第31話 ずっとオカズしていた女。


「エッチしてるフリして私を騙そうなんて、ほんと最低! 下品な週刊記者はこれだから嫌なのよ!」


 俺の隣に座ったプレセアは、でっかい胸をむんと張って、吐き捨てるように言った。


 対してイレインは、やれやれと肩をすくめた。


「美人局をしているような娘に、そんなこと言われたくないねぇ」


「......はぁ!? そんなこと私がするわけないんですけど!?!? ていうか美人局って言葉の意味もわかんないくらいなんですけどぉ!!」


「意味がわかっていないないなら、そのリアクションはおかしいと思うがね。どうしてそんな嘘をつくのかな? 何か後ろめたいことでもあるの?」


「......ぐぬぬ」


 プレセアは耳をピクピクさせ、反論の言葉も出せず唸る。初対面の俺でもわかるくらい後ろめたいことがあるらしい。


 武春お得意の捏造話かと思ったが、この反応を見るに、美人局の件はあながち嘘でもないみたいだ......がっかり、てほどでもないな。

 十四年間一緒にいた女に裏切られた後じゃあ、冒険者の裏の顔なんか、どうでも良くなっちまってるみたいだ。


 しかし、不遜な態度といい荒々しい口調といい、俺が紙面から想像していたプレセアと、だいぶ違う。格好だってそうだ。


 ピンクと基調にしたブラウスに、フリルが施された黒のスカート。厚底の靴は、せっかくの獣人の機動力をかなり制限していることだろう。

 ただでさえでかい胸のところにでかいリボンをつけているので、よりデカチチに視線を送ってしまうという、難儀なトラップを仕掛けてきている。


 いわゆる、ミミック系女子とかいうやつだ。苦手だ。まぁ、今や女全般苦手だがな。


「そんなことどうでもいいの!!」


 プレセアが怒鳴りながら叩きつけたのは、今週号の週刊武春だった。


「これ、どういうことよ! どこのどこにも、訂正記事が載ってないじゃない!」


「はて? 訂正記事とは?」


 イレインが首を捻ると、プレセアはスカートの穴から伸びた尻尾をピンと立てた。


「何とぼけてんの!! ルスラン様に対する誹謗中傷について、間違ってましたって謝罪しなさいって言ってんのよ!!」


 そして、俺が机の上に置いた武春にキッと視線をやって、その中から一冊の武春を奪い去り、ページを破らん勢いでめくり、例の『タレント冒険者パーティ、バルムングの闇』の記事を指差した。


「よくもまぁ、こんな根も葉もないこと書けたわね!」


「根も葉もないどころか、今君が花を咲かせたと思うんだがね」


「はっ、花って......そ、そんな褒めたって、私の怒りは収まらないんだからね!」


 どうやらイレインの嫌味を嫌味として受け取れなかったみたいだ。プレセアはぽっと頬を染める。


 しかしすぐにペチンと頬を叩いて、「はっ、あんたの方がよっぽど美人局じゃない! 危うく引っかかるところだったわ!」と再度イレインに牙をむいた。


「とにかく、訂正記事を出さなくっちゃ、もうあんたのところでグラビアやってあげないんだから!!」


 イレインはというと、部下に入れさせた紅茶を持ち上げ、スプーンでくるくるかき混ぜる。


「構わないよ」


「......なんですって!?」


 そんなに意外だったのか、プレセアは飛び上がって驚き、乳が波打つように揺れた。尻尾がへにゃんとなり、猫耳をペタンと頭にくっつく。


「な、なんでよ? 私のおかげで、週刊誌いっぱい売れたって喜んでたじゃない、ね? あんたたちには、私が必要なはずよ。そうよね、そうって言ってよ......」


 そして、今にも死にそうな顔で懇願する。どうやら、その格好にふさわしい情緒不安定女らしい。昔だったら忌避感を覚えただろうが、今は少し同情してしまう。


 イレインは、紅茶をひと啜りしてから答える。


「君のおかげで売れたのは事実だし、できることなら続けて欲しい。だけど、私たちはあくまで情報雑誌なんだよ。君の下品で肉欲しか感じさせない、例えるならばインスパイア系スープ麺のような身体を世に広めるためにやっているわけではない」


「誰の身体がニンニクウロボロスヤサイマシマシアブラカラメオオメよ......」


「そこまでは言っていないが......うーん、そうだな」


 イレインは細い顎に手を当てて、プレセアの身体を、ジロジロと粘着質な視線を送った。


「君がもっと過激な写真を載せることを了承してくれさえすれば、あるいは、ねぇ」


「......はぁ!?!?」


 今日一声を荒げたプレセアに対し、イレインはあくまで冷静だ。


「結局最後の最後まで、君のところの団長は、下着姿以上の写真を取らせてくれなかったから、つい悲しくなってしまってね。あの記事を載せた原因の一つと言えるかもしれない」


