レゾナント・レイルウェイ 僕の街に来た戦争

米田淳一

第1話 レゾナント・レイルウェイ

 ぼくは線路の側の家に住んでいる。

 幼い頃からそれを通る列車と、その列車が結ぶ遥か遠くの街や峠、大河を夢見てぼくは胸をときめかせてきた。

 僕の祖父は鉄道職員だった。だからよく列車に乗せてくれた。列車の旅が嬉しくて車内を走り回るぼくを、祖父は危ないからと列車の乗務員用の小部屋に押し込めたものだ。そういう列車は峠越えで故障することもあった。その時、反対側の線路に止まった列車に、ネコを連れた女の子が乗っているのを見たのだった。灰色の列車に彼女の帽子は花を添えるような鮮やかな緑色で、ぼくは乗務員室の窓を開けて手を振った。彼女ははにかんで手を振り替えしてくれた。今から何年前かわからない、夏の日の思い出。

 それからぼくは学校に通い、仲間と過ごすようになった。鉄道の好きな仲間と鉄道模型クラブを作ったりもした。下手くそな鉄道模型とジオラマしか作れなかった。ぼくらの手では接着剤は暴れ、塗料ははみ出し、レールはぐにゃぐにゃにしか敷けなかった。でもそれが楽しかった。クラブでの旅行でまた峠とその向こうの大河、さらにそのほとりの首都に旅行もした。首都にはずっと昔に廃止された寝台客車や蒸気機関車が保存されている。ぼくらは博物館のそれに目を輝かせた。そしてその旅行から帰ったぼくは夢の中で夢の列車を設計し、運転し、それに乗って楽しむのだった。

 でもぼくは鉄道員になる夢を叶えることはできなかった。友人の何人かは鉄道員になって、ぼくに気遣ったのか、車両基地や駅といった彼らの職場にぼくを招いていろいろ見学させてくれた。他の友人も会社に勤めたり、木こりになったり、中には大学に行って勉強して、とうとうこの国ではもう勉強できないほど難しい研究をすることになって海外へ行った。でもぼくは結局、そのどれにもなれずに、家の中に鬱屈して、夢の列車の夢を絵や文章や模型にしながら、親のすねをかじるだけの日々に落ち込んでいた。それでも親はいやな顔ひとつしないし、模型を時々地域の交流センターで運転すると幼い子供たちが喜んでくれて、それでぼくはうれしかった。

 そうしている日々が変わり始めた。国がいつのまにか傾いて、親の収入が減り始めた。ロウソクのように細って消えゆくぼくの家の経済を救うため、ぼくはバイトを探した。

 一つ目は鉄道模型店だった。もちろん好きな仕事だったし、苦しいよりも楽しいことが多くて良かったのだが、マネージャーがぼくの交流センターでの模型運転会をやめるように言い出した。よくわからない理由だった。模型店の秘密保持に関わるのか、模型店の模型を持ち出すと思われたのか。そういう良くない奴がぼくの前にこの模型店にいたのだろうか。結局よくわからないけどぼくはいやな気持になり、そのうた風邪引いて休んだときにもう行きたくなくなり、電話で仕事をやめることを知らせて辞めた。模型店の制服のエプロンは洗濯して宅配で返した。好きな模型店だったけど、もう行けない。でも程なくしてその模型店は店を畳んでしまった。

 次のバイトはショッピングモールのドラッグストアだった。ぼくは採用されてがんばって仕事を覚えようとした。でもレジ打ちを毎回間違えてしまうのだった。間違えてはいけないと緊張すればするほど、手も目もちぐはぐになってミスになった。そして品出しの仕事をすれば、広い店内で迷子になるし、お客さんに聞かれた売り場のこともわかんなくて怒られた。度々失敗してヘルプを呼ぼうとインカムを使うと口調がおかしいと叱られた。そして、そうやっているうちに品出しのカートに寄りかかってぼくは息が苦しくなり、動悸で冷や汗をドバッとかいて、あ、これはもうだめだと思った。それでまた仕事を辞めた。制服はまた宅配で返却した。

