第20話 彷徨う

 潤が高校を退学になったことは、潤と同じ高校に通っていた、たいして親しくもなかった、同じクラスになったことのない同じ中学の卒業生から真生たちの耳にも入り、キャンプの誘いのラインから10日ほど経ってから、『お前、大丈夫か?』とラインが入った。


「なんでこんなことに……」そう声を詰まらせた母親には泣かれ、冷静な父親からは、高校に行くのが嫌なら義務教育ではないのだから働き口を探すか、自分で勉強して高校卒業認定を受けて大学受験をするもいい。もし第一希望の高校に通いたいのなら来年もう一度受験するのでもいい、あとは自分で決めろ。と結論を放り出された。そして、どんな結論を出すにしても、毎朝キチンと一緒にご飯を食べること。ダラダラ一日寝て過ごすことは許さない。家にいるなら昼食は自分で作り、夕食も共にすること。これが家にいる条件だと言われた。


 その返事はまだしていない。朝食と夕食は家族でとり、昼食は夕食の材料以外なら何を使って何を食べてもいいからと言われ、そうしている。そうしているとは言っても、実際は母親が冷蔵庫に何やら作り置きしてくれているものをチンして食べているのだが。


 部屋には学校から持ち帰った教科書やら学校指定のジャージや体育館シューズがリュックに入れられたまま置かれ、それが目に入るたびに失った居場所の大きさを思い知らされた。


 どうしたらいいのかわからないまま、ただつけたパソコンの前で流れる動画をぼんやり眺め、投げやるようにスマホでゲームをして、ただ時間が過ぎるのを待った。父親に投げられた結論は出ている。今さら真生たちの高校には行けない。一つ学年が下になるのも嫌だったし、いや、真生と明絵と同じ高校なんてもう行く気になれない。そして働くというのも現実的ではない。今の状況は中卒だ。この先それで働くなんて……そう思うと、おのずと答えは出ている。自分で勉強して卒業認定を受け大学受験をするというものだ。だが、……できるだろうか、自分に。


 答えは出ているものの身動きできないままの潤は、ぼんやりとした日々を過ごすようになったそんな矢先に『お前、大丈夫か』の真生からのラインに、何かの糸がぶつっと切れたことを感じた。


「お前のせいだろうがぁ………」


 手にしていたスマホを壁に向かって投げつけたのを合図に、身の回りの手に触れたものを次から次へと壁に投げつけた。お前のせいだ!お前のせいだ!お前のせいだ!と、呪いの言葉と共にすべてを真生に投げつけた。


 翌日、その様子に気付いたのか、父親から再度この先どうするのか聞かれ、認定を受け大学受験をすると答えると、では部屋を片付けて勉強ができるようにするよう言いつけられ、我が家の絶対君主である父親の言いつけを守り部屋を片付けた。冷静な君主は、こんなときも冷静だ。そして潤の居場所は、今、ここにしかない。


 それから一週間、そうは言ったものの勉強など手につかず、相変わらず勉強する振りをしながら一人でいる日中はパソコンをつけ動画を流したり投げつけたスマホの割れた画面ではできなくなったためにパソコンでやる新しいゲームはないか探したりと、ネットサーフィンをしている時に、その時計が目に留まった。月の形をした時計だ。


「あれ?これ、どこかで……」


 前にもネットで見たかな?なんか、知ってるような気が……


 潤は記憶の奥深くに入り込んで探すも、この存在に辿り着かない。けれど何か引っかかるものがあり、1000円ならばと購入ボタンを押した。昼間届くのなら両親にも気づかれる心配がない。


 そうして手元に届いた月の時計には、『取扱説明書』が同封されていた。箱や時計と違い、だいぶ古ぼけた感じのするその取扱説明書を見て、潤は自分の鼓動が早くなることに気付いていた。


 なんだこれは、戻り時計だと?戻る過去に戻る未来?今より未来には戻れない?どういうことだ……時間を遡ることができるのか?……やり直したいことがあったらやり直せるということか?いや、まさかな。そんなことあるわけない。そんなことができるわけない。


「ハハハ。なんだこれ、バカにすんじゃない。なんの嫌みだっ」


 投げつけようと時計を手にして振り上げてみたものの、振り下ろすことができない。やり直せるだと?嘘だろ?なんでこんなもの、なんでこんな時計に引っ掛かりを覚えたんだ。そうして改めて月の形の時計を置くと、再び『取扱説明書』を読み始めた。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る