「何言ってんの!? そんなことで悲しくなるのも変だし、悲しくなったら誹謗中傷記事書くとかあんたメンヘラ!?」


「君にだけは言われたくないなぁ......何もフルヌードをお願いしているわけじゃあないんだ。胸は手で、下は尻尾で隠してくれたっていい」


「ふざけんな!! こちとらあんたみたいなフサフサ尻尾じゃなんだから隠せないわよ!! あとで触らせなさい!!」


「なるほど、マンドラゴラのビラビラがウロボロスだからはみ出しちゃうわけだね」


「ぶっ殺すわよ!!!!」


 プレセアは背中を丸めてシャーと威嚇する。しかしおっぱいがデカすぎるため、アーチ状というよりは球状になり、怖いというより間抜けだった。


「わかったわかった。それじゃあ下はウロボロスを隠すために履いていい。その代わり、上は手ブラでどうだ? それともまさか、乳首も隠せないくらいのウロボロスとは言わないだろうね」


「......うっ、ウロボロスじゃないっ」


 再び耳がペタンとなり、まん丸から楕円形になった。どうやらウロボロスみたいだ。ウロボロスってなんなんだ?


「ウロボロスじゃないけど、ダメっ。そんなの、ほぼおっぱい丸見えじゃない!」


「なるほど。それなら逆説的に、乳首以外を隠せば、ほぼほぼおっぱい隠れているってことだね?」


「......へ? そ、そうなのか、な?」


 プレセアは、きょとんと首をかしげる。


「そうだよ。だって乳首なんて男にもついているけど、男は上半身裸で歩いてもなんら問題ないじゃないか。つまり、乳首はおっぱいではないということになり、つまり見せてもなんの問題もないということなんだ」


「......な、なるほどぉ、確かにぃ」


 プレセアは心底納得した様子で頷いた。どうやら心が弱いのと同じくらい頭も弱いらしい。


「よし、それじゃあ、後ろから男におっぱいを揉みしだかれているグラビアを撮るってことでいいんだね?」


「......はぁ!?!? なんでそうなるの頭おかしいの!?!?」


「おかしくないよ。君の巨大なおっぱいを乳首以外隠すには、君の小さな手ではなく、男性の手でなくてはいけないじゃないか」


「......確かに私の手じゃ無理だけど、だからと言って男の手は駄目でしょ! いやらしい!」


「そうか、それだったらゴブリンものを撮ろう。それだったらゴブリンに襲われてるていで撮影できるからね」


「より悪くなってんじゃない!」


「大丈夫、相手はゴブリンだ。動物に胸を触られて、君はいやらしい気持ちになるかい?」


「はぁ!? なるわけないでしょ!」


「だったらいやらしい行為ではない。わかるね?」


「......確かにぃ」


 こいつ、マジで馬鹿だな......。

 

「ま、まぁ、とにかく、次のグラビアの時に、訂正記事を出してくれるってことね!?」


 頭の上にぴよぴよヒヨコを出し、そのヒヨコに猫の手を伸ばしながら、プレセアはそう言った。


「いや、特に出すつもりはないけれど?」


「......はぁ!?!?!? なんでよぉ!!!!」

 

 感情豊かにもほどがあるが、こればっかしは仕方ないだろう。

 しかしイレインは、理不尽なことなど一つもないと言わんばかりに堂々と、こう言い放った。


「君のためさ」


「......??????」


 そして、混乱するプレセアに、イレインはここぞとばかりに詰め寄る。


「確かに君たちバルムングに所属する女性冒険者は、ガチ恋営業で男を騙し利用しているかもしれない。だけど、私は君たちに責任を負わせるつもりは毛頭ないんだよ。悪いのは、君のような頭の弱い少女を誑かし、金を貢がせた挙句、借金までさせてその返済の代わりに君たちを奴隷とし買い取り、自分と同じ悪行をさせているあの男」


「イレインさん、プレセアに妙なこと吹き込まないでくれよ」


 その時、言葉の端から端までまで自信に満ち満ちた、溌剌とした声が割り込んできた。思わず、視線が引き寄せられる。


 そこに立っていたのは、青色の髪を、魔法か何かで複雑怪奇にくねらせた、長身の男。


 自分が苦しい状況だからか、やはり身なりを見てしまう。


 その身体をピタッとスマートに包む、ギラギラと嫌味ったらしく光る銀の甲冑。胸のところには、有名ブランドのロゴがドンと載っている。


 その甲冑の上のマントは何と金で、なんとも目が痛い。細身の剣の持ち手には、でっかい宝石が付いていた。これで金持ちじゃないのなら笑ってしまう。


 顔はというと、それはもうイケメンだ。単純なルックスだけ言ったら、ウィンの野郎よりも上だろう。


 切れ長の瞳は、この世のものとは思えない輝きを放つ。鼻筋はドワーフの巨匠が整えたかのように通っており、薄い唇は男でも劣情を催すほど潤っていた。

 

 そんな美青年でありながら、それでいてどこか野性味を感じさせるのは、やはり彼が自信に満ち満ちているからだろう。


「ルスランくん、来ていたのか」


 イレインが、嘆息交じりにつぶやく。


「おいおい、俺がわざわざ足を運んでやったんだから、ほかの女みたいに泣いて喜んでくれよ」


 冒険者でありながら、ホストなる仕事もやっているいけ好かないチャラ男、ルスランが、そのイケメン面をニヤリと歪めた。

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