第21話 21合目

「悪いわね~。コーイチロー君が希望する様な条件のクエストが、今ちょうど切れちゃってるのよね~」


受付嬢のアリシアさんは少し困った様子で言った。


「残ってるクエストだけど~、王都までの護衛任務とか、薬草の採取依頼、それからゴブリンの討伐くらいなのよ~。けど、今日の夕方までに済んで、なおかつモンスター討伐のクエストじゃないとダメなのよねえ? うーん、それだとゴブリン退治くらいかしら~。でもアーレンを捕まえたコーイチロー君には、ちょっとレベルが低すぎるわよねえ?」


いえいえ、腕試しなんでソレで十分なんですよ。


「大丈夫です。ゴブリン退治をお願いします」


「えっ!? 本当に良いの~? 正直報酬も大したことないわよ? ゴブリン退治はギルドが常に出してるクエストなのよねえ。増えすぎると新しい定住先を求めて大移動を開始して大災害になっちゃうから、こうやって日ごろから討伐するの。でも、だからこそ高い報酬は払えないのよー。ギルドが破産しちゃうもの。一匹で銅貨10枚なのよねえ・・・」


「問題ありませんよ」


お金は十分にあるし、何よりも弱い敵の方が俺の実力を安全に計ることが出来て良いだろう。自分の実力も知らないうちに、強い敵と戦うような無謀なマネを俺はするつもりはない。


「本当~? そりゃ、ギルドとしても助かるんだけどね。特にコーイチロー君にやってもらえるなら実力も折り紙付きだから安心よ?」


「ええ、お安い御用で・・・」


「ちょっと、用件が終わったならサッサとどいて!急いでるんだから!」


「うわっ!」


俺を押しのけるようにして現れたのは、栗色の髪の高い声をした少年だった。


気の強そうな大きな瞳をしていて、唇もツヤツヤとした、まさに美男子といった感じである。自分と同い年くらいだろうか? 背中には使い込まれた剣を担いでいて、幼い容姿ながらもどこかオーラを感じさせる佇まいだ。


・・・俺のような素人からしても、かなりの実力者のように思われた。


「あらぁ、勇者のティムちゃんじゃないのー。いつこっちに来たの~? 東の方が大変だったって聞いたけどー?」


ゆ、勇者だと!?


俺がその言葉に驚いていると、ティムと呼ばれた少年はジロリと俺の方を見てから、アリシアさんに向かって口を開いた。その際にズイと俺のいた場所に割り込んでくる。モルテが「なんじゃコイツは」などと不機嫌そうに言っている。俺も同感である。・・・同感なのだが、近くにいるとこの男、メチャクチャ良い匂いがしてくるのだ。これが美少年というものなのだろうか。なぜか俺の怒りを消し去ってしまう不思議な香りである。


そんなしょうもないことを考えている間にも、勇者はアリシアさんとの会話を進めている。


「はい。少し女性の事でやんちゃしまして、お金を使い込みすぎました。おかげでちゃっちゃと稼がないといけなくなったものですから、楽で儲かるクエストを探しにきたんです」


「あらあら、いつものこととはいえ、懲りないわねえ」


アリシアさんが困った表情でため息を吐いた。


むむ、この勇者、そのイケてる容姿を活かして女遊びばかりしているらしい。それでお金がなくなったのでギルドに来たみたいだ。しかも、これまでも何度か似たようなことがあったらしいな。くっそー、美少年だからってやりたい放題じゃないか! 世の中不公平だな!!


「はあ、まあ性分ですから。それでですね、今回は魔の山の頂上に生えているという“エルク草”の採取にチャレンジしようと思って来たんです。確か、誰もまだ採取出来ていなかったでしょう? 貴族にでも売却すれば相当な値段になるはずですから」


!? 聞き捨てならないことを言ったな。エルク草を狙っているだと? しかも、貴族へ売却!? それは困る! ゲイルのおっさんの奥さんを助けられなくなってしまう!!


「ま、待ってくれ。そのエルク草については、俺が先にクエストを受注しているんだ。今回は遠慮してくれないか?」


すると勇者はやや背の高い俺の方を、上目遣いのような形で睨んだ。


「残念だけどボクにも事情があるんだ。クエストがもう残ってないなら勝手にするだけさ。ボクのツテを使えば買い手は簡単に見つかるからね」


そう言いながら勇者はジロジロと俺の顔を見る。ううむ、こんな美少年に俺みたいな奴が見続けられるのは正直勘弁して欲しいな・・・。何というか、格差を思い知ってしまうじゃないか!


