5-4

 しかし【癒し手】でなければ彼らと出会うことはなかったのだと、ふとそんなことを思った。

 それが顔に出ていたのか、ラースが眉をひそめた。

「何か変なことを考えていないか?」

 エメはかぶりを振った。いまは自分の考えをラースに伝える術がない。口が利けたとしても、こんなことを考えていれば怒られたかもしれないが。

「いいか、エメ」ラースは続ける。「もし万が一、お前に何かあったとしたら、ユリアーネが発狂する」

 急に話の的にされ、それまで静観していたユリアーネが、ぐっと息を詰まらせてむせる。

「ラ、ラース様……私はそのようなことは……」

「確かにあるっスね」と、ニコライ。「坊ちゃんがいなくなっただけで大慌てだったっスもんね」

「ニコライ様! それは言わないでください!」

「ユリアーネさんはいつも冷静な方だと思っていました」

 表情を変えず、しかし意外そうにエミルが言うので、ユリアーネは茹でだこのように顔を真っ赤にした。

「いいか、エメ。もう勝手にいなくなるなよ」

 優しく諭すように言うラースに、エメは頷いた。

 出会わなかったかどうかなどということは、考えても意味のないことだと思った。こうして出会い、大事だとまで言ってもらえる。その事実だけで充分だ。


   *  *  *


「先輩。坊ちゃん、寝ちゃったっス」

 ニコライがそう言うので振り向くと、ニコライの肩に寄り掛かりエメが寝息を立てている。先ほどまで、ニコライが本の読み聞かせをしてやっていたのだ。

「また力尽きたか」

「今日は勉強いっぱいやったっスからね」

 流し見していた本を棚にしまい、ラースはエメを抱き上げる。完全に力の抜けきった体は少し重い。

 共同図書室を出ると、エメの部屋に向かいながら、ニコライが思い出したようにふと言った。

「俺、思ったんスけど、エメ坊ちゃんって自分が【癒し手】だから保護されてるだけって思ってたんじゃないスかね」

「そうだろうな」

 それはラースもなんとなく思っていたことだった。エメは【癒し手】として盗賊団に捕らわれていた。それは最上位エクストラスキル保有者として利用されていただけのこと。エメが自分自身の価値を「最上位エクストラスキル【癒し手】を持つ者だから」と思っている可能性は高い。そうでないことを少しずつ伝えていけたらいいのだが、とラースは心の中で呟いた。

「でも、坊ちゃんがひとりで部屋を抜け出すのは、城の者を信用してきてるってことっスよね」

「なにのん気なこと言ってんだ」

「だあーってそうじゃないスかあ。もしこれが敵だらけだって思ってたら、部屋から一歩も出ないっスよ」

「良いように考えたら、だな」

「まあまあ。良いように考えましょうよ。は~、それにしても、坊ちゃんの寝顔はやっぱり天使だな~」

 エメの顔を覗き込んでニコライがだらしなく笑うので、ラースは溜め息を落とした。この部下がいると、溜め息をつかない日がない。

「まーた溜め息ついて。幸せが逃げるっスよ?」

「お前のせいでついてるんだがな」

「ハハ」

「なにがハハだ」

「でも、いつか坊ちゃんが、ここに来てよかったって思う日がくるといいっスね。そんなこと言われたら俺、たぶん天に昇ってしまうと思うんスよね」

「さっさと昇ってしまえ」

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