 そんな使えないぼくでも、見習いで働いている分の時給が貰えたのは嬉しかった。でも家でうじうじと模型をしているのは辛いものだった。そういうとき、ぼくは切符を買って鉄道に乗った。鉄道の数々の思い出と夢はぼくを支えてくれた。

 そうしているとき、木こりになった友人がぼくを訪ねてきた。彼は出版社に勤めたのち、なぜかこの小さな街の森をメンテする木こりになったのだった。

 話をするうちに、彼は「バイトならこんなのあるよ」と教えてくれた。それはホームページの更新の仕事だった。ぼくでもできるかなと言ったら、できるんじゃない?と彼は笑った。

 ぼくはそのバイトの面接のために列車に乗った。バイトの会社は首都にある。ぼくの街から通うのはしんどいけれど、仕事はリモートで良い、ということだった。それならやれるかもしれない。ぼくはその会社のオフィスで面接を受けた。女性もマネージャーはぼくの話でケラケラと笑ってくれた。そして渡されたノートパソコンを操作してちょっとした作文をすることになった。実技試験と言うことらしい。ぼくはいつものように普通に作文した。速いね、と褒められたけれど、その日はそれで終わりだった。でもマネージャーは帰りに、そのオフィスのあるビルのホールに誘ってくれた。ここから駅が見えるわ、といってみると、首都中央駅がものすごい迫力で眺められる絶景だった。鉄道ファンに見せたかった、と彼女は笑った。でも採用かどうかは知らされなかった。

 それからぼくは鬱屈の日々に戻り、多分落ちたな、と思って別の仕事を探していたとき、突然採用のメールが来た。他に6人採用枠を争ったのだが、ぼくはそれで残ったらしい。

 仕事の研修にまた首都に列車で行った。でも通うととんでもなく時間がかかるので、ぼくは夜は首都のゲストハウスに泊まって、昼は会社で研修する生活にすることを決めていた。幸いゲストハウスは安く、会社の時給はなかなか良いはずらしいので、親に借金したのだった。

 研修を終えて、ぼくは在宅でホームページの更新をする仕事に就いた。ホームページはニュースサイトの更新だった。とはいっても有名なものではなく、小さめの電器店のやっているポータルサイトのニュースコーナーなのだった。勤めるとき「このページはニュースが本体じゃない。ショッピングのページなんだからね」と言われた。そんなものかなと思ったけど、特になんとも思わなかった。ニュースはお客さんを一秒でも長くページに滞在させるためのネタに過ぎないのだったが、そんなもんだろうと思った。

 ぼくはそのページの夜勤スタッフになった。ウェブニュースサイトはAIでやってるように見えるし、ぼくもそう思っていたのだが、実は人間がよってたかって更新しているのだった。ニュースを送る通信社や出版社からの記事を読み、どれを掲載するか選び、見出しの字数を整え、その他いろいろホームページの書式にあわせて写真をトリミングしたりして、最後に仕事用チャットでどこそこのどういうニュースをどこにアップしたか報告する。それが仕事だった。そんなのを20分に最低1本やるのがノルマだった。その上で、その記事にはいろいろなルールがある。自殺の記事に自殺の見出しを付けちゃいけない、とか、文字で使っちゃいけない記号があるとか、さらにはマフィア賛美や女性差別、さらには流行りだしていたフェイクニュースなどは見分けて載せないように、と言われた。仕事にはディレクターがいて、そういうガイドラインから外れないように見てくれるのだった。でも夜中はディレクターは休みなので、ぼくはスクショを撮って報告するのだった。

 稼働に入り、ニュースを読んで加工してサイトに載せる夜勤をぼくは楽しむようになった。時々ヘマをしたのだが、会社はただ叱るより心配してくれるので、ぼくはそれに応えるようにがんばった。いつしかそういう夜勤が性に合ってるように思えてきた。ニュースを読むのは好きだし、休みもちゃんと取れるし、時給も良かったので、すごく幸せだった。当てもなく模型をやっていた日々から離れ、ぼくはちょっとした未来のことを考える余裕も出てきた。

