第3話 3合目

「なるほど、じゃあモルテは本当の神様ってわけだ」


「当然じゃろう。コーイチローはわしを何じゃと思ってたのじゃ?」


「いや、ただの美少女かと・・・」


「ほ、ほう・・・」


俺の言葉に銀髪幼女ことモルテは、やはり麦わら帽子を深くかぶって「プイッ」とそっぽを向いてしまった。


しまった! またしても気持ち悪がられてしまったか・・・。


だが、その割にはつないだ手を彼女は離そうとはしなかった。むしろムギューッと先ほどよりも強く握られる。


まあ、全然痛くなくて、むしろ柔らかくて気持ち良いくらいなのであるが。


さて、俺とモルテは草原をひたすら歩いているところだ。とりあえずは街を目指して、いや村でもいい。ともかく人がいるところを目指そうということになった。


その間に俺たちは色々な情報を交換していた。


まず、モルテが俺を転生させた正真正銘の女神様であることが、彼女の口から語られた。価値のある魂を見つけたので転生させた、とのこと。


ん? 価値ある魂って俺のことか? と当然ながら疑いの言葉をぶつける。ていうか本当に何で俺なんだ? 自分で言うのも何だが、俺なんて全然転生させる値打ちはないぞ? クラスカーストはぶっちぎりの最底辺だったし、きっと人類全体でもかなり下の方ですよ。自信があります。


だが、女神様モルテに言わせると魂の価値は、別にそうした社会的な地位や人間関係、持っている資産などとは全然関係がないらくしく、ただ単純に、魂の純粋さによるらしい。


うーん、待て待て。ならばやはり俺の魂はないんじゃないか? かなり汚らしいですよ。触らないほうが良いものですよ?


という疑問を再度口にするが、モルテいわく、「コーイチローの魂はメッチャ美しい」のだそうだ。


何でも死ぬ間際の精神状態こそが、人間の本性が一番濃く出るらしいのだが、その際の純度が非常に高かったらしい。


ふうむ、確かに誰かに背中を押され、トラックにひかれたりしたが、誰も恨もうとは思わなかったし、別に俺をハブにしてた周囲の人間に対しても思うところはなかった。


でもなあ、それは俺みたいなゴミ人間が、酷い扱いになるのはある意味当然と自分でも認めていたからで、言ってみれば単なる諦観なんだけどなあ。いいのかよ神様、そんな判断基準で。


まぁともかく、一定の魂の純度を観測し、女神であるところのモルテはやって来られた、とのこと。そして規則ルールとして、転生する人間の希望を可能な範囲で・・・・・・聞いた上で転生させた、とのことだった。


「お主と来たら、会ったばかりのわしに異世界に一緒に来い、などと強引に迫るんじゃからのう・・・まったくもう、良い迷惑じゃよ! まあ、女神としては叶えられる希望は叶えてやらんといかんからのう!!」


なぜか口元をしっかりと手で隠しながらモルテは言った。


なるほど、確かに前世で意識が完全に途絶える間際に、それらしきことを言ったはずだ。うっかりと欲望を口にしてしまったばっかりに大変なことをしてしまった。


俺は素直に謝る。だが逆に「何で謝るんじゃ、ばか!」と手のひらをつねられてしまう。なぜか怒られてしまった。解せぬ・・・。


さて、そういうことで異世界に転移してきた訳だ。ちなみに転生先はランダムらしく、ここがどういった場所かは女神であるモルテであっても分からないとのこと。また、地上では神の力は著しく制限されていて、本来の力の1%も使えないらしい。それでも結構強い魔法なんかは使えるとのこと。まさにファンタジーだな。今度見せてもらうことにしよう。あと、世界ごとに色々な法則があるらしく、この世界の法則の一つに、空を飛ぶ魔法を人間は使えない、というルールがあるとのことだ。ふーん、まあ覚えておこう。ああ、ちなみに元いた世界の法則というのは、魔法が使用できない、というものらしい。へえ~。


と、そこまで確認してから「うん?」と首を傾げる。


「どうしたのじゃ、コーイチロー?」


「いや、俺って今、何歳なのかな、と思って。死んだ時と同じ年齢なら、16歳のはずなんだけど」


高校1年生だったからな。


「そうじゃな、同じ年齢のはずじゃぞ? そのあたりは特にリクエストもなかったから調整しておらんからかの。ふむ、違和感があるのか? ちょっと待て、水鏡を作るゆえ確かめるが良い」


