第2話 ジョニーは召喚術士になった。

 手に持った召喚符を構え、魔力を込める。

 そして、そこから魔力が形を成していく。それは一つのモンスターとなってこの世界へと形を成した。


「――これが俺の召喚獣……!」

「まあ、スライムですけどねー」


 目の前には、初めて契約をした召喚獣がいる。それはスライム。どっちかと言えばイメージはクラゲに近い。ドロドロしている感じだ。

 召喚術士になるために必要な、俺と契約をして召喚出来るようになったモンスター。それがこのスライムというわけだ。


(何はともあれ、召喚に成功した……これで第一歩だ)


 受付嬢さんから教えて貰った召喚術士についての内容を思い返す。

 この世界のダンジョンに住んでいるモンスター。そんな存在と契約をして戦って貰うのが召喚術士だ。つまり、派遣契約みたいなものだ。対価の代わりに仕事をしてくれる。

 魔法使いが、魔力を使った擬似的な生物を使役することがある。そんな魔法使いを先ほど見て思いついたのが召喚術士だった。噂によると、過去にも同じ考えをした人間はいたらしい。


「そういえば、なんで召喚術士をするのは難しいなんて言ったんですか?」


 受付嬢さんに聞いてみる。

 実際に試してみると召喚術も契約も簡単だった。召喚符という特殊な道具を使う必要はあるが、逆に言えば必要なのはそれだけ。なんで召喚術士になる冒険者が少ないのか不思議になる程だ。


「召喚術って、ソロでダンジョンに潜る魔法使いの人の手段の一つなんですが……契約、簡単でしたよね?」

「ええ、まあ」

「それは、召喚したのがスライムだからなんです」


 そう言ってスライムを指さす。

 指をさされたスライムはズルズルと震えながら自己主張をする。まあ、どういうアピールなのかは分からないが。


「スライムって、魔力の淀みで意図的に発生させることが出来るんですよね。つまり、本当に最下級で意志も弱くて誰にでも呼び出せる存在なわけですね。契約なんて、本当に子供でも出来るレベルですから。まあ、そこら辺に居る虫をペットにするのと同じですねー」

「そんなに簡単なのか……えっと、それで?」

「つまり、殆ど自意識がないわけです。だから、簡単に望むような契約が出来るんですよ。でも、ちゃんとした知性のある存在は普通に呼び出しても来てくれません。当然ですね。例えば、今から初めて出会う金等級冒険者にこれからダンジョン攻略をするから手伝いをして欲しいと頼んでみて、受けてくれますか?」

「いや、無理だな。まず報酬以前に手伝う義理すら……」


 ……ああ、なるほど。カラクリが分かってきたぞ。召喚術士になる最大のハードルが。


「……つまり、契約にはちゃんと交渉をして条件を提示する必要があると」

「はい、その通りです。それに、基本的に召喚契約を結ぶ際には自分にメリットが無いと受けてくれません。契約内容はモンスター次第ですけど……自分より弱い人間と契約をすることは殆どないですね。それに加えて、戦闘後に魔石を追加報酬として要求する事が多いです。まあ、お金になる魔石を使ってまで維持するかと言われると……という感じですね。あと、契約するモンスターを見つけるのは殆どダンジョンですね」

「じゃあ、このスライム以外と契約をするなら……」

「ダンジョンで探したり、どこか地上に居る珍しいモンスターを見つけて交渉して契約するしかないですね。やる事は口八丁でなんとかするです」


 ……なるほど。それを聞いたら召喚術士がいない事にも納得だ。

 スタート地点で仲間になるのは、このゲル状生物のスライムのみ。そして、これ以上を求めるなら知性のある存在と交渉をした上で召喚出来るようにするわけだ。

 それなら確かに普通に冒険者ギルドで目的の近い仲間を見つけて行く方が早い。魔石という金になる物を要求されるなら当然だ。とはいえ、それでも俺の現状を考えれば人間の協力者を見つけるよりも良い手段ではある。


「なので、それを考えて難しいと言ったんですが……まあ、それでも運が良ければ偶然契約をしてくれる奇特なモンスターがいるかもしれませんからね! 希望は捨てたらダメですよ!」

「……ええっと、頑張ってみます」


 受付嬢さんの優しさなのか同情なのか、いまいち内心が読みにくい応援を受けながら冒険者ギルドを出てから、一息ついた。


(……とりあえず、ダンジョンに行くか)


 まず、実際に契約を出来るのかどうか。試してみないことには話は始まらない。

 もしかしたら、幸運にも奇特な強いモンスターが契約をしてくれる可能性があるもんな!



「グゲゲゲゲゲ!」

「うおおおおおお!! 死ぬ! 死ぬ!!」


 ボコボコにされて溶けてしまったスライムはすでに召喚符によって回収された。契約をしたモンスターはこうして、召喚符という魔法で作られたスクロールに待避できるのだ。まあ、召喚するのにも送還するのにも魔力は要るが。

 と、関係ない事を考えて現実逃避をしながら俺はダンジョンの中を必死に逃げていた。背後には、大量に湧いて出てきたゴブリンの大群。もはや振り向く事も出来ず大量の足音を聞きながら来た道を戻っていて。


「よっしゃ! 出口だぁ!!」

「グゲゲゲッ……! チッ、ケッ!」


 そして、なんとかダンジョンから飛び出た。俺を追いかけていたゴブリンたちは、外へと飛び出した俺を見て唾を吐き捨ててからダンジョンの中へと戻っていく。

 ……はぁ。疲れた。何一つとして容赦が無かった。

 最初こそ、数が少ないうちはスライムに盾になってもらい、俺が後ろからナイフで攻撃するスタイルでなんとかなった。しかし、ゴブリンはこっちの手が緩んだ隙に援軍を呼んできたのだ。結果、どんどん増えて先ほどの状況になったわけだ。


(……初心者用って聞いてたけど、忖度とか無いのか?)