 そんな日々の中で、自分の国が隣の国と領土でもめていることや、政治が不安定だったり、経済がイマイチでみんなシンドイことなどを次々とページに掲載していく作業を続けた。国は傾いてるのかな、と思ったけど、それでも争いは遠くのニュースでしか知らない話だった。

 でもそれは着実に迫ってきていた。ぼくはニュースの異変に気付いた。ぼくの国の大臣が妙な勢力と近づいている、と言う記事だった。それは隣の国とイデオロギーで繋がっている団体だった。大臣は老齢だったがぼくの国が今の政治になったときにすでに政治家だったベテラン。なぜそんな人が?と思った。そこでぼくはそれをすぐアップしないで、パソコンのメモにして置いて待つことにした。普通そういうニュースはあとから別の通信社からも同じのが来る。それを確認したかったのだ。だが、なかなか来ない。ディレクターがなせアップしないのかを聞いてきた。素直に報告すると、それは君の仕事じゃない、と言われたので、仕方なくそれをアップした。ずっと遅れてその日のシフトが終わる頃に同じニュースが別の会社から来た。不審だったが、まあそう言うこともあるのかなと思った。

 だが、それは今思えばそれがきっかけだったのかも知れない。いつのまにかぼくの国を囲むように隣の国が軍隊を動員し配置していることが知らされた。隣の国は国際社会から制裁を受けていてそれほど金がないはずだったが、その金を軍隊の動員に使ったのだ。名目は訓練ということになっていたが、それにしては動員にお金をかけすぎている。そう思ったけどぼくはその頃はシフトに入ってなかった。そうしているうちに、隣の国の軍隊はぼくの国のマイノリティを救出するため、と言って国境を越えてきた。

 戦争が始まったのだった。


 ぼくは驚いていたが、ニュースの仕事はそのままだったので、在宅勤務のシフトに入ると普通に記事を選んだ。とは言ってもほとんどが戦争の記事だった。電器店のサイトのニュース欄が全て戦争になった。そこで会社は同時に掲載する戦争のニュースの上限数を決めた。そこでぼくらバイトは、戦争のニュースの洪水の中からなんとか動物園のアライグマに子供が生まれたとか、可愛いネコの写真付きのネコカフェの取材記事とかを探して掲載した。でもそうするうちに、隣の国の軍隊、敵の軍隊は首都に迫っていた。国境からぼくの国の首都は近すぎるのだ。

 やたら外が騒がしいなと思ったら、ヘリコプターの大編隊だった。国籍マークは見られなかったが、ぼくはバイトで読んだ記事にそのヘリがぼくの国の政府を一気に打倒してしまう斬首作戦を仕掛けた敵軍の空挺部隊だと知った。ぼくの国の政府はそれに耐えた。空港に降りた敵空挺部隊は援護を受けられず全滅した。でもそれで空港はひとつ使えなくなったらしい。敵の援護の戦闘機も飛来していたが、それも味方戦闘機が奇跡的な働きをして阻止したという。ホントかな、と思う大活躍だったが、隣の国は世界有数の強力な軍隊を持っているので、対抗上そういう英雄の話にすがりたくなるのもそうだなと思った。ぼくはそれもまたシフトに入ってホームページにアップした。

 シフト明けの疲れたぼくの家を、木こりが訪ねてきた。

「もう鉄道趣味もできなくなるな。オレ、予備兵の資格持ってて、昨日動員がかかった」

 ええっ。

「まあ、仕方が無いけどな。これからは鉄道を楽しむこともできなくなる。撮り鉄すれば警察に捕まる。鉄道はこういうとき、兵器になるからな。敵はすでにそれを使って大量の戦車や軍事車両や物資を運んで集めてる」

