第17話 17合目
さて、カウンターには幸いながら誰も並んでいなかったので、すぐに受付のお姉さんの前に到着した。待っていたのは俺たちの冒険者登録を受付けてくれた桃色の髪をしたアリシアさんである。やはりフワフワとした感じの笑顔を浮かべている。助かった、やはり慣れている人に対応してもらうほうが色々とやりやすいからな。あれ? なぜか俺の方を見て手を小さく振ってくれているようだ。愛想が良いお姉さんだなあ。ん? でも他の冒険者にはそんなことしていないような・・・なんで俺にだけに? まあいいか。
アリシアさんは俺たちが到着すると、シエルハちゃんの方を見て驚いたように言った。
「あら~、ザワザワしてるから何かと思ったけど、まさかシエルハちゃんだとは思わなかったわ~。どうしたの? しばらく冒険はしないって言ってなかった?」
「はい、その予定だったんですが、コウイチローさんと運命的に出会いまして気が変わりました! 彼のパーティーメンバーに入れてもらって、私もゲイルさんの依頼を一緒に受けることにします!!」
その言葉にアリシアさんは、まあ~っ、と驚きの声を上げた。・・・間延びしているのでイマイチどれくらい驚いているのか分からないのだが。
「でもお、確かシエルハちゃん、そもそも魔の山の頂(いただき)に行くのは不可能だって言ってなかったかしらー?」
そう言って人差し指を口元に当て、首を傾げる。
「はい、アリシアさんの言うとおりです。
シエルハちゃんはいかにも興奮してます、とばかりに声を上げた。
「コウイチローさんが光明をもたらしてくれました! そう、新しいクライミングギアを発明されたんです! ビビビッと来ました! あのギアさえあれば魔の山を落とすことはきっと可能だと!!」
「まあ~。すごいわあ。山岳ネット協会長のシエルハちゃんが言うなら間違いないわね~」
そう言ってニコニコと笑った。んん? 協会長?
俺は聞きなれない言葉にシエルハちゃんの方を見た。すると彼女は照れたように顔を赤らめる。
「あー、すみません黙っていまして。大層な名前なんで嫌なんですよね。いちおう山岳団体のネットワークがあって、その協会長なんかをやっていまして・・・」
えっと・・・ああ、なるほど! 確かに日本でも登山に関する組織は色々とあるもんな。大学の登山サークルやらワンダーフォーゲル部やらが。多分そういった趣味の登山団体の
「そうか。ま、ともかく頼もしいことは確かだ。宜しく頼むぞ」
「は、はい、お任せください。態度を変えないでいてくれて助かります!」
む? 別に態度を変えるほどの話じゃないと思うが・・・?
「あ、それからですね、さっきモルテさんが言っていた件も頼ってくれて大丈夫ですよ」
さっきの件?
「モンスターの件じゃの?」
あ、そうか。そのこともあったな。
「そうです。これでもB級冒険者の称号を持っていますので、けっこう強いんですよ? 獣化すればゴブリンやオークだって目じゃありませんから。あっ、獣化っていうのは別にさっきみたいに、ちっこくなるわけではなくてですね、反対に私たち獣人本来の力を発揮できる形態に変化することです」
「そうか。いや、色々とシエルハちゃんがいてくれて助かる」
「えへへ、そ、そうですか? コウイチローさんだからですよ? いつもだったら、ここまでしないんですから」
そう言って頬を掻いた。もちろん了解している。彼女の献身はクライミングギアの知識を提供することへの対価なのである。ここまでサービスをしてもらったのなら、しっかりと報いなければならないだろう。
「分かってるよ、俺の持ってるギアの知識はすべて提供しよう。お互いウィン・ウィンの関係と行こうじゃないか」
「あれ? う、うーん、何だろう、全然伝わってないような?」
「あら~、このほんの数時間の間にまた魚を釣り上げたみたいねえ。でもねシエルハちゃん、それじゃあ伝わらないのよ~。私も経験済みなんだから~」
「そうなんじゃよなあ。この朴念仁は・・・。かなりタチが悪いのう。わしもまんまと釣り上げられたしのう」
何のことか分からないが3人の少女たちはそろってため息をついた。そしてなぜかコッチをジト目で見るのであった。なんだなんだ?
俺が首をかしげるとシエルハちゃんがもう一度ため息をついた。そして、ゴホン、と場を取り繕うように咳払いをしてから、一転して真面目な口調で言った。
「ともかく、これで私のパーティー登録は済みましたね。それで次はどうしましょうか、コウイチローさん?」
シエルハちゃんの問いかけに俺は答える。
「うん。ゲイルさんの奥さんを一刻も早く助けるために、出来るだけ早く準備を整えたい。とは言っても、まずはクライミングギアを開発しなくちゃな。どれくらい時間が掛かるもんだろうか?」
「はい、すぐにとは行かないでしょう。ですが、詳しいことはクワンガお爺さんに聞かないと分かりませんね」
「クワンガお爺さん、とは何者じゃ?」
モルテが頭上にハテナマークを浮かべる。
「凄腕のドワーフです。鍛冶一筋の大ベテランですね。作れない道具はない、とまで言われています。この方に協力を依頼しようかと思っています」
「うーん、そんなすごい人に、いきなり依頼しにいっても大丈夫なのか?」
そういう人は大概、ポンと依頼を受けてはくれないもんじゃなかろうか?
「まあ、普通なら無理ですねー。けれど、そこはコウイチローさんの仲間、いえ新パートナーたる私の出番です! この私・・・と言えば言い過ぎですが、キツネ種族と彼とは協力関係にありまして、優先的に対応してくれると思います。つまり私を囲っているコウイチローさんは自由にアイテム開発ができる立場にあるというわけです。どうですか、お買い得ですよ?」
シエルハちゃんは微笑みながら言った。
いや、確かにすごいんだが、囲ってるって人聞きが悪いな・・・。あと、お買い得ってどういう意味だよ。見ろ、周りの冒険者たちがヒソヒソと何か言っているじゃないか。
「ロ・・・ンは死んだら・・・のに」
「イケ・・・は・・・だら良いのに」
ううん、何て言っているのかイマイチ聞こえないな。
「ま、そもそもですが、あんなに面白い物をドワーフであるところのクワンガお爺さんが見逃すはずありませんけどね。むしろ作らせて欲しいと頼み込んでくるんじゃないですか?」
本当だろうか。そううまく行くかなあ。前世で不運ヒエラルキーで全国一位にいたであろう俺にしてみれば、物事がすんなり行くことがイメージできない・・・。
まあ、疑っても仕方ないか。天使のようなシエルハちゃんがそういうのだ。運を天に任せてみるとしよう。
それにしてもこの世界、獣人の存在にも驚いたが、ちゃんとドワーフもいるんだな。今更ながら、つくずく異世界なんだなあ。
「よし、そういうことなら、そのクワンガさんに依頼しに行くことから始めるとしようか。それから、開発期間中の時間を利用して、魔の山の情報収集と登山計画書の作成、それからクライミングギア以外の道具を集めるとしよう。みんな、どうかな?」
俺の提案にモルテ、シエルハちゃんは「賛成!」と同意してくれるのであった。
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