「それに本当に君みたいな奴が魔の山に登るのかい? 言っちゃ悪いけど世間を舐めてるようにしか見えないな。大方、時間の有り余った貴族の次男か三男といったところだろう。君みたいなお上品な顔をした奴に冒険者がつとまるとは思えないよ」


んん? 上品な顔ってどういう意味だ? ああなるほど、ナヨナヨしているってことか。鏡がないから確認してないが、確かに体は細いし貧相な顔してるからなあ。でも、あんまり容姿を攻撃するのはよくないぞ。一言注意してやろう。


「おい、勇者とは言え、人の容姿のことをあまりとやかく言う権利はないだろう。幾らお前が可愛い顔をしてるからって、相手をけなして良い理由にはならないんだからな。俺みたいな奴でも必死に生きてるんだぞ!」


なぜか最後あたりは泣き言になってしまった。格好悪い! しかも、興奮して少し顔を近づけ過ぎたようで・・・。


「え? 容姿をけなすって、一体・・・ボクが知る中でも君ぐらいの奴は・・・。そ、それに可愛いって・・・。あ、そんなことより近い! 近いよ! ちょっと離れて!!」


たちまち顔を真っ赤にして怒鳴る勇者。


ガーン・・・。ううむ、俺くらいブサイクな奴は知らないってか・・・。しかも顔を近づけるなって酷い・・・。まあ、正直者なんだろうが。


俺が露骨に肩を落としていると、モルテが隣で「また勘違いしておるのかのう」と肩をすくめている。何がだ?


そんな風に俺が疑問符を頭に浮かべていると、勇者ティムが踵を返した。


「と、ともかく。エルク草はボクの獲物だ。アレは生半可な覚悟で採取できるものじゃないんだからね。興味本位なら止めておくべきだ。危ない目に会いたくなければね!」


そう言って、俺の顔をチラチラと見ながら足早に立ち去って行く。ううん、そんなに俺の顔を直視するのが嫌なのか・・・。まあいいさ。慣れたことだ。だけど、ただの興味本位と思われているのは癪だな。こっちはゲイルさんの奥さんを救うために覚悟を決めているんだ。うん、それだけはちゃんと言っておこう。


「勇者ティム、俺は半端な気持ちで依頼を受けた訳じゃない。確かに俺みたいな奴が魔の山を落とそうとするのは分不相応と思うかもしれない。それに、実際俺がただ“山をやりたい”だけだと言われれば否定できないしな。けれど、理由がなんであれ、俺はこのクエストを絶対にやりきってみせる! 俺にはエルク草で治してあげたい人がいるんだ! これだけは嘘じゃない!!」


「!?」


勇者は驚いたように目を見開くと、ますます顔を真っ赤にしたあと、プイッ! とそっぽを向く。そして「と、ともかくボクも登る! 負けないんだから!」と言って勢いよく外へ飛び出して行った。


ううむ、どうやらライバルということになるようだ。でも、少しは対等な相手だと認めてくれたように思う。


「なあ、モルテ。勇者に少しは俺の熱意が届いたと思わないか?」


「ああ、そうじゃな・・・。届きすぎるくらい届いておるの、アレは・・・」


モルテはそう言うと「は~~~」とながーいため息をつくのであった。


俺が首をかしげると、後ろにいたアリシアさんもまた長いため息をつくのであった。なんだ?


そんな風に俺が困惑していると、またしても予期せぬ来訪者が現れた。


「コウイチローさんはいらっしゃいますか? ああ、いたいた! えっとですね、思ったよりも早く資料が集まっちゃいました! 少し早いですがランチを取りながら登山計画の検討会と行きませんか? 何よりもお二人きりにさせておくのは、余りに悪手であることに気づきましたので!!」


それは夕方頃に合流するはずだったシエルハちゃんであった。後半は何のことを言っているのか分からないが、ともかく資料がもう集まったということらしい。


なんて仕事の早い・・・。俺は優秀な仲間を持てて幸せだよ。前世とは雲泥の差だな。


が、もともとの目的だったモンスターとの実戦テストは、また今度になりそうだな。まあ良いさ。登山開始までの空き日程で行うこととしよう。


そんなことを考えつつ、俺たち3人はゲイルさんの宿屋へと向かうのであった。

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