第45話 ざまぁの気配。


 俺にそう聞かれたプレセアは、ブンブン頷く。

 何を隠そう、ナンシーがとんでもないビッチだってことは、プレセアから聞いた話なのだ。


 どうやら、プレセアとナンシーは、お互いのことを嫌いあっているらしい。計画通りか知らないが、自分の顔を平然と焼いた女を憎むのは当然といえば当然だ。


「その上、なんだ、イケメンの男としかヤんないらしいじゃないか!」


「そうそう! ナンシーって、本当はめっちゃ面食いだし! 顔の良さが人間の価値ってタイプの女だから!」


「それじゃあ、お前たちオタクなんて本当は眼中にもないんだろうな!!」


 俺はオタクたちに向けて怒鳴ると、今回は効いたようだ。お互いの顔を見合わせ、ぐぬぬと唸る。


「そうだよぉ、私、かっこいい人が好きなの」


 すると、甘ったるい声でナンシーがこう言った。こいつ、認めやがったと喜んだのもつかの間、ナンシーは三人衆の腕を順に取っていき、ぎゅうっと抱きついた。


「だから、オタクくんたちのこと、だーい好きっ」


 チェック三人衆はピンと背筋を伸ばし、でゅふでゅふと気持ちの悪く笑うのだった。


 こんなあからさまなお世辞も見抜けないとは、どうやら完全にナンシーを心酔してるみたいだ。

 もしくはチェック柄の鎧をかっこいいと思ってしまっているように、元から美的センスが狂っているのか。


 すると、ナンシーが俺を見下し、くすっと笑った。


「そう言うプレセアちゃんは、スライムくんみたいな異常性癖の男の子が好きなんだぁ。変わってるね?」


「はぁ!? そんなわけないでしょ!! こんなの、他に奴隷ができるまでの繋ぎでしかないの!!」


「へえ、そーなんだー......そういえば、プレセアちゃんの奴隷候補の子たち、全員逃げちゃうよね? なんでだろぉ?」


「......うぐっ」


 今度はプレセアがぐぬぬ顔を晒す。確かに俺以外の奴隷は見られない......つまり、俺にも逃げるチャンスがあるってことだ。


「オタクくんたちは、私から離れたいって思ったことあるぅ?」


 オタクたちは、ブンブン首を横にふる。加齢臭が飛び散る中、ナンシーはにっこりと笑って見せる。


「私はプレセアちゃんみたいに可愛くないしぃ、プレセアちゃんの言う通りおっぱいも小さいのに、なんでプレセアちゃんの奴隷くんたちは、逃げちゃうんだろう? 不思議ぃ」


「......そ、そんなのわかんないわよ! なんかそういう気分だったとかそんなんでしょ」

 

「えぇ、気分だけでそうなるかなぁ? ね、スライムくんはどう思う?」


「こいつが見た目とスキル以外全て壊滅的な中身クソ女だからだろうな......はっ」


 ナンシーの術中に見事ハマり、反射的に答えてしまった。ああ、まずい、まず間違いなく殺される。


「......ぐすっ」


 殺されるくらいなら、死ぬ気で逃げてやると誓ったその時、ポタポタと後頭部に水滴が落ちる。毒でも垂らしているのかと無理やり首をひねって見ると、プレセアは翠玉色の瞳から、ボロボロと涙をこぼしていた。


「なんで、なんでそんなこと言うのよぉ。酷いよ......」

 

「......おっ」


 その時、ぽわぁっと胸の奥が熱くなる感覚に、俺は思わず声を上げてしまう。


 この感覚。スキル『ざまぁ(笑)』が発動した時に、感じたやつだ。


 人にこんな仕打ちをするくせに、プレセアはいわゆるメンヘラというやつだ。人の言葉にすぐ傷つき、今のように泣くことも少なくない。その時も、この感覚があった。


 ステータスこそ、変わりはなかった。だが、確実にその時が近づいていると言う実感は、日に日に高まってきている。マリーやウィンほどじゃないが、俺の中で、こいつもざまぁの対象なんだ。そりゃ、こんな扱い受けてたら


 ......もし、ルスランの奴がこれを狙っていたとしたら、恐ろしいやつだ。


 いい加減首が辛くなってきたので戻すが、まだポタポタと水滴が垂れてくる。

 あんまりガチ泣きされるとそれはそれで引いちゃうんだけどな、と思っていると、涙にしては粘性があり、ツンと鼻につく鉄の匂いがするのに気がつき、慌てて見上げる。


「あれ、おかしいなぁ。クソ女だからウンチが出てくると思ったら、血が出てきたぁ」


「げっ......」


 プレセアは、どこからか取り出したナイフで手首を切っていたのだ。くそ、自傷までされたらもうざまぁは無理だ。まあこいつの場合、手首の傷なんてすぐ治っちまうわけだから、メンヘラ特有のかまってちゃんでしかないんだろうが。


