第15話 15合目

な、なんだと・・・? 氷壁登りアイスクライミングに必須の道具を知らない・・・だと?


思わず驚いていると、モルテがこそこそと耳打ちしてきた。


「よう考えたらカラビナやら何やらの近代的な登山道具クライミングギアが出来たのはお主のいた世界でも最近じゃったな? この世界の文明レベルでは、まだ開発されていない道具ギアもあるのではないか?」


そういうことか!!


だけど、ならばどうしようか? 慣れたクライミングギアがなければ安全な登山など夢もまた夢だというのに・・・。


とりあえず俺は一通りそれら道具の用途や形状を伝える。とはいえ・・・、


「さすがにない道具を用意しろとは言えないなあ」


俺はボソリと呟いた。


だが、シエルハちゃんは俺の言葉に突然、反応すると、ガバっ、と顔を近づけてきた。そしてギュッ、と俺の手を握り、


「いいえ!!」


と大きな声を上げて首を振ったのである。


い、いきなりどうしたんだ!?


ちなみに隣にいるモルテはなぜか憤慨した表情で「こ、この小娘~」などと言っている。だが今はそれどころではない。まずは、顔を目の前まで近づけて大きな瞳をキラキラとさせている少女の方を何とかしなくては。


「お、落ち着けシエルハちゃん」


「いいえコウイチローさん! これが落ち着いていられますでしょうか! 山で生きる私たちキツネ族すら知らないクライミングギア! これは山に革命が起こりますよ! それがどういうことか分かりますか? つまりですね、今まで行けなかった場所に、この道具があれば行けるかもしれないってことですよ! すなわち、未踏地域の攻略可能性が出てきたってことじゃないですか! そこにはまだ私たちの知らないアイテムやモンスターがいるに違いありません。冒険者たちの活動の領域も広がり、世界平和にもつながりますよ!」


さっきまでの大人しい様子が嘘のようにシエルハちゃんがまくしたてる。俺はポカンとして彼女の豹変ぶりを眺める。


「ううん、あんまり伝わっていないようですね! まあ、つまりですねコウイチローさん、これはあなたが考えている以上にとても重大な話なのですよ! ですから、ね、コウイチローさん。どうかこの不肖シエルハに、これら登山道具クライミングギアについて、もっと詳しく教えてください! ええ、是非とも!」


まずい、この子は山のことになると我を忘れるタイプか! 少女は興奮して更に俺の方へと迫ろうとする。と、流石に見かねたのかモルテが割って入った。


「落ち着かんか! それ以上わしのコーイチローに近づくでないわ!」


「へぶ!」


モルテのチョップがシエルハちゃんの顔面に決まった。


「はっ、私ったら何を・・・」


やれやれ・・・。どうやら落ち着いたらしいシエルハちゃんの様子に俺はホッと胸を撫で下ろす。


「す、すみません。キツネ族の習性が出てしまいました。どうにも山への渇望が抑えきれなくて」


どんな種族だよ。


「あ、でもですね、これはコウイチローさんにとっても悪くない話ではないかと思うんです」


「ふむ、どういうことじゃ?」


モルテが代わりに聞いてくれる。確かに、どういうことだ?


「コウイチローさんがおっしゃられたクライミングギアは、はっきり言って画期的すぎます! 多分、どのお店にも置いていないと思いますよ? このままではコウイチローさんは、魔の山を落とすことはできない。違いますか?」


彼女の言葉に俺は素直に頷く。その通りだ、流石に道具なしに雪山を攻略できるとは思えない。


「でしょう。そこで不肖、この私シエルハの出番というわけです。いちおう私ってば、キツネ族ではそれなりに偉いんです。一族総出で、コウイチローさんの発明されたクライミングギアの開発を支援いたします。資金はもちろん、こちらで持たせてもらいますし、開発にはキツネ族と仲の良い、凄腕のドワーフにお願いするように手配させてもらいます」


別に俺が発明した訳ではないのだが、まあ、勘違いして貰っておいた方が都合が良いか。それよりも・・・、


「何だか至れり尽せりだな? 代わりに俺は何をしたらいいんだ?」


おいしい話には落とし穴があるものだ。もしかしたら、とんでもない責任を背負わされるかもしれない。前世の苦い経験を踏まえて俺は慎重に確認する。もちろん、不利な条件ならば断るか、譲歩を引き出すよう交渉しなくてはならない。しかし・・・。


