5-2

 食堂に行くと、メイド長がふたりにお辞儀をする。

「おはようございます。今日は少し趣向を変えて、コーンスープを作ってみましたよ」

 メイド長がテーブルに置いた皿には、黄色い液体が乗っている。その名の通り、コーンの香りがする。いままで食べて来たクッキーやマドレーヌと違い温かい。

 スプーンですくって一口飲んでみると、とても甘く、少しだけしょっぱい。少し熱いのが心地良い。

「パンにつけて食べると美味しゅうございますよ」

 そう言ってメイド長が丸いパンの乗ったかごをテーブルに置いた。彼女がそう言うなら間違いないのだろう。言われるがままにパンを手に取り、千切ってスープに浸けてみる。スープが垂れないように気を付けながら食べてみると、コーンスープの甘さとパンの甘さが合わさって、とても美味しかった。いかがですか、とメイド長が覗き込んでくるので、エメはこくこくと頷いて見せる。

 エメが何かを食べているとき、ニコライとメイド長はいつもニコニコしている。なぜか嬉しそうだ。なにがそんなに嬉しいのだろう、とエメはいつもそう思っている。

 パンをひとつ食べ終えたところで、お腹がいっぱいになってしまう。メイド長に深々とお辞儀をすると、メイド長は、お粗末様でした、と微笑む。

「いっぱい食べたっスね」

 そう言ってニコライがエメの頭を撫でた。いっぱい食べることは良いことなのか、とエメはそんなことを考えた。

「今日からエミルの授業っスね。エミルは厳しいっスよ」

 エミルという青年は、表情がほとんど動かない。怖い人なのかもしれないと思ったが、本当はとても優しい人なのだろう、とエメは思った。視線を合わせてくれるし、手に触れてもいいかと訊いてくれる。ニコライが言うなら厳しい人なのかもしれないが、きっとエメが嫌がるようなことはしない優しい人なのだろう。

「エミルの授業は午後っスね。何してましょうか」

 授業というのは、おそらく勉強のことだろう、とエメは思った。いままでに勉強をしたことは一度もない。ニコライの言う通りに厳しかったとしても、少し楽しみだ。

 ニコライを連れて、エメは中庭に出た。

 中庭にはたくさんの花壇があり、花が一面に咲き誇っている。綺麗に整った木も植えられている。こんな綺麗なところは見たことがない。前のところにいたときはずっと建物の中にいたから、当然と言えば当然なのだが。

 犬の鳴き声が聞こえた。中庭の奥から、サバが駆け寄って来る。エメは腰を屈めてサバを抱き締めた。白い毛玉に顔がついたような丸っこい犬。触り心地はとてもふわふわで、思わず顔をうずめたくなる。サバは嬉しそうに尻尾を振っている。エメもサバに会えるととても嬉しい。

「坊ちゃんはサバと仲良しっスね。ちょっと妬けるっス」

 やける、とはどういう意味だろう、とエメは思った。ニコライの言うことはやはり難しい。

「エメ坊ちゃまはまだお声が出ないのね……」

「お可哀想に……」

 ふとささやく声が聞こえ、エメは廊下を見た。ふたりの侍女がこちらを見ている。エメはうつむいた。前にいたところで言われたことを思い出していた。

 ――こいつ、いくら殴っても声を上げねえんだよな。

 ――気味が悪いな。

 前にいた場所では嫌なことばかりだった。だからあまり思い出したくない。でも、こういうときにふと思い出してしまうのだ。これは、誰にも打ち明けたことがない。

 ふたりの侍女が、はあ、と息をついた。

「きっととてもお可愛らしいお声なのでしょうね!」

「それはもう鈴を転がすようなお声に違いありませんわ!」

 そう言ってまたふたりが息をつくので、エメはきょとんと目を丸くした。そばにいたニコライが笑う。

「侍女にとって妄想って娯楽なんでしょうね」

 その声には少し、呆れたような色が込められていた。

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