第14話 転生者 藤亜十兵衛と加藤威史

 北海の森の氏族の女王ソフィアと、鳴り子城城主の太田森須江之門おおたもりすえのもんが逢瀬を重ね続けている頃――。

 実質的実権を譲渡された加藤威史と、鎮西軍第八派遣隊において貴重な超人である藤亜十兵衛は、各部隊長や組長を集めた作戦会議を終えると人気のない場所へと移動した。

 人に聞かれては拙い内容であるが、双方共に今のうちに話しておきたかったことである。


「十兵衛、俺は森人の護衛として先に砦に移動する。鳴り子城陥落後は、お前には我が軍の殿しんがりをしてもらう。他に頼れる奴がいない。取り敢えず、明日は朝から野伏のぶせ(待ち伏せ攻撃)で少なくとも一日は時間を稼げ。二十名ほど足軽と森人の義勇兵をつけて、奇兵隊を臨時編制する。お前が隊長だ。甚八さんも副長として付ける。上手く使え。とにかく死ぬなよ」

「了解したぜ、アニキ。ただ万が一の時は、蘭だけは頼む」

「ああ、わかっている。それだけは守る。志津香しずか宛の遺言状にもしっかりと書いておいた。そこは心配するな。少なくとも妻の専属奴隷、最悪でも我が家の奴隷として預かる」

「有難う御座います。志津香さんなら蘭も喜びます。これで、とりあえず……後顧の憂いも無くなったかな」


 事も無げに言う加藤に、藤亜も気安く応える。

 両者とも、昼間とあまりにも違う口調。

 藤亜はまるで舎弟のような言葉遣いであり、それと同等の言葉遣いで応じる加藤。

 本家の家臣が見たならば、藤亜を打ち首にしてもおかしくないほどの無礼な言葉遣いだが、双方共に気にしていなかった。

 彼ら二人は特定の話題を話す時だけは、加藤はしずかを近くに置かないし、藤亜も蘭を遠ざける。

 これからの彼らの会話には、それだけの理由がある。

 今日は加藤威史から本題に切り込んだ。


「しっかし、参ったな。帝国の馬鹿ども、勇者召喚を阿保みたいな規模でするつもりだ。


 今この世界に、バスなんて乗り物は存在しない。

 少なくとも神州国には、まだ内燃機関で動く地上の乗り物自体が存在しない。

 無論、加藤が言ったバスとは、現代社会の日本で街中を走っている内燃機関で動くあれである。

 当然、高校もこの世界にはまだ無い。

 


「なろ○系の異世界転生みたいに、ウハウハしながら自分の頭で考える奴ならいいんだけど、色仕掛けで骨抜きにされた高校生とかは出来るだけ殺したくないなぁ……良心が痛む」

「テメェ、今まで散々斬り殺しておいて何言ってやがる。しかし、な○う系ねぇ……俺は読んだことがねぇから、どんな本か知らないが役に立つのか?」

「まぁ、この世界を受け入れる予習程度にはなるんじゃないですかね」


 まるで地球の学生か若者のような、身分の違いを完全に砕けた言葉使いと遣り取り。

 前世の記憶を元にした会話であるが、これを聞かれるのは――支配者により個人差があるとはいえ――支配者層に聞かれたら処刑すらありえるほど、この世界では極めて危険な会話なのだ。


「ったく、ただでさえ、この世界は転生者と転移者が暗躍して、ぐちゃぐちゃだっつーのに……これ以上、転移者を増やしてどうするんだよ。ここの神様どもは、どいつもこいつも狂ってやがる」

「そういうアニキだって軍事改革やら制度改革を掲げて、幕府の重鎮どもに喧嘩を売って歩いているじゃないですか。俺たち義兄弟にもお偉いさんから当てこすりがくるんで、本当に勘弁してくださいよ」

「仕方ねぇだろ。老害と口先だけの愚図どもに付き合っていたら、俺らが界獣に殺されちまう。折角手に入れた二度目の人生だ。邪魔する奴は、問答無用でぶっ殺す」

「それを本当に実行するから怖いんですけど……まあ偶然とはいえ、お互い転生者で助かったすよ」

「全くだ。そうでなければ、家督騒動あの時、お前の首を間違いなく刎ねていたからな」

「……アニキの一言は、マジに洒落にならない……」


 今でも思い出せる死の恐怖に、藤亜は顔を引き攣らせた。

 家督簒奪の時、養子に出していた藤亜が余りにも殺しすぎた始末を付けるべく、藤亜の実父の命令を受けて派遣されてきたのが、英傑として名が売れてきた異母兄弟の加藤だった。

