第8話 8合目

驚く俺に対してゲイルさんは、本気で感謝している様子でテーブルへ案内してくれる。


「まあ座れ。そして、これでも飲みながら聞いてくれ。もちろん無料だからよ」


などと言って俺たちの前にグラスを2つ置いた。口をつけると、りんごのような酸味の聞いた甘い味がした。だが、うん、かなりうまい。


「あっ、おやっさん。もしかして、それってドラゴン山の3合目にしか生えてないっていうアプレの実から作ったジュースじゃないですか? すげー高級品ですよ!!」


「分かってらあ! だが恩人に振る舞うには惜しかねえや!!」


どうやら凄く高い物らしい。こっちに来てから何も口にしてなかったから余計に旨く感じる。


「うまいのじゃ! もっとなのじゃ!!」


「おいおい、モルテ。聞いてたか? 高級品らしいぞ?」


「わっはっはっは、嬢ちゃん良い飲みっぷりだな。おら、どんどんいけ!!」


そう言って奥からお代わりを持ってきてくれる。


まあゲイルさんが良いって言うならいいかのか・・・?


それにしても感謝されるっていうのも何だかむず痒いもんだなあ。あ、そうか、前世では何をしたって罵倒はされたけど、まともに感謝されたことなかったからなあ。こういうのに俺って慣れてないんだな。


「えーっと、それでゲイルさん。アーレンが盗賊になった原因、教えてくれるんでしょう?」


俺の言葉にゲイルさんは「おっと、そうだった」と言って説明を始める。少し長い話だったが、要約することこうだ。


ゲイルさんには奥さんがいるのだが、3年ほど前から重い病気を患っていて、寝たきりになっているらしい。


そこで、万病に効くという“エルク草”の採取を、冒険者ギルドを通じて依頼したそうだ。


エルク草自体は、実在するかどうか分からない伝説の薬草だそうで、魔の山の頂上に生えていると言われている。かつて1000年前の勇者が魔王の呪いで病気になった仲間を救うために魔の山で採取し、見事治癒することに成功した、というエピソードが残っているだけらしい。


もはや単なるおとぎ話の様であるが、この世界には勇者や魔王が現在進行形で存在するらしいから、案外虚構だとは言えない。


なお、エルク草は黄金色をした草を付けているらしい。それだけ派手なら、きっと一見すれば分かるだろう。


だが、エルク草はこれまでずっと伝説の存在であった。


なぜなら、魔の山に登頂した者がいないからだ。魔の山は年中氷雪に覆われた過酷な環境であり、凶悪なモンスターも住んでいるため、どうしても踏破が出来ないのである。


そんなわけでゲイルさんの依頼について、引き受け手はなかなか現れなかったのだが、高額の報奨を設定したところ、ある冒険者グループが依頼を受けてくれた。それがアーレンをリーダーとする「白銀の疾風」だったというわけだ。


だが、彼らはリーダーを残してあえなく全滅する。そして唯一生き残ったアーレンも、そのまま身を持ち崩し盗賊になってしまったというわけだ。


「もともと俺があんな無茶な依頼をしなければ、やつは盗賊にはならなかったろう。無論、盗賊になったのはアイツ自身の責任だ。俺には責任の無いことだろう。だがな、奴に命や金品を奪われた者たちには申し訳がねえ」


そう言って悔しそうに歯を食いしばる。


なるほど。そして今回俺は偶然にもそのアーレンを捕まえたってわけか。そりゃ喜びもするだろう。


それに俺だって嬉しい。前世では全体的にスペックが低すぎて、人に何かを与える様な事は出来なかったし、もちろん誰かに感謝された事もなかったからだ。罵倒は親兄弟、クラスメイト含め、よくされたが・・・。


だから、こうやって人に喜んでもらえるってのは純粋に嬉しいもんだ。いや、良かった、良かった。めでたし、めでたしだ。さあ、美味いもんでも食って、ひと風呂浴びて寝ようか!


「ふむ、じゃが、問題そのものは解決しとらんのではないか?」


ピシっ、と空気が凍った。それを言ったのは4杯目のジュースを飲みながらモルテである。


おい幼女、空気読めよ。せっかく良い雰囲気だったのに一気に空気が重くなったじゃないか。あっ、ゲイルさんの目がすさんでいる、3人組のおっさんは笑顔のまま固まっている。


だが、ゲイルさんは、フッ、と皮肉げに口を歪めただけで冷静な口調で話し始めた。


「ああ、嬢ちゃんの言うとおりだ。アーレンが捕まっても俺の女房の病気が治るわけでもねえ。ええっと、それでだな・・・」


そう言ってゲイルさんは迷う素振りを見せながらも、真剣な表情で俺にグッと顔を近づけてきた。


いや、怖い怖い!


