第43話 下級生

「安藤君、こっちです、こっちです~♪」


「おい、小枝! あんまり走るな!」


 博物館の内装や面白い仕掛けにテンションが上がったのか……はしゃぐ小枝。小走こばしりなのにもう見えなくなった。いったいどうなってるんだ、あいつの脚力きゃくりょくは。けていくのを必死で止めようと、俺も後を追う。


「キャッ!」


 すると、案内の電子掲示板を見ていた小柄な女子生徒とぶつかりそうになる。あちゃあ……小枝を制止するどころか、こっちが事故じこりそうになっちまった。


「あ、すいません。怪我けがは?」


「いえ、大丈夫です。少し驚いただけですので」


「そう、ならよかった」


 制服を見る限り、うちの生徒のようだが……見覚えのない女子。別の学年だろうか。


「あの、安藤さんですよね?」


「え? ああ、はい……まぁ」


「あ、ごめんなさい。いきなり失礼ですよね。その……バスで盛り上げてくださっていたので、覚えちゃいまして」


 なるほど同じバスに同乗していたのか。どうりで俺のことを知っているわけだ。うちのクラスだけバカ騒ぎしていたし……現に今も小枝は騒いでいるわけだし。


「私、1年の知花ちばなといいます。皆さんのやりとり、すごく楽しかったです。私の友達はその、少し戸惑ってましたけど」


「みなまで言わないでくれ……わかってるんだ、大馬鹿者だということは」


「い、いいえ! そんなことないです! 私、あんなことできないから……いえ、今のはすごいって意味で、その」


「いや、いいんだ。下級生たちに迷惑をかけて、こちらこそすまない」


「あ……その、なんかごめんなさい」


 なんか、お互いにしんみりしてしまった。


「あ、じゃあ俺、行くから」


「あ、はい。お時間いてしまってごめんなさい」


 なんだかよく謝る子だ……悪さをしたのはこっちなのに、これではいたたまれないではないか。でもまぁ、下級生だし、あまり気を使う必要もないか。

 下級生に別れを告げ、俺は小枝の消えていったルートを辿たどっていく。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 少し進んだ先で、小枝が従業員らしき女性に必死に何度も頭を下げていた。


(今度はこいつかよ)


 こいつはこいつで、こいつらしい謝り方というか、大胆というか。あんなスピードで館内を走ってれば、そりゃ関係者にも怒られるわけだ。


「だから、いわんこっちゃないっての」


 ♢♢♢


「博物館、楽しかったですぅ~」


 小枝と合流して美術館を回り、そのままの流れでバスの隣同士に座ることになった俺たち。


「走り回って、相当怒られてたけどな」


「うう、それに関してはすいませんでした~」


「あんまりうちの学校の品位を下げるな」


 こいつにならいくらあやまられたところで、まったく罪悪感はないんだがなぁ。先ほどのこと思い出し、俺は後部座席に少し目をやる。


 知花という子は隣の女子の話をうんうんと頷きながら聞いている様子。比較的、おとなしめな子なのかもしれない。


『ぐぅぅ~』


「あ?」


 ふと隣から聞こえる腹の虫。どうやらその犯人は小枝のようだ。


「お腹空きました……」


 信号待ちしているバスの窓から見えたのは精肉店。それに目を奪われつつ、小枝がボソッと呟く。


「もう少しで次の目的地だ。そこで弁当だから、我慢しろ」


「あ、安藤君。BBQセットの貸出しもしてるみたいです。食べたいです」


「やかましい。こっちまで腹が減るだろうが」


 最後まで名残惜しそうに精肉店を見つめている小枝であった。

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