第34話 34合目

「不幸な事故だったな・・・」


「失礼しちゃうよ、んもう!」


勇者ティム・・・いや、ティムちゃんはプンプンと怒った様子で文句を言って来る。まさか・・・まさかボクっ娘だったとは。俺の目をもってしても見抜くことが出来なかった・・・。


なお、“ちゃん”付けをしているのは相手からそう指定があったからである。


性別を間違うというミスを犯した俺に、その要請を断る術はなかった。


「反省してる?」


「あ、はい。反省してます」


俺はティムちゃんの怒りを静めるために出来るだけ素直に返事をする。


彼女が怒るのも不思議ではない。さすがに男だと間違えられれば、年頃の少女が腹を立てるのは仕方ないのだ。


そう仕方ない。


だが、なぜだろう。


怒ってますと言う割には・・・。


「あの、怒ってるんなら、どうしてそんなにピッタリくっつくんでしょうか?」


そうなのだ。怒っているはずのティムちゃんが、なぜか先程から俺の隣に座り、離れようとしないのである。


そしてこれも不思議なのだが俺の手を取って、先ほどからつねったり撫でたり、自分の指の長さと比べたりと、よく分からない事をしているのだ。一体どういう意味があるのだろう? まあ、減る物じゃないからそのままにしているのだけど。ちなみに、モルテとシエルハちゃんはと言えば、俺に対して絶対零度の視線を向けている。なぜだ・・・?


「ねえ、コーイチロウ様。それで、さっきはどうやってホワイトトロルを倒したの? ボクに教えて?」


「あ、それは私も知りたいですねー」


そう言ってティムちゃんとシエルハちゃんが先ほどの戦いの種明かしを求めてくる。特段隠す必要がある訳でもないので俺はあっさりとばらした。


「さっきも言った通り、ホワイトトロルの死因は凍死だ。モルテに水魔法を使用してもらった。ただし、敵にバレたら対策されるかもと思って少し工夫したけどな」


俺の言葉にティムちゃんがキラキラとした瞳を向けてくる。うーん、冒険者ギルドの時と態度が違いすぎて何だか調子が狂うな。


「ただ工夫といっても難しいことじゃないぞ? 単に空気中の水を霧状にしてホワイトトロルの周りに纏わり付かせただけだ。そうすれば相手に気付かれない内に、体を湿らせることができるだろう?」


「なるほど、そういうことだったんですか! ・・・ですが、それはかなり繊細な魔法コントロール力が必要になって来るはずです。モルテさん凄いです!」


「あれくらい訳ないのじゃ」


俺の回答にシエルハちゃんは謎が解けたとばかりにはしゃぎ、モルテはえっへんと無い胸を張った。俺は解説を続ける。


「あと付け加えるなら、奴の周囲にあった水分を出来るだけ使うことで、周囲を乾燥状態にしてもらった。そうすれば体内からより早く水分が蒸発し、血が巡りにくくなるからな。いわゆる高山病になるわけだ。とはいえ、モンスターが人間と同じ原理で動いているかは分からないから、単なる保険だな。意味があったのかどうかは分からない」


「すごい・・・。ボクも勇者として色々な戦いに参加してるけど、こんなにあっさりとホワイトトロルを撃破できたのは初めてだよ?」


「褒めても何も出ないぞ」


「む~、これ以上何かを求めたりしないよ。だいたい、こうやってテントに入れてもらってるだけで、命を救われている事ぐらい理解してるんだから。ううん、それだけじゃなくて、モンスターから助けてもらったことも含めれば2回、助けてもらってるんだよね。返せないくらいの借りができちゃった。つ、つまりコーイチロウ様はボクの命の恩人で、それだけじゃなくて、その・・・は、白馬の王子様でゴニョゴニョ・・・」


最後のあたりは聞こえなかったが、どうやら素直に感謝してくれているようだ。とはいえ、あのモンスターがこの辺りを縄張りにしていたのなら、そのうち俺たちとも戦うことになっただろう。共闘することが出来て助かったのはお互いさまなのだ。


それよりも、だ。


「俺としてはその借りを今すぐ返してもらいたいんだが、どうだ?」


「え!? そ、そんな! こ、こんなところで?」


そう言うとティムちゃんはなぜか顔を真っ赤にして、モルテとシエルハちゃんの方を見た。


「何で二人を気にするんだ?」


「だ、だって、見られながらだなんて・・・大胆すぎるよ・・・。でもコーイチロウ様がそういうのが良いって言うのなら・・・ボク頑張る!」


そう言って潤んだ目でコッチを見た。なぜか決意の炎を瞳の奥に燃やしているが、一体どうしたんだ?