「何もしてもらう必要はありません!」


「は?」


「どういうことじゃ?」


何もしなくても良いなんて、世の中にそんなうまい話があるだろうか? 辛酸しか舐めてこなかった俺としては逆に警戒心が深まるのだが・・・。


「あ、ごめんなさい。不審がるのも当然ですね。何もしなくて良い、というのは語弊がありました。こちらとしましてはコウイチローさんに、クライミングギア開発の監修役になってもらいたいんです。つまり、時々アドバイスを頂きたいと思ってるのと、それから、ここからが大事な点なのです!」


シエルハちゃんは上目遣いになって伺うような視線を俺に向ける。ふむ、大事な話の途中ではあるが・・・この子って金髪と可愛い容姿が相まって本物の天使みたいな子だな。


いや、いかんいかん。ちゃんと彼女の話を聞かなくては。


「今回開発するギアの商品開発権と販売権を私に独占させて欲しいんです。また、私が認めた者はそれを販売できるものとします。つまり、それはキツネ族となるわけですが。これを・・・できれば5年! いえ、難しければ3年でも結構です。それで元は取れると思いますし、私たちのお店の評判も高くなるでしょう!」


なるほど、それが開発費や各種手配をするための対価というわけか。しかし、それだけだと少し釣り合ってないような気がするな。俺は冷静に自分と相手の利益を天秤にかける。だが、まだ終わりではなかったらしくシエルハちゃんが言葉を続けた。


「あ、もちろんコウイチロウさんには手数料を払い戻しさせていただきます。そうですねえ・・・、独占販売権のある期間、商品売却額に対して15%でいかがでしょうか? けっこう頑張った数字なんですが?」


なるほどうまいな。商品が売れるほど俺の利益になるから独占販売期間を長く取らせるインセンティブになるし、15%というのも結構良い数字なのはわかる。ふむ、これは受けても良い話だろう。何よりも商品が開発されなければ、俺は山に登ることができないのだ。


「それから、独占開発の権利ですね。これは金貨1000枚でいかがでしょうか? これは正直、あまり高い金額設定ではありませんが、フィーの方を考慮頂けると助かります」


えっ、金貨1000枚!? いや、まあ当然なのか。どうも貧乏性というか、前世では小遣いをもらえてなかったからな・・・。だから登山道具なんかもコツコツ親戚から貰うお年玉なんかを貯めて工面したんだよなあ。アレは長くつらい戦いだった・・・。


俺が辛い記憶を思い出して溜め息を吐くと、焦ったようにシエルハちゃんが口を開いた。


「さ、さすがに低かったですよね! 分かりました、1500を出しましょう! 私たち山の民、キツネ族の面目躍如となる歴史的場面なのですから、お金に糸目は付けません!」


って、何やら勘違いしてシエルハちゃんが急に報酬を吊り上げ始めた。おいおい、何だか訳の分からないことになり始めたぞ。頷いてあげないと更に勝手に盛り上がって行きそうだ。俺は何も相手の足元をみたいわけじゃないからな。


「いや、それで良い。十分だ」


「そ、そうですか!? ありがとうございます!」


シエルハちゃんはホッとした様子で頭を下げた。モルテがこっそりと俺の方を見て目を細めた。多分、このお人好しめ、とでも言っているのだろう。良いんだよ、世の中ほどほどで。


商談がまとまったおかげか、シエルハちゃんは少し落ち着いた様子でまた話しを始めた。


「このギアについてはコウイチロー・ブランドということで売り出しましょう。品質の保証や評判を獲得するためにも名前は重要ですからね。この命名権はさっきのお金に入っているということにしてもらえますか?」


おお、ちゃっかりしてるなあ。さすが商売人といったところだろうか。ま、先ほど結果として譲歩をひきだしている訳だから、こっちも譲るべき場面だろう。俺の名前を使われるのは恥ずかしいのだが、減るもんじゃないからな。


俺が了承するとシエルハちゃんは嬉しそうに微笑む。


さて、話し合うこととしてはこれくらいだろうか? 俺がそう思った時、シエルハちゃんが最後の最後に爆弾発言をかましてくれたのであった。


「あ、ちなみに商品が完成してコウイチロウさんが山に登られる時は、テストも兼ねて私も同伴しますからね? どうか末永くお願い致します!!」


そう言ってニッコリと笑う天使を前に、俺とモルテは思わず固まるのであった。

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