 ないんだろうな。異世界転生というのは優しいかと思いきや厳しい。まあ、俺の場合借金地獄からスタートだからなぁ……せめて仲間が居れば話は別だったんだろうが。

 しかし、ダンジョン探索での成果は大きかった。まず、スライムの戦闘力の高さだ。スライムと言うと弱いイメージはあるが、思った以上に優秀だった。スライムの体はゲル状なので、物理攻撃はある程度耐えることが出来て魔力を注ぎ込めばダメージもある程度回復する。なんともコスパの良いことだ。まあ、多勢に無勢だと意味が無かったし限界もあるが。

 他にも自分が得た成果を確認していく。


(モンスターを倒した戦利品。魔石は……スライムに食わせたからそこそこかな。それと――)


 手に持ったスライムのものではない召喚符。それは、待望の新たな契約をすることが出来た証だ。

 コレに関しては本当に偶然だった。モンスターと戦っている時に戦闘に参加せずこちらを伺うような表情をしていたモンスターがいた。俺は仲間になるモンスターを探していたので、それに目を付けて他のモンスターを倒してから声をかけ、契約までたどり着けたわけだ。

 最初こそ、怯えていたが俺の粘り強い交渉の結果、契約をして召喚獣となってくれたのだ。まあ、2対1による脅迫とも言うが。


「まあ、とりあえず呼び出してみるか」


 契約をしてぶっつけ本番をする前にゴブリンに見つかり、仲間を呼ばれて倍々ゲームとなって追いかけられていたので詳しい話を出来ていなかった。

 ということで、召喚符へと魔力を込める。魔力が形を得て、小さな人のような形を編み上げていく。そして、モンスターが現れた。


「わっ!? ……え、えっと、呼びました?」

「ああ、話でもしようと思ってな。それと、ちゃんと契約は出来てるみたいだな」

「そ、そうですね……召喚されるってこういう感じなんですね。不思議な感じです」


 フェアリー。ゴブリンと同じく初心者ダンジョンに生息するモンスター。見た目は、絵本で読んだ可愛らしい妖精と言った姿だった。とはいえ、ダンジョンの中だと飛び回りながら魔力の塊を飛ばしてくる厄介な存在だったが。

 契約したフェアリーも同じような見た目だったのだが……なんだか、召喚をしたらモコッとした服を着込んでいた。前世の知識から妖精と言うよりもコロボックルみたいだなぁという感想を抱いていた。


「見た目が変化してないか?」

「く、詳しくはないのですけど、契約をするとダンジョンから切り離されるのでそれぞれの姿形に精神性が反映されるらしいです」

「なるほど。だからフェアリーの見た目が個性を反映してそういう姿になったってわけか」

「た、多分そういうことかと……」


 ふうむ、敵と味方を間違える可能性が低くなるのでありがたい。

 なんかあれだな。伝わりづらいが汎用ユニットから個別ユニットになると固有スキンが実装されるみたいな感覚だ。


「それで、フェアリー……んー、名前はないのか? それぞれ個別の名前みたいなの」

「個別の名前……? フェアリーですけど」


 ……ふむ、どうやら種族名で個人を指し示すらしい。まあ、生物とルールが違うからだろう。ダンジョンで出会った会話の出来るこのフェアリーと、会話の出来ないモンスターに近いフェアリーは分類的には違いがないのだ。

 名前を付けた方が良いかを考え……うーん、特に思いつかないので辞めた。俺は昔からゲームとかでユニットの名前を考えるとセンスがない名前になるのでそのまま種族名で呼ぶ方がいいだろう。


「いや、気にしないでくれ。それで、フェアリーに聞きたいんだが……フェアリーは何が出来るんだ? こうして話をしたら分かることもあるかもしれないから改めて教えて欲しいんだ」

「何が出来るか……ですか? そうですね……フェアリーの固有能力で回復が出来ますよ」

「おお、凄いじゃないか! どのくらいの怪我まで治せるんだ?」

「怪我……え、ええっと……そう、ですね……」


 俺を見て、悩んだような顔をするフェアリー。


「その、私は人の体を治した経験とかはなくて……人体って構造とか難しいですし……肉体がないので、感覚が掴みづらいというか」

「まあ、そりゃそうだ。複雑な臓器の修復は無理ってことだな」

「そ、それで……その、私はそんなに魔力量も高いわけじゃなくて……なんというか、種族内でもちょっと少ない方でして……」

「ふむ……ふーむ?」


 雲行きが怪しくなってきた。


「ええっと……擦り傷ならすぐに治せます……」

「……切り傷じゃなくて?」

「は、はい……その、ぱっと見て痛そうな怪我ならなんとか……!」

「……範囲はどのくらいかな?」

「ええっと……召喚士さんのお膝くらいの範囲なら!」


 そっか。そっかぁ……


(……なるほど。奇特なモンスターにはちゃんと理由があるって訳か)


 ちょっとだけ、先行きに不安を感じてしまう。

 そんな風に、仲間を見つけるという幸運に恵まれながらも、召喚術士としての第一歩は前途多難に始まるのだった。

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