 藤亜はあの時、お互いに異世界転生者だと分かったから殺されなかった。

 ただの無数にいる異母兄弟の一人だったら、加藤あには躊躇することなく藤亜おとうとの首を刎ねる。

 加藤威史とは、そういう男だった。


「で、どうします? 転生者おれたちとしては」

「どうするもこうするも無ぇよ。戦って、ブッ殺して、生き残るだけだ。運よく俺たちゃ超人に生まれたが、所詮は人間だ。超人でも限界値を少し超えてる程度。身体は頑丈でも、首を切られりゃ死ぬし、止血し損ねても死ぬ。一つぐらい、な能力が欲しかったぜ。幻魔〇戦みたいに、空を飛びながら派手なサイキックで戦いたかった」

「なに言ってるんですか、今でもアニキは十分チートですよ」

「俺のは血反吐吐きながら修行して身に付けた技術だ。他の奴らと一緒にするな」

転移者ゆうしゃと戦える時点で、十分チートでしょうに……」

「お前も魔法は出来るだろ」

「俺は日常魔法と肉体強化しか使えませんけど」

「……ワリィ、忘れてた」

「…………別に、気にしてませんけど」

「………………気にしてるじゃねぇか…………」


 不意に、ブチッと血管が切れる音が闇夜に響いた。


「アニキはまた、わざと言ってんでしょう! 俺だってメラ○ーマとメド○ーアとかイオ○ズンとか! 魔法を格好良く唱えながら、二刀流で魔法剣士とかしたかったんですよ! 判りますか!? 判ってくださいよ! この俺の悲しみをッ!!」

「攻撃魔法が使えねぇのは、お前のおつむと気合いが足りてぇんだよ! 第一、メラゾ○マとか知らねぇよ! 何のゲームだよ! 俺の中じゃ最強呪文はティ○トウェイトに決まってんだよ!」

「どうして、ド○クエをやらなかったんすか! それでも日本人ですか!? 今すぐ、すぎやま先生に土下座してくださいよ! 今すぐに!」

「RPGったら世界初の3Dダンジョンゲーム、ウィザー○リィに決まってんだろうが! 原点にして頂点! PC88版が至高なんだよ! ドラ○エなんざ必要ねぇ!」


 藤亜と加藤は無言のまま暫しの間、睨み合った。

 微妙に気まずい空気が流れる中、加藤は強引に話題を変えた。


「敵の、あの英傑……つーか、あの女騎士。今回あいつが一番ヤバい相手だが、あれは転生者だと思うか?」

「違う……と思います……あれは、この世界で生まれた本物の英傑じゃないですか? 前世を覚えている転生者なら、最低でも一回はクソ神らに会っているはず……馬鹿でない限り、界獣が出現するヤバさは理解できていると思う」

「だよなぁ……帝国側で森人狩りした上に勇者を召喚しようって時点で、この世界というか多元世界の仕組みを知らないってことだからな」

「ですよねぇ~」


 二人は疲れたように溜息を吐いた。

 戦いで肉体的にも疲れている上に、精神的に疲れては本当に来るものがある。

 もう特に話すようなことはない。

 明日も戦い、味方を守り、生き残るだけだ。


「あと、太刀これを貸しとく。後で返せよ」


 加藤は手元の太刀を藤亜に押しつけた。


「これ、アニキが特注で作らせた魔剣じゃないですか……いえ、有り難くお借りします」


 突然のことに藤亜も驚きはしたが、その真意を察して恭しく両手で太刀を受け取った。

 強度向上と殺傷力向上の魔術文字を刻んだ刀身は鉈よりも分厚く、反りの少ない長さ三尺を超える大太刀。

 しかも珍しい逆柄の特注品。

 逆柄は、一瞬でも早く敵に打ち込むためにと一部の流派で見られる特殊な形状。

 得物が幾つあっても足りない、長い戦いになるということだろう。


「転生者とはいえ、今はこの世界の住人だ。次も転生出来るとは限らねぇ。まずはちゃんと生き残って、お互いの女を大事にしようぜ。この世界を守るのは、その後だ」

「ういっす」


 やがて、二人は各々に準備された寝場所へと歩いて行った。

 月はまだ高く、夜明けまでまだまだ時間があった。


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