8-2

 二階層目に行くと、アランが思い出したように口を開く。

「ダンジョンではアイテムが手に入るんだろ?」

「アイテムっつーか、アイテムを作るための素材っスね。ポケットラットの皮も一応は素材なんスけど、小さいし、用途がほとんどないんで誰も採らないっスね」

「ふうん」

「……アラン様」ラースは言った。「ダンジョン攻略は初めてではないんですよね?」

「あ? ああ、そうだな」

「何回目ですか?」

「二回目だ!」

 アランが胸を張って指を二本立てるので、ラースは思わず深い溜め息を落とす。なんだよ、とアランは顔をしかめた。どおりで、とラースは心の中で呟く。

「エメのお手本になるようにやってくれませんか?」

「なんだよ。充分お手本になってるだろ」

「悪影響ですよ」

 アランは怪訝に眉根を寄せる。なぜそこまで不満げな顔ができるのだろう、とラースはまた溜め息をついた。

「今回のクエストは『マールム晶石』の採取だったな」

 ディミトリ公爵が辺りを見渡しながら言った。エメが公爵を見上げ、不思議そうに首を傾げる。

「マールム晶石というのは、極めて純度の高いマナの結晶だ。分類は鉱石だがね。三階層で採れるはずだよ」

 マナというのは空気に含まれる魔力の成分だ。マナの純度が高い鉱石は加工しやすく、魔道具を作ることもできる。その中でも「マールム晶石」のマナの純度の高さは群を抜いている。岩や土の中で結晶化した純粋なマナの塊が、外部に突出する際に空気に触れて純度が下がるのだとされている。魔道具を作る上でもっとも重宝されている鉱石だ。

 ふと、エメが後ろを振り向いた。

「どうしたんスか、坊ちゃん」

 ニコライがその視線を追うと、その方向にも道がある。

 しかし――

「こっちは行き止まりっスよ」

 冒険者の迷宮の二階層目には、行き止まりに通じる道がいくつかある。エメが指差したほうにも道はあるが、角を曲がった先が行き止まりになっているのだ。

 エメはニコライを見上げ、少し不満げな表情になる。エメが足を止めるのでアランも止まり、その後ろの四人も足を止める。それに気付いたラースは、眉根を寄せた。

「行き止まりを気にしても仕方がないぞ」

 諭すように言うラースにも、エメは顔をしかめる。何か気になることがあるのかもしれない。

「見るだけ見て来るっス」

 そう言って、ニコライが列を離れて行った。

「え⁉」

 角の向こうを覗き込んだニコライが声を上げるので、六人は顔を見合わせる。ニコライが大きく手招きをした。

「エミルくん! ちょっと来て!」

 いきなり呼ばれて怪訝そうにしつつ、エミルはニコライに駆け寄る。ニコライに倣って角の先を見たエミルが、え、と小さく声を漏らすのが聞こえた。

「みなさん、こちらに来てください」

 エミルが五人を呼ぶ。全員を呼ぶということは、危険なものがないのだろう。そう判断し、ラースも他の四人に目配せしてからニコライとエミルに歩み寄った。

 角の向こうに広がっていたのは、一面の真っ赤な鉱石、マールム晶石だった。こんなに群生しているのは見たことがない。三階層目でもこれほど生息していない。

「すげ……」アランが感嘆を上げる。「なんだこれ」

「これは見事だ」と、ディミトリ公爵。「ここは行き止まりだと誰も気に留めなかったから、溜まっていたのだろうな」

「なんでわかったんだ?」

 不思議そうに問うアランに、エメは得意げに微笑んだ。

「坊ちゃんのおかげで一階層分の手間が省けたっスね。確か依頼は十片だったっスね?」

「そうですね」エミルが頷く。「まあ、これだけあるんですから、少し多めに持って行ってあげましょう」

 マールム晶石を始めとするマナを含んだ鉱石を採取する際にはのみを使う。マナが集まっている上部を傷付けないように根本から掘る。特別な手順などはない。

「ディミトリ公爵」ラースは言った。「公爵家の名義で、冒険者ギルドの情報更新をお願いしたいのですが」

「うむ。ではリカルドにやらせよう」

「お願いいたします」

「なんで兄貴? 見つけたのはエメなのに、それじゃ手柄の横取りじゃん!」

 不満げに言うアランに、公爵は穏やかに言う。

「エメの名を出すのは都合が悪い。そういうことだ」

 アランは口を「へ」の字にして考え込むが、ん? と首を捻った。まだアランには理解できないことかもしれない。

 マールム晶石を採取したエメが、エミルに駆け寄ってそれを自慢するように見せた。

「綺麗に採れましたね。上手ですよ」

 エミルが頭を撫でると、エメは満足げに微笑んだ。

「これ、どうやって持って帰んの?」

「アイテムボックスを使うんだよ」

 アランの問いに、リカルドが手のひらを上に向けて広げた。一瞬だけ魔法紋が現れ、暗く空間が開かれる。空間に干渉し道具箱のように物を出し入れすることができる魔法だ。

 合計で十五片のマールム晶石を採取し、リカルドが手際良くアイテムボックスに収納する。再び魔法紋で空間を閉じると、次に魔法紋を広げたときに収納したときのままアイテムを取り出すことができるのだ。

 エメが物珍しそうに眺めているので、リカルドは腰を屈めて再びアイテムボックスを出した。

「アイテムボックスは大抵なんでもしまっておくことができるんだよ」リカルドはマールム晶石を取り出す。「さすがに食品はやめておいたほうがいいけどね」

 おお、と口を丸く開き、エメは感心したように手をたたく。リカルドは再びマールム晶石を収納してアイテムボックスを閉じ、エメの頭を優しく撫でた。

「アイテムボックスは誰でも取得できる空間魔法だから、きっとエメも頑張れば使えるようになるよ」

 エメは目を輝かせる。エメにとって、空間魔法はかなり優先度が低いのだが、いずれ覚えてもいいかもしれない。

「エメは【マナ感知】のスキルを持っているのかい」ディミトリ公爵が言う。「もしくはいま獲得したのかね?」

「前回の鑑定ではありませんでしたから、おそらくいま獲得したのだと思います」

「羨ましいものだ」

 エメが首を傾げるので、エミルは腰を屈めた。

「その名の通り、周囲のマナを感知するスキルですよ。今回のような素材集めに役立つほか、敵意に乗るマナなどを感知することができます。斥候役が羨ましがりますよ」

 エメはよくわからなかったようで、首を反対側に倒す。その愛らしさにエミルが一瞬だけ表情を固めたのを、ニコライは見逃さなかった。

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