16-2

 ユリアーネのそばに、ひとりの女性が降り立った。先の戦いでユリアーネを助けたエルフの女性だ。

「この者の名はアデーレと申します」と、ユリアーネ。「エメ坊ちゃま親衛隊、会員番号2です」

「お見知り置きください」

 アデーレと呼ばれたエルフの女性は、静かに話したユリアーネのそばで彼女と同じように跪く。ゲルトが彼女を振り向き、苦笑いを浮かべて言った。

「何人いるわけ?」

「五名です」

「あ、そうですか……」

「しかし、恐れながら、騎士隊と魔法隊の出動が早かったように思います」

 ユリアーネの言葉に、アーデルベルト王は頷く。

「クリスタが精霊の声を聞く、それは、精霊たちに害を及ぼす者が間近まで迫ってきている、ということを意味している。その時点で準備はしていた。それがルーヴレヒト騎士団だと気付いたのはゲルトだ」

「それは、エメ坊ちゃんを諦めざるを得なくなったルーヴレヒト騎士団が、狙いをユグドラシルに変えると思っていたからです。そこで一計を案じて、神の申し子の居場所を知っていると持ち掛けたら釣れました。ルーヴレヒト騎士団が坊ちゃんを捕らえていた盗賊団の親玉だったこともあり――いや、それに関しては……ほんと、すんません」

 謁見の間にいるすべての者の視線が集まるので、ゲルトの声はだんだんと小さくなっていく。

「いや……ほんと、勝手に進めてすんません……。急がないと、あいつら行動に移しそうだったんで……」

 アーデルベルト王は深い溜め息を落とした。

「お前はエメを守り抜いたのだしな。これ以上は言うまい」

 その言葉で集まっていた視線が外されるので、ゲルトはホッと胸を撫で下ろした。

「さて、エメ」

 優しい声で呼ばれ、エメは顔を上げる。

「お前を脅かす者はもういない。癒し手である以上、危険がないとは言い切れんがな。だが、お前はもう自由だ」

 エメは胸の奥が熱くなった。思わず涙がこぼれてくる。

「……ありがとうございます」

 恐怖に打ち震えることも、何かに怯えることもない。加護という力強い味方も手に入れた。加護の魔法で身を守ることもできる。自由に生きることができるのだ。

「さて、エメ。顔をよく見せておくれ」

 穏やかに言う王にエメは頷いた。袖で顔を拭おうとしたエメの手を止め、エミルがハンカチでエメの顔を拭く。ようやく涙をおさめて、エメは王に歩み寄った。

「お前は自由だ。ここを出て外の世界で暮らすのも良いことだろう。お前はどうしたい?」

 王は優しくエメの頬に触れ、瞳を覗き込む。エメは少し考えを頭の中で逡巡させたあと、顔を上げた。

「僕は……ここにいたい、です」

 王はどこか安堵したように微笑む。それからエメの背後に目を向けるのでその視線を追うと、ユグドラシルの姿があった。ユグドラシルは跪いたまま口を開く。

「主がここにいるというのであれば、私の居場所もここです。……許されるのであれば」

「もちろんだとも」

「有難う存じます」

 クリスタ王妃が手招きするので、エメは王妃に歩み寄った。王妃は繊細な手つきでエメの頬を撫でる。

「本当にユグドラシルが加護だなんてね」

「驚いたな」と、アーデルベルト王。「ユグドラシルの気配を感じ取ったのが本当だったとはな」

「あら、疑ってらしたのですか?」

「そういうわけではない。ただ、本当にエメの加護がユグドラシルであれば心強いと思っていただけだ。エメ、彼女に【名付け】をしてはどうだ?」

「まあ」と、ユグドラシル。「それは良いお考えですわ」

 エメは首を傾げた。

「私がお前に名をやったように、ユグドラシルに名を授けるのだ。名付けをすることで、繋がりをより強固にできる」

 エメはユグドラシルを振り返る。ユグドラシルは立ち上がり、期待をはらんだ笑みをエメに向けた。エメは首を捻る。名付けと言っても、そんなすぐに名前は思いつかない。

 ユグドラシル……シル……ジル……。

「あ! ジルケはどう?」

「ジルケ……素晴らしい名です」

 ユグドラシルを光が包み込む。光は彼女の体に吸収され、ジルケの名が彼女の魂へと刻み込まれた。

「このジルケ、誠心誠意、主にお仕えいたします」

 辞儀をするユグドラシル――ジルケに、エメは背中がむず痒くなった。「主」と呼ばれるのはこそばゆい。それを察知したらしいジルケが、ぽんと手を打つ。

「では、みなさまのように坊ちゃまとお呼びしても?」

 エメは頷いた。そのほうが気が楽だ。

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