 でも、そういう事なのになんでインターネットが使えるんだろう。まっさきに遮断されそうだけど。

「妨害はしてるだろうよ。敵はそれが得意だって言ってた。でもこの国も死に物狂いでそれを阻止してる」

 そうなのか……でもそれでぼくは商売のためのニュースコーナーを更新してる。

「誰かがそれで救われてるかも知れないんだ。がんばれ」

 そうかも知れない。

「紙幣が紙くずになるかもしれないけどな。クルマのガソリン、満タンにしてあるか」

 してない。

「バカだなあ。こういうときは真っ先に確保しとかないと」

 もう遅いか。

「ああ。あ、あいつも来た」

 鉄道員になった友人だ。

「インフラは真っ先に狙われるって言ってたけどその通りさ。鉄道ダイヤのシステムがやられて。今全部手動で列車を走らせてる。懐かしのタブレット使ってるよ」

「いつの時代だよ。じーさんの頃じゃないか」

「ああ。敵もこっちも経済おかしくなってるのもあって、ものすごく昔の世界に巻き戻ってる。それでも軍用列車を優先で走らせないと、うちの国なんて1週間持たないと思う」

「そうはしたくないからな」

「あ、お前、予備兵か」

「ああ。サバゲーやるついでに教育受けてたらこれだ。でもオレ、弾がプラのエアガンだから良かったんで、鉛玉やりとりする戦争なんてやだぜ」

「みんなそうさ」

 ぼくが溜息をついたそのとき、轟音が駆け抜けていった。

「敵機だ!」

「本当か」

「うちの国の空軍が持つわけないだろ」

 そりゃそうだ。

「鉄道の操車場も駅も空襲で狙われる。気をつけてな」

「気をつけて避けられれば良いんだけどな」

 ぼくは彼らがうらやましくなった。この事態でもやることがある。

「この町、首都への道にあるから、多分敵に破壊されるだろう」

「クラブ顧問のじーさんの作った鉄道模型ジオラマ、あれも残せないだろうな」

「家一軒使ったジオラマだったけどな。随分あそこで遊んだけど、敵はそんなこと知らないだろう。話じゃ学校や病院まで爆撃されてるらしい」

「狂ってる。なにがマイノリティ保護だ」

「でもそれを疑わない連中がいるからな。だから、お前、ニュースサイトがんばれ」

 え、だって。

「こういうときにニュースはすごく大事なんだ」

 そんな力ないよ。

「ニュースは、ただ更新されてるだけでも値打ちがある」

 そうなのかな。

「わかんないか? まあいい。そろそろ軍の迎えが来る」

「オレも駅に戻らないと」

 そうか……。

「じゃあ、な」


 ぼくは家でシフト通りに働きながら考え続けていた。ぼくのなにがいけないからこうなるんだ?となぜか自分を責めた。じいさんのすごく精密な鉄道模型ジオラマも、みんなで騒ぎながら撮った鉄道写真も、調べて楽しかった鉄道ダイヤもみんなダメになる。鉄道は全て戦争の道具だからだ。

 すでに敵に落ちた国境近くの街の廃墟の写真には、がれきに混じってアニメのキャラクターグッズが悲しく転がっていた。

 なにがマイノリティ保護だ。嘘つけ。そのためにぼくらの住処と、思い出の詰まった街を廃墟にして良いわけがないだろ。ふざけんなよ。


 そう思いながらニュースを選ぶと、わが国の国防当局も結構雑な仕事するなあ、と思えてきた。コンピュータゲームの空中戦と実際の空中戦を混同してたり、戦闘での死者数が明らかに過大だったり。でもそれが戦争だ。双方死に物狂いになってるのにそんな数字を管理できるものか。首都の地下鉄は防空壕になっているらしい。最近新車入れた地下鉄がそうなってしまうのは仕方ないが、ホント、敵国を恨む。何もなければ新車を迎えたお祝いムードだったはずなのに。

 食べ物の備蓄が心細くなった。買い物に出かけると、人々は気の抜けた幽霊のように街をあるき、欠品だらけのスーパーの棚をうつろに見つめていた。その帰りに空を見上げると、遠くに落下傘がいくつも見えた。敵の空挺作戦! でもそれはすでに2回失敗したはず! なんで虎の子の空挺部隊を同じ失敗するところに3度も投入するのか。気持が荒れてきた。こんなバカな指導者や将軍のせいで、彼らも我々もなんの理由もなく死ぬのだ。なんという不条理! 余りの怒りに吐きそうになった。


