?!


 処理速度が! 脳の神経が! 思考回路にふ、不具合が! 深刻なエラーが発生しましたあああああああああああああああああああ!


「俺は好きだと思った奴としてきたけど、なんか求められるものが違うんだよな。上手く言えねえんだけど。で、ああ結局俺はこいつのこと本当に好きじゃなかったんだなって後から悟るタイプでさ。でもおまえは違う。と思う。俺もさ、なんかすげえ恥ずかしかったよ、おまえみたいに、ずっと俺みたいな奴を何年も想ってくれてる人がいるなんて。だからすげえ嬉しかったし、しかもおまえめっちゃかわいいし、感度良好だし、もっと調教したいし、おっと、セックスの話になってる。だから、その、タクトとのバンド活動と同時進行で、そのー」


 少し頬が桜色になっている三津屋アキラは、この時ばかりは「聖なる性獣」でも「スーパードラマー」でもなく、ひとりの男・三津屋アキラだった。


「なんつーか、あー、俺の恋人になってください、須賀結斗くん」


 俺は死んだ。本気でそう思った。

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