何か真面目なことを言うつもりなんだろうけど、近いですって!


「コーイチローに頼みがある。この通りだ!」


ゲイルさんはいきなり頭を下げた。このおっさん、さっきも頭を下げてな。見た目に似合わず、案外腰の低い人なんだなあ。


俺がそんな風に思っていると、


「おい、あのゲイルさんが、また頭を下げてるぜ?」


「あ、ああ。さっきもだったよな。こんなの初めてだぜ」


「あのコーイチローって奴、すごいな」


という3人組のヒソヒソ話が聞こえてきた。


あれ? いつもはこんなに腰の低い人ではないのか。やけに俺に対しては腰が低いようだが何でなんだ?


まあ、そんなことはともかく、ゲイルさんは俺に一体何を頼むつもりなんだろう? まだ異世界に来て日の浅い俺に出来ることなど、あまりないと思うのだが・・・?


「頭を上げてくださいよ、ゲイルさん。その頼みってのを聞かせてもらわないと」


「あ、ああ、そうだな。頼みってのは他でもねえ。この宿を1週間ほど預かっていてくれねえか、ってことさ」


「はい?」


俺は思わず聞き返す。どうして宿を?


「えっと、まだ出会ったばかりの俺みたいな若造に宿を任せるんですか?」


「ああ、そうだ。お前さんなら信用できる。どうやら腕も立つみてーだしな」


うーん、どうやらアーレンを捕まえたことで過分な評価をもらっているようだ。まあ、寝床を確保できるっていうメリットはあるけれど・・・。


「いや、それにしたって、その間ゲイルさんは何をするつもりなんですか?」


そう、そこが分からない。信頼してもらうのは良いが、そもそもゲイルさんは何をするつもりなんだ?


「おいおいコーイチロー、本当に分からんのか。わしがさっき言ったとおりではないか?」


モルテが口を開く。んん? さっき何か言ったてたか?


俺は本気で首をひねるが、ゲイルさんは我が意を得たりといった風にニヤリと笑う。


先ほどまでとは違う獰猛な笑みである。


ああ、そういうことか。俺はその表情を見て直感的に理解する。


「なるほど。それが本当のゲイルさんの顔ってわけですか。冒険者としての顔、とでも言ったところですね?」


俺の言葉にゲイルさんは驚いた表情をする。


「さすがだな。その通りだ。俺はもう一度冒険者稼業に戻る」


やっぱりか。そして、その目的はただ一つだろう。


「奥さんのために魔の山へ、エルク草を取りに行くつもりですね。今度は自分の力で」


俺の言葉にゲイルさんは深く頷いた。


「何でもお見通しか。そうだ。結婚を境に俺は冒険者をやめていたんだ。だから、エルク草の件についても依頼を出すなんて言うまどろっこしい手段をとった。だが、それが間違いだったんだ。最初から俺が行けば良かった。元B級冒険者のプライドにかけて、魔の山の登頂に成功してやる!」


気力に満ちた顔をするゲイルさん。すごい、体から迸る力を感じる。これがB級冒険者ってやつか。


うーん、でも本当にそれで良いのかな? 魔の山はすごく危険な場所だと聞いた。アーレンだって盗賊になる前は凄腕の冒険者だったのだ。そんな彼があえなく登頂に失敗した山に行くのは、場合によってはゲイルさんが命を落とすかもしれないというリスキーな行為ではないだろうか。それに、もし登頂に失敗して死んでしまったような場合、残された奥さんは誰が面倒を見るのだ?


・・・それに、俺にはどうしてもこの異世界の某分野について、ともかくレベルが低いのではないかという疑念を持っているのだ。それを確かめてからで無ければ、ゲイルさんの登山に賛成する訳には行かない!


「ゲイルさんの意気込みは分かりました。ですが、いくつか質問をさせて下さい。その答え次第でお願いを聞くかどうか決めたいと思います」


「ん? ああ、いいぜ!」


頷くゲイルさんに、俺は質問を開始する。


「まず一つ目です」


「ああ、何でも聞いてくれ」


俺はゆっくりと口を開いた。


「今の時期の山の天気について把握していますか?」

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