 なんとかジャガイモを手に入れられたので、夕餉はそれをふかすことにした。それを食べるとまだ味がした。大丈夫だ。まだ。

 でもこれの直前までコロナウイルスでひどい生活だったのも思い出した。なんだよ、コロナの次は戦争かよ。ふざけんなよ。ぼく、なんか悪いことしました? そう思ってまたニュースを選ぶと、遠くの国が楽しそうに旧正月を祝ってて、正直ムッとする。彼らも悪くないのだ。だが、ムッとしてしまう。コロナが彼らのせいだという説は信じないけど、敵を彼らが支援してるという話はいかにもやりそうだなと思う。彼らはまとめて国連で徹底的に批判されてるが、彼らがそんなことを気にする神経があればこんな戦争なんかしないだろう。まさしく狂ってる。

 そうやっていると、街のサイレンが鳴り出した。そして駅の方で列車の汽笛が鳴っている。それも非常汽笛だ! どうしたんだろう?! 続いて……これは発砲音! 戦闘だ!

 ぼくは仕事用チャットに戦闘が始まった、と送った。こんなことになるとは想像もしなかったが、現実になってしまった。


「大丈夫か!」

 駅員がぼくの家に転がり込んできた。

「敵だ! 駅がやられた!」

 なんてことだ!

