第42話 これだから女は信用ならない。

 

「おめでとう、アルフォンド! これにてお前は、俺の奴隷に生まれ変わった!」


 ルスランは大げさに拍手をすると、俺の手から契約書を奪い取ると、商会の女にそれを渡した。


 商会の女が頷くと、ルスランは笑って「よし、それじゃあ俺が飲ませてやるとするか」と、かがんでマントを少しめくり、回復薬を滑り込ませた。  


「ま、待てよ! 俺が飲ませる!」


「あぁ? なんだ、すり替えでも疑ってんのか? 奴隷に分際でご主人様を疑うとは、鞭打ちされて当然だぜ?」


「俺に回復薬をよこすっていう約束だったはずだ!」


 これで回復薬すら手に入らなかったら、ただただ奴隷になっただけ。それじゃああまりに酷すぎる。


「チッ、まぁいい。ほらよ」


 そう言って、ルスランは回復薬を俺の方に放り投げる。そして、マントをめくって、プレセアの口元だけをあらわにした。


 こいつがそんな気を使うことに違和感......いや、今は、そんなことどうでもいい。


 俺は震える手で、回復薬の瓶の蓋をあけようとする。しかし、なかなか開かない。


「......くそっ」


 焦ってさらに力を入れると、キュポンと音を立ててコルクが取れた、と思ったら、つるん、と俺の手元から回復薬が落ちた。


「あっ!?!?」


 ボヨン、と、回復薬がプレセアの胸に着陸して、そのまま沈み込んでいくのがゆっくりと見える。

 その回復薬が、反動でプレセアの胸から飛び立つ前に、俺はプレセアの胸ごと鷲掴みにして、回復薬を確保した。


「ぁんっ」


 回復薬の中身を見る。ちょっと、こぼれたけど、でも、ほとんど無事だ。仰向けでも存在感抜群のおっぱいのおかげだ。ああ、助かった......ん?


 喘ぎ声の方を見て、俺は悲鳴をあげた。


「あんた、ほんと救い用のない変態ね!! 死にかけの女のおっぱい揉む!?」


 マントをたくし上げこちらを見るプレセアが、焦げた顔でふしゃーっとこちらを威嚇していたのだ。


「うわあ!?!!?!?!?!!?」


 恐怖のあまり飛びのいて、回復薬が地面に転がる。


 ......え、な、えっ。


 一体何が起こってるかわからなくって、地面に染み込んでいく回復薬と、プレセアを交互に見比べることしかできなかった。


 プレセアは俺を威嚇するだけすると、すぐに上機嫌な様子で笑った。


「ま、今はいいわ! ねぇねぇルスラン様! 褒めて褒めて!」


 プレセアはマントをぽいっと投げ捨てると、起き上がってルスランにひしと抱きついた。


「ねっ、ねっ、言ったでしょ! こいつ完全に私に惚れてるって! こいつが奴隷になったの、私のおかげ? ねっ、そうでしょ!」


 焦げた頬を、スリスリとルスランに擦り付けるプレセア。そんなプレセアを、ルスランは信じられないと目を剥いた。


「テメェ......言っただろ! お前は被害者側に立てってよぉ!」


「えぇ? だってあいつ、もうルスラン様の奴隷なんでしょ! だったら別にいいじゃん!」


「この馬鹿女! 今後のことがあるだろうが!」


「あっ......そ、そっか。ご、ごめんなさぁい」


「......はぁ。マジで、色々考えるわ」


「や、やだぁ......ルスラン様、見捨てないでぇ」


 二人の会話を聞いて、じんわりと、プレセアも一緒になって、俺を騙していたことを理解していく。しかし、今はそんなことどうでもいい。


「お前、馬鹿か!! その傷跡、一生残るぞ!!......え?」


 プレセアの顔を、マジマジと見る。


 先ほどまでは、顔全体が焼き爛れ、目や歯茎がむき出しになっていたはずだ。


 しかし、今のプレセアは、パチリパチリと瞬きできるだけの瞼があり、綺麗に半円を描く唇も、なんならツヤツヤしているくらいだった。


「......ひっ」


 まだ、爛れて血管が見えている部分もあるが、よくみれば、その血管、まるでイモムシかのようにうねうねと伸びて、他の血管と絡まっている。

 そしてその上を、白くきめの細かい皮膚がこれまた這うように、ゆっくりと覆いかぶさっていくのだ。


 ......なんだ、これ。幻術か? 回復薬にここまでの効果はないし、ひとまず、回復薬は無駄にしちまったんだぞ。


 もしこいつ自身が回復魔法使いだったとしたら、神級の回復魔法の使い手ということになる。獣人のこいつが? 


 ありえない。ひとまず、呪文を唱えていないんだぞ? 無詠唱? そんなの絵空事。ファンタジーだ。


 混乱しているうちに、すっかり元どおりの綺麗な顔になったプレセアは、そして、ニヤッと燃やし尽くしたくなるくらいムカつくドヤ顔でこちらを見た。


「ふふ、残念でしたぁ! 私、スキルのおかげで回復力めっちゃ高いから、ちょっと気合入れたら、こんな怪我秒で治るのよね!」


「......っ」


 ......そういう、こと、に決まってる。俺は馬鹿か。


 スキル。女神ソニアから与えられた祝福。

 魔法や回復薬ですらどうしようもないことでも、スキルなら実現可能だ。

 俺はそれを、身を以て知っていたじゃないか。


「ふふ、呆然って感じね! まあ完全に私のこと好きになっちゃってたもんね! ほんっと馬鹿! 今までのは全部演技ぃ! 私があんたみたいなスライムで出しちゃうような男、好きになるわけないじゃん! ていうかよく勘違いできたもんね! マジキモい! 死んで!」


「......はははっ」


 ......ともかく、ざまぁの条件は揃いすぎるくらいに揃った。そう思わないと、やっていられない。

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