12-1

「さあ、坊ちゃま。今日はうんとお洒落しませんとね」

 ユリアーネがうきうきと衣装ラックを引っ張って来たのは、エメの誕生日パーティの日の朝である。

「あんまり気合い入れると、逆に浮いちゃうっスよ」

 笑いながら言うニコライに、むむ、とユリアーネは顎に手をやる。その表情は真剣そのものである。

 あれでもないこれでもない、と着せては脱がせを繰り返し、ユリアーネは頭を抱えてしまう。

「なんということなの……何を着ても可愛らしすぎて、これという一着が決まらない……!」

「エメに選ばせてはいかがですか」

 少し呆れをはらんだ声でエミルが言った。

「そうですわね! さあ、坊ちゃん。どれにしましょう」

 エメは少し困ったような表情になりつつ、衣装ラックに掛けられた服を物色し始める。一着を手に取っては体に当て、どうかな、と言うようにユリアーネを見る。しかし、どれを見せてもユリアーネが、お可愛らしいです、と声を上げるので、ついにエメも困って首を捻ってしまった。

「おい、支度できたか?」

 ラースが部屋に入って来て、服の散乱する床を見てひたいに手を当てる。

「ユリアーネ。毎度これでは困る」

「申し訳ございません……。坊ちゃまの可愛らしさを全面に押し出すことのできる服がもっとあるはずなのです」

 相変わらず暴走しているユリアーネに、そういうことではない、とラースは溜め息を落とした。

「もうみなが集まっている。いつまでも待たせるわけにはいかないだろう。ニコライ、選んでやれ」

「了解っス!」

 衣装ラックをザッと見たニコライは、ものの五分で一着を選び出した。それを見たユリアーネがまた、お可愛らしいです、と声を上げるので、エメは苦笑いを浮かべた。


   *  *  *


 会場となっている広間には、馴染みの騎士や侍女、使用人が集まっている。会場に入ると一気に視線が集まるので、エメは気圧されてしまう。ラースは優しく背中を押した。

 辞儀をして顔を上げたエメが、急に駆け出す。会場の中にアランを見つけたからだ。

「エメ! 誕生日おめでとう!」

 抱き付くエメを受け止めたアランに、会場中から拍手が巻き起こる。胸を押さえたり目頭をつまんだりする者が散見され、護衛三人は苦笑いを浮かべた。

「そういえば」と、アラン。「エメっていくつなんだっけ」

「推定十三歳です」

 曖昧な言い方をするラースに、アランは一瞬だけ怪訝そうに眉根を寄せたが、ふうん、とすぐに呟く。

「そうだ。プレゼント持って来たんだぜ」

 そう言って、アランは小さな袋をエメに差し出した。エメは礼の代わりに微笑んで受け取る。開けてみろよ、と少し誇らしげなアランに促され、エメは丁寧にラッピングを解く。袋の中に入っていたのは、明かりを反射してキラキラと光る緑色のリボンだ。

「お前、髪が長いからな。これは碍魔がいまの力がある髪紐なんだ。魔法攻撃耐性が上がるんだぜ」

 エメが嬉しそうに微笑んだとき、会場のどこからか、尊い、という呟きが聞こえたのをラースは聞き逃さなかった。

「つけてやるよ」

 アランはすでに巻かれている髪紐の上からリボンを器用に結ぶ。エメは嬉しそうに一回転して見せ、また微笑む。

 そのとき、会場がざわめいた。みなの視線を追うと、アーデルベルト国王とクリスタ王妃が会場に入って来る。クリスタ王妃は神官に促されて椅子に腰を下ろした。

「エメ」

 ラースが呼ぶと、エメはちらりとアランを見遣った。

「待ってるよ」

 そう言うアランに微笑みかけ、エメはアーデルベルト王のもとへ駆け寄る。護衛三人に倣って跪いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る