「運行システムのクラックで混乱させられたとこに敵が列車で突入してきた!」

「空襲じゃないのか?」

「空は誰のものでもない。味方の高射ミサイルと同盟国のAWACSが防いでる」

「えっ、同盟あっても参戦しないって言ってたのに」

「遠くから監視してるだけだから参戦って事にならないらしい。敵がそれを攻撃したら、同盟国は容赦なく敵をぺんぺん草一本残らず焼き払う。だから敵も手が出せない」

「なんでそんなとこに何度も突撃してんだよ」

「敵の大統領に聞いてくれよ。馬鹿げすぎてる」

「そりゃそうだけど……この街も戦場になるのか」

「もうなってるさ。昔先輩が作った架空の世界周遊列車の模型も残せない。じーさんのジオラマも。敵はそんなことわかってくれないからな」

「くそ、野蛮人め」

「よその国に戦車で突っ込んできて踏み荒らすような奴が野蛮でないわけ無いもんな」

「向こうの国防省はこっちの車両200両破壊して民間人と自軍の損害ゼロ、だって」

「んなわけあるか。すぐバレる稚拙な嘘流しやがって」

「でも信じるバカもいるからなあ。ニュースバイトやってて虚しくなる」

「そうだよなあ」

 ぼくらは息を吐いた。

「でもさ、おれたち、ここで屈服する?」

「だって」

「敵を追い出せないだろうか」

「武器あるの?」

「武器でないものを使うしかないけど」

「火炎瓶か?」

「いや」

 鉄道員が見つめている。

「良い物持ってるじゃん」

「え、これ?」


 数分後、充電完了したそれをぼくは操縦していた。

「駅の様子を見えるとこまで飛ばそう」

 白いプラスチック製のホビー用ドローンを使うのだ。

「敵に撃ち落とされる危険は?」

「操縦者が死なないんだから楽勝だよ。撃ち落とされても同じの用意すれば戦力は元通りだ」

「でもこれ、高かったんだぜ」

「戦争だから仕方がないさ」


 上空からドローンで駅を見下ろす。

「なんだありゃ?」

「灰色に塗られて追加装甲つけたディーゼル機関車に装甲客車に機銃搭載車……装甲列車だ!」

「あんなもん現役につかってるのか! 大戦中の遺物かと思ってた」

「鉄道を爆破されたときに線路直しながら同時にパルチザンと戦える、割と便利なもんだからなあ」

「航空攻撃されないのか?」

「この空はどっちのもんでもまだ無い」

「じゃあ、あいつの我が物顔じゃないか」

「この状態を味方に知らせられればなあ」

「普通にデータ送っても、今そういうとこ灰色に目一杯だろう」

「……普通でなければ良いのかも!」

「えっ」


 ぼくはドローンの画像を回収して、いつものバイトのニュースサイトに出す記事に貼り付けた。

「怒られるだろ? こんなことしたら」

「でも敵に良いようにやられるのはいやだ。ジオラマも模型列車も守りたいし」

 そう言ってぼくはいつもの通り、アップロードボタンを押した。

「これで気付いてくれれば良いんだが」

 その時、物音が家の外で聞こえた。

「敵か!?」

 ぼくの家に銃はない。近所の多くの家ではこうなると察して事前に銃を用意したらしいのだが、ぼくはそこまで気が回らなかった。

「静かに! カーテン閉めてあるか? パソコンの画面も隠して」

 ぼくらは息を殺した。ぼくらを探しているのだろうか。侵略者なのだからなにをされても不思議はない。

 だが。

「シャッター音?」

 目を見合わせた。

 そして足音は去っていった。

「鉄道、撮ってたみたいだな」

「なんだよ、あいつらも鉄道マニアだったのか」

「なんか、戦争だって知らされずにこういうとこに突っ込まされてるらしいよ。敵国兵」

「なんだよ……あいつらも被害者か」

 気持が複雑になってまた吐きそうだ。

「でも、そんなあいつらをこれから殺すんだよな」

「戦争だもの。いやならやらなきゃ良いだけだったのに」

「そうだけど」

「正直、見たくなかったな……いやなもんだ」


「どうやってここをあとにする?」

「できないよ。ぼく、ここでしか生活したことがない。避難って言ったって、ここまでの生活全部捨てるなんて簡単にできてたまるか。ぼくは残る。ぼくと先輩とじーさんとの思い出の詰まったこの街で死ぬ」

「そんな」

「逃げたところで死なない保証なんてない」

「そうだけども」

「それにジオラマも模型も、じーさんと先輩の命そのものだってぐらい情熱注いであるんだ。捨てていくなんて無理」

「かといって味方が来てくれるかどうか。呼ぼうにも出たらバレて殺される」

「待つしか無いだろう」

「それもそうか……」


 遠くからディーゼルのうなりが聞こえてきた。

「くそ、戦車が来やがった」

「歩兵は?」

「多分随伴しているだろうな」

「そうか……これで最期か」

「ああ」

「でも、最期にこの鉄道に近い家にいられて、幸せだった」

 そのとたん、キレよくばっとガスの噴出する音がいくつも響いた。

「なんだ!」

 見ると、そこには釣り用のベストを着たり見慣れない迷彩の防弾チョッキを着た男たちが何か筒状の物を肩に担ぎ、そこから何かを次々と発射している。

「ジャベリン!」

 そう、彼らはわが国の武装民兵で、外国から渡された最新鋭携帯対戦車ミサイル・ジャベリンを装備している。本来はみんなでそろった軍服を着ないといけないのだが、それが間に合わなかったのだ。

 その彼らに向けてドドドッと大きくくぐもった発砲音。装甲列車の機銃の音だ。だが、ジャベリンミサイルはその機銃の射程外から攻撃できる。ミサイルはトップアタックモードで一度高く上がってから急降下して装甲列車の天井を狙う。装甲車両は天井までしっかり防弾するのは現実的ではないのでどうしても弱点になる。それをミサイルは突き破り、爆破した。それも機銃搭載車だけでなく、指揮車や機関車までそうやって次々と破壊したのだ。

「装甲列車が……あっけなさ過ぎる」

 そこに攻撃ヘリがやってきたが、それも民兵の放ったスティンガーミサイルが襲う。ヘリはフレアとチャフを撒いて回避しようとするが、2発放たれたミサイルの2発目を避けることはできなかった。ヘリはローターが吹き飛んでそのまま落ちた。


