第24話 迷走

  戻る過去 2012年 6月 14日 15時


  戻る未来 2012年 7月 3日 22時


 もう一度、そこからやり直そう。明絵を助けなければ……


 戻り時計の時間をセットして、両側にあるボタンを押そうとして、潤は一瞬躊躇ちゅうちょした。明絵を助けるために、オレはまた元の引きこもりの状態に戻るのか?学校を退学になり、親の顔色を窺いながら部屋に籠ってゲームしたりネットサーフィンしたり、……このブレザーも、まだ新しいブレザーも着ることがなくなる自分に戻るのか?2回目で上手くいったのに?退学にならなかった自分、元通り高校に通える自分、未来を自分で掴み取ろうと決意をした自分、せっかく思い通りの自分に戻れたのに、どう転がるのかわからない3回目をやるのか?


 それに……


 2回目でやり直してこんなことが起こってしまった。これって、考えてみたらすごく恐ろしいことだということに潤は気づいた。もし3回目をやって、明絵を助けて、もし、もし違う何か、違う誰かが消えているかもしれない未来だったら?それが両親だとか……もしかしたら自分自身に何かよくないことが起きるとしたら……それを考えたら怖くて怖くて仕方なくなった。


 どうしよう。怖い。とてつもなく怖い。


 どうしよう。どうしたらいい?明絵を助けたい、ずっと大好きだった明絵、大好きな明絵を助けて……


 って、助けてどうする?明絵は真生が好きなのに?助けたとしても、オレが助けたことを明絵は知らないのに?何もなかったように、真生と楽しい高校生活を送るだけじゃないか。オレが部屋に引きこもっていても、そんなこと我知らずのまま、二人で楽しく高校生活を送り、大学受験をし、もしかしたら同じ大学に行ったりして、都会に出て近くに部屋なんか借りたりして、何なら同棲なんかもしたりしてな。


 潤はあれこれ想像し始めて、やけくそになり始めた心境と戦った。自分のものにならない明絵を自分を犠牲にして助けようとしているんだ。助けた未来を思い描きながら、助けなくてもいい未来を少しくらい思い描いたっていいじゃないか。


 どうしよう。


 助けたい。明絵を助けたい。でも……自分のことだって助けたい。


 潤は戻り時計を手に持ったまま、ボタンを押そうかどうしようか悩んだ。長いこと悩み過ぎて、いつまでもご飯を食べに下りてこない潤に業を煮やした父親が、階下まで呼びにきたところで、潤は朝食をとるために一階へ下りて行った。


「遅くなってごめん、なんかやっぱボーっとしちゃって」


「大丈夫か?無理するな。なんなら一日くらい休んだっていいんだぞ」


「ううん、行くよ。ちゃんと行く」


「そうか。この前言っていた塾のことだけど、行きたければ行っていいぞ。一年のうちからわからないところをなくしておいた方がいいしな。でも本当に大手のとこじゃなくていいのか?」


「うん。個別で見てもらえるほうがわからないところをピンポイントで教えてもらえるだろうし」


 そう答えたが、実際は大手のところには城東の生徒が多く通っているから、なんとなく行きたくないのだ。真生や明絵も大手の塾にという話をしていたし……


 そうだ。通う塾だって城東に入れたあいつらとは違うところをオレは選ぶんだ。なんともいえない疎外感と敗北感で、目頭が熱くなりかけた。しかもこんな話だって、オレがまた退学になって引きこもってしまったら、なくなってしまう未来なんだ。


 明絵が生きていてもいなくても、どちらにしてもオレの手には入らない。だったら、いてもいなくても同じじゃないか。


 だけど……


「ゲホッ、ゲホッ……」


「ちょっと、大丈夫?」


「うん、ちょっと変なとこに入っただけ」


「食べることだっておろそかにしたらダメだ。ぼんやり食べていると気管に詰まらせて命にだってかかわるぞ。食べることは生きることだ。真剣に食べろ」


 そうか、食べることは生きること……か。だから家族で食事をすることに親父はこだわったのかもしれないな。引きこもってるときも、食事だけは絶対に一緒にだったな。それだけは、あの時も今も変わらない。

 

 飲みかけの味噌汁。よく見たらなめこの味噌汁だ。オレが一番好きななめこの味噌汁だ。落ち込んでいると思ってなめこにしてくれたのかな。それとピリ辛のウインナーが三本に目玉焼きは固めの半熟だ。ヨーグルトにはハチミツがかかっている。どれもオレが好きなやつだ。半分も食べているのに気づいてなかった。


 食べることは生きること。


 潤は自分の好きなものが並ぶいつもの食卓を囲みながら、改めて失いたくない日常を感じていた。



            ~潤編 了~

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