第13話 ある日のアンドレ

 転校してきてから、早くも数日が経過した。


 朝の優雅な時間をカットされた分、俺は放課後に集中して勉強を行っている。家でももちろん勉強はするのだが、一つの環境だけに慣れてしまうと人間は飽きてしまい、かえって集中力をさまたげてしまう。そんなことから、俺は学校、ファーストフード店、喫茶店など、いろんな場所で勉強を行うことで集中力を洗練し、取り組む訓練を行っているのだ。

 ふふふ、この頭脳明晰さ……自画自賛をしてもバチは当たるまい。


「あのぉ、安藤君……気になってるんですけど、アンドレってなんでしょう?」


「……」


「みんな、そう呼んでいるので気になっているんです」


「……」


「教えてください。このままでは気になって夜しか寝られません」


「だー、やかましい!」


 夜だけ寝られればそれでいいだろうが! 

 放課後の教室にて。隣の席からやたら声をかけてくる小枝に俺はイラつき、声を荒げる。


「茶髪野郎が勝手につけたあだ名だ。俺は了承したつもりはないがな」


「あ~、壮ちゃんがやはり犯人でしたか。しかし、どうしてアンドレなのでしょう? かの男装の麗人が唯一心を許した殿方ですが……」


 こいつもやはり同じ考えに至るのか。


「は! もしかして安藤君はフランス貴族出身なのですか?」


「んなわけあるか。バリバリ日本人の顔しているだろうが」


「それもそうですね」


「語呂がいいからつけたんだろ。あだ名なんてそんなもんだ」


「そういえば、私もひよりだから『ぴよこ』ですもんね。安藤君、頭良いです」


「だれでもわかるだろ、そんなもの」


「でも、私は安藤君は安藤君って感じがいいんですけどね。アンドレ君は少しイメージが違うと言いますか」


「よくわからんが……」


 暇を持て余す小枝はやたらと俺に話しかけてくる。他の連中はいつもさっさと下校するので、大体こいつと二人きりになる。


「お前ももう帰っていいんだぞ? 戸締まりはきちんと俺がやる」


「そういうわけにはいきません。学級委員