 民兵がぼくの家にやってきた。周りは民兵がパトロールして安全になった。

 畑の真ん中に落ちたヘリの残骸を見に行くと、もう救出されたのか死んだのか、コックピットは無人だった。それほど大きく壊れてないのはヘリ特有のオートローテーションで軟着陸できたためだろうか。計器板を見た。彼女の写真があるのかな、映画だとよくある、と思って探すと、可愛いネコを抱いたセーター姿の男性の写真があった。パイロットだろうか……これも見なきゃ良かった、とぼくは軽く後悔した。余所の国とは言え、ネコ、飼い主失ったら可哀想だよなあ……。今も飼い主の帰りを待ってるんだろうし。

 駅に向かうと、装甲列車はまだ破壊されたそのままだった。他の敵軍用列車も行き場もなく燃料も弾薬もなくわが民兵に投降するしかなかったようだ。機銃が破壊され装甲を破られ薄い青い煙を吐く装甲列車は、異様と言うよりどこかもの悲しげだった。機関車もこんな使われ方でなく、人々の旅や生活を載せて走る人生を送りたかっただろうに。心底この戦争を勝手に始めた独裁者が憎く思えるのだった。

 駅の一角に捕虜が集められていた。遠目に見ていたら、そのうち一人がなぜかカメラを持っていた。隣の敵国と我々は同じ言葉を使っている。だからこの戦争が馬鹿げているのだが、今はそれがありがたい。

「撮れてましたか?」

 捕虜たちにそう聞く。みんな不審がっているが、そのカメラの彼が答えた。

「もちろん!」

 声が返ってきた。

「というか、生きてたの?」

「ああ。こんなことで死んでたまるか。どうやっても鉄道全駅制覇するつもりだったからな。戦争に動員されたのは予定外だが、この駅にはいつか来たかったんだ。まさか装甲列車で来るとは思いもしなかったが」

 ぼくは彼の言葉に感じ入っていた。鉄道マニアは国が違っても一緒なのか。

「これから鉄橋も列車もトンネルも自由に撮れなくなる。全部軍事施設扱いだからな。でも負けてたまるか。国が負けようが独裁者が吊されようが関係ない。俺はどうやっても全駅制覇する。どんなに自由のない国になっても、俺の心の中の自由は絶対明け渡さない」

「そうですよね」

「君も、そうだろう?」

「ええ……。でも、祖父の作ってた鉄道模型ジオラマが」

 彼の表情がさっと変わった。

「……なんということだ」

「戦争だから仕方ないけど」

「仕方ない? そんなことあってたまるか。そういう愛と熱意と魂の結晶を粗末にする奴には地獄の底こそふさわしい」

「でも」

「すまなかったな……20年以上もあいつを野放しにした俺たちにも責任がある。政治はそれを支えたものにも責任がある。だからちゃんと選ばないとダメだったんだ。次は間違えない」

「ほんと、そうしてください」


 その時、メガホンが鳴った。捕虜を移送する車が来たのだ。

「しんどいが、お互い、負けずに行こう。きっとこれは東洋で言う『エン』なのかも知れぬ。ゆえ、いつか一緒に駅巡りとかしたいものだ」

 彼はそう言う。

「でもぼく、乗り鉄ではなく模型鉄なので」

「いいじゃないか。鉄道好きはたいして違わない」

 彼は強引にそう言って笑ったが、そのままバスに乗せられていった。

 ぼくの隣に木こりが来た。木こりはいつのまにか迷彩服だった。聞くとあのジャベリンのうちの1発は木こりが放ったものらしい。

「ありがとう。すこし外してくれて」

「そういう機能は無いらしいけどな」

 木こりはそういうと息を吐いた。

「この街を守ることしか考えなかったからな」

「だから押し戻せるのかも。目的がシンプルだから」

「だが、侵略は続いてる。その間、俺たちの鉄道模型みたいに、プラモの戦車も戦艦も、エアガンもガンプラも、多くのジオラマもモデラーのアトリエも破壊され続ける」

「たまんないよなあ」

「だから、戦うしかない。こんなこと野放しにしちゃいけない。これはただの領土争いなんかじゃない。おれたちの心のよりどころ、文化を卑劣な侵略から守る戦いなんだ」

 彼はそう言うと、続けた。

「許さん。絶対許さん。なにがあっても許さん」

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