 なにせ、こいつのスキルは『回復力強化(神)』。

 かの有名な冒険者『不死身のたっつん』と同じスキルで、当たり中の当たりスキルなのだ。


 その回復力は、常時神級の回復魔法がかかっているのと同じくらいの効果をもたらす。顔のやけどくらいだったら綺麗に治ってしまうわけで、手首の傷ならなおさらだ。


 といっても、実際に不死身というわけではない。その『不死身のたっつん』はと言うと、ドラゴンの火球に燃やし尽くされ、あっさり死んでしまった。即死級の攻撃の前には、回復力など意味をなさないのだ。


 しかし、自傷癖のあるメンヘラのくせに『回復力強化(神)』とは......なんでお前なんだよとも思うし、お前にぴったりだとも思える。


 そんな状況でナンシーたちはというと、普通にドン引きしている。慌てた様子でこう言った。


「落ち着いて、プレセアちゃんっ。スライムくんは、プレセアちゃんが中身にクソが詰まってるってことじゃなくって、単純に性格がクソってことだと思うよ」


「うわぁぁぁ!!!!」


 スパスパ手首を切りつけるプレセア。ナンシーはと言うと、お腹に手を当てて笑っている。


 この女はこの女で相当なもんだな......人の自傷で腹抱えるなよ。


「あ、そうだぁ」


 ナンシーは、何事もなかったようにパンと手をうった。


「プレセアちゃんっ、私たち、今からクエストに出るつもりなんだけど、よかったら一緒に行かない?」


「......っ」


 突然湧き上がったチャンスに、生唾を飲む。


 プレセアの奴隷になってから一週間。俺は、一度もこの御殿から出ることができていない。このだらしない身体の女が、身体通り引きこもりのせいだ。


 高い壁に囲まれたバルムングの拠点から自力で逃げるのは難しい。一緒に外に連れてってくれるのなら、非常に助かる。

 なんとかこいつらの手から逃げ出して、ルスランの悪事を録音した魔道具をイレインに渡す。いや、その前に、ルスランの記事を載せるのなら、俺を買い取り自由にすることを保障する契約書を結ばせる必要があるか。


 そうすれば、この奴隷生活から抜け出すと同時に、最高のざまぁができるに違いない。


「......やだ。行かない」


 しかし、プレセアは、ぐすぐす涙交じりにこう言った。クソ、そんなんだから友達できねぇんだよ。


「どうせみんな、あんたたちみたいにあたしのこと嫌いなんでしょ? ずっとここにいる。て言うか死ぬ」


「そんなことないよぉ。せいぜい半分くらいだってぇ」


「死ぬには十分な値よ!!」


 プレセアはそう叫ぶと、わんわんと俺の背中で泣き始めた。呼吸もままならない泣きっぷりに、ざまぁよりも先に「うわぁ......」となってしまう。


 そんなプレセアを見て、ナンシーはクスリと笑った。


「でも、私はプレセアちゃんのこと好きだよぉ。だから、一緒にクエスト行こ?」


「へっ?......ナ、ナンシー、ほんとに?」


「ほんとほんとぉ。ちょっと好きって言っただけで機嫌が戻るチョロいところとか、おっぱいとかお尻に全部栄養いっちゃってるところとか、人に愛して欲しいくせに顔と身体以外愛せるところないとことか、大好きだよぉ」


「ナンシー!」


 プレセアは俺の背中から飛び降りると、ナンシーに殴りかかった......わけではなく、ぎゅうっとナンシーの小さな体を抱きしめた。


「ほんともうっ、そんなに私のことが好きなのねっ! このツンデレ女! そのツインテールは伊達じゃないってわけね!」


「うんうん、そうなの。ツンデレだから意地悪しちゃったんだぁ。ごめんごめん」


「もうっ、謝らなくってもいいの! ナンシー、私も大好きっ!」


 ......どうやら、理由がどんなものでも、好きになってくれたらそれでいいらしい。


 その幸せそうな姿を見ていると、この程度で幸せを感じてしまう人生に、やはり哀れみの方を先に感じてしまう。

 

 そのせいで、ざまぁの感情は、完全に引っ込んでしまった。


 だが、人に酷い仕打ちを平気でするくせに打たれ弱いこの女のそばにいる限り、確実にざまぁのスキルを発動する機会に巡り会えるはずだ......もちろん、逃げるのが最優先だが。


 そして俺は、床に垂れたプレセアの涙と鼻水と血を拭き取ったのだった。

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