「作る?」


俺が疑問符を浮かべている間にも、モルテは「水よ、我が意志に従え」と呪文なのか命令なのかを口にする。


すると信じられないことに、彼女の前に水の塊が現れ、それが鏡の様に薄く縦に広がって行く。


すぐに空間に浮かぶ水鏡が出来上がると、その水面には不鮮明ながらも、一人の男が映っていた。


そう、見た事もない青年が・・・。


「って、誰だよコレ!!」


俺は思わず水面に向かって突っ込む。すると水鏡に映る男も俺と同じ動作を返して来た。


「俺かよ! いや、分かってたけどな! おい、モルテ、これはどういう・・・」


俺は驚きの余り乱暴に幼女の手を引く。すると、モルテのかぶっていた麦わら帽子がハラリと落ちた。


「いたッ!」


「あっ、すまない! 大丈夫だったか?」


慌てていたとはいえ、俺はいたいけな幼女に何てことを。すぐに謝るが、モルテはなぜか目を潤ませてこちらを見上げていた。


「や、やっぱり強引じゃのう、コーイチローは・・・。で、どうしたのじゃ?」


目を潤ませているのは痛かったからとして、モルテはなんで頬を真っ赤に染めているんだろうか・・・。あっ、そうか、きっと彼女の真っ白な肌には日差しが強すぎるんだ。麦わら帽子を深くかぶるのはそのためか。


少し冷静になった俺は、落ちた麦わら帽子を拾って彼女の頭にかぶせてから問い掛けた。


「水鏡に映った俺の容姿だがな、前世の頃に比べて随分変化しているみたいなんだ。鮮明じゃないからハッキリと何がどうとは言えないんだが・・・。なんか全体的にな。モルテが何かやったのか?」


彼女は「んお?」と頬に指を付けて思案顔をした後、「おお!」と手を打った。


「わしと言うべきなのかのう? どちらかといえば、転生システムが勝手にやったというべきじゃな。思い出してみよ、コーイチローが転生する際に、わしに願ったじゃろうが? もう少しばかり精神性を反映するべきじゃと。それが叶えられた結果じゃよ」


「あー、なるほど」


俺は思い出して納得する。だが、容姿が大きく変わるというのは、なかなかインパクトがあることなんだな。まだ気持ちが追いついてこない。


「もしや、気に入らなかったかの・・・?」


モルテが精いっぱい背伸びをして俺の顔を覗き込む。ルビーのような美しい瞳が不安をたたえて揺れていた。


俺はそんな不安そうな顔をするモルテの頭を帽子越しに撫でてやる。


「いや・・・そんなことは・・・ないな」


麦わら帽子のちくちくとした感触を手のひらに感じながら、俺は徐々に動揺から立ち直る。


はあ、そうだよな。冷静になってみれば、感謝こそすれ文句を言う筋合いのものでは全くない。


容姿が人生へ与える影響は少なくない。そのことは不細工代表だった俺が一番よく知っている。不鮮明な鏡でよく分からないが、どうやらマシな顔になっていることは分かる。正直、ありがたい贈り物だ。もちろん、容姿だけで人生が決まる訳じゃないだろう。努力で覆る逆境もあるだろう。だが、そうであったとしても人に与える印象は容姿によるところが大きいのだ。自分にはよく分かっている。だからこそ、俺はモルテに深く感謝した。


感謝しすぎて、無意識の内に彼女を抱きしめてしまったくらいだ。


「のわああああああああ!!」


と、それはさすがにやりすぎだったらしく、幼女の精いっぱいの腕力でもがかれてしまった。


そして、俺が腕をゆるめると警戒するように距離を取り、「がるるるるるる」と唸ってこちらを八重歯を見せて威嚇するのであった。


ううむ、かなり気持ち悪がられてしまったようだ・・・。容姿がいくら良くなったとしても、多分、多少マシになったくらいだろうから当然だ。


俺が謝っても顔を肌を真っ赤にして凄まじく怒っている。


なかなか近づいて来ないので諦めてもう一度、水鏡を見た。


水に映った姿はユラユラとしておりぼやけていて、やはりはっきりと自分がどんな顔をしているのか確認することは出来ない。まあ10人並・・・は贅沢すぎか。精神性を反映しているってことだったから、まあ、100人並くらいにはなっているかな?


はっきり言ってそれで十分である。何も美男子になりたかったわけではない。普通の容姿が欲しかったのだから。


「は~、ありがたい。これで寝癖のまま出歩いても、誰にも文句言われないなあ」


それだけでも気が楽になるというものだ。自分の容姿をいちいち気にしながら生活するのは結構疲れるのである。


「ん?」


と、その時、俺は偶然にも水鏡にキラリと光るものが映り込むのを見つけた。


それは俺たちの後方にある岩場の陰から発せられているようだ。


そして、水面に目を凝らせば、そこには見知らぬ男が一人、こっそりとこちらの様子を窺っているのが見て取れた。


男の手にはナイフが握られ、その刃が太陽の光を反射していたのだ。


さすが異世界だ! 治安の良い日本とは全然違うってことを失念していた!


後悔しても後の祭りだ。出来れば第一村人を発見したかった俺たちであるが、あえなく第一盗賊に出会ってしまったというわけだ。


転生していきなりの大ピンチ!!

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