「まあ確かにエルク草を諦めてもらうには頑張ってもらう必要があるが、そんなに気合を入れてもらわなくても良いんだぞ?」


俺の言葉に「えっ」と言ってティムちゃんは数秒固まる。それから丸で石の様にゆっくりと動き出すと、静かに咳ばらいをしてから口を開いた。


「コホン。はぁ~~~~・・・・、そういうことか。いいよ、いいよ、そんなことくらい。ボクはまた別の方法を考える事にするからさ」


「そう言ってくれると助かるよ」


しかし随分長い溜息だったな。やはりそれくらい諦めるのが残念だと言う事なのだろう・・・。ん? 待てよ、何だか変だぞ?


「なぁ、そういえばティムちゃんは女の子なわけだろう?」


俺の言葉に彼女はぷくぅと頬を膨らませる。


「そうだよう。ボクってそんなに色気ない?」


そう言って自分の胸元を見下ろして涙目になる。いやいや、そういう意味じゃない。勘違いさせてしまったかな、少しフォローしておこう。


「ティムちゃんはすごく可愛いよ。男だと思ったのは、勇者がこんなに可愛い女の子だとは思わなかったからなんだ」


「かっ・・・かわっ・・・はわわわ!」


ティムちゃんが目を白黒とさせている。しまった、俺みたいな男に可愛いなんて言われても気持ち悪いに違いない。と、モルテとシエルハちゃんの方を見ると、長い長い溜息を吐いていた。ううん、やっぱり気持ち悪かったのだろう。


「すまん、話がそれたな。聞きたかったのは別のことだ。確かティムちゃんがエルク草を必要としている理由って、女性の事でやんちゃしてお金が必要になったから、だったと思うんだが・・・」


「あ、うん。そうだよ?」


「えっと、それだと変じゃないか? だって、女同士でやんちゃって・・・。あっ、まさか!?」


それなら納得だ。俺は割とその辺りについて理解のある方なのだ。広い守備範囲だと自負している。どういった恋愛の形も応援する所存である。


だが、ティムちゃんは頬を染めて、もの凄い勢いで首を振った。


「ちょっ、全然違うよ! やんちゃっていうのは別の意味でのやんちゃ! モンスターとの戦闘のことだよ!」


はい?


俺が理解できずに首を傾げていると、ティムちゃんが説明をしてくれる。


「知ってるかな? 最近はモンスターの動きが活発なんだ。ボクは普段、パーティーを組んで行動してるんだよ。それが全員女性なんだよね。で、戦士の女の子がかなり無茶な戦いをしたもんで魔剣を使い潰しちゃったんだ。それでボクの魔剣を一時的に貸してるんだけど、さすがにボクが不便だからね。一時パーティーを離脱して、魔剣を一本買おうと思ってさ、物入りってわけ」


「めちゃくちゃ真っ当な理由じゃないか! そうか、それでエルク草ってわけか」


「当たり前じゃない。ボクってば勇者なんだよ? 人を助けるのが仕事なんだから。口が悪いとはよく言われるんだけど、孤児育ちだからそこら辺はどうしても直らないんだよね~」


うーん、だとするとティムちゃんにエルク草を諦めさせるのは果たして正解なのだろうか? ゲイルのおっさんの奥さんを助けるのも大事だが、勇者パーティーの戦力を充実させるのも同じくらい重要なことに違いない。


俺が考え込む様子を見て、ティムちゃんが慌てた様に言った。


「あ、でも本当に本当に大丈夫だよ? 他にも色々と方法はあるからさ。勇者なんてやってると、色々とツテが出来るんだ!!」


「そうか?」


ウン! と明るく頷くティムちゃんを見て、俺はやっと頷く。


「分かった、ありがとう。実は知り合いの奥さんを助けるために必要なんだ。そう言ってくれると助かるよ」


「そっちも人助けかぁ。えへへ、本当にかっこいいなあ。あ、そうだ、代わりってわけじゃないんだけど、一つだけお願いごとしても良いかな?」


「ん、何だ? 出来る事なら何だって聞くが」


「ボクもコーイチロウ様に付いて行かせて?」


え、どうしていきなり? と、俺が口を開く前に、モルテとシエルハちゃんの悲鳴が狭いテントに響き渡った。


「反対なのじゃ!」


「これ以上ライバルはいらないと思います!」


ライバル? 俺は色々な疑問符を頭に浮かべたまま、どう反応して良いのか分からず、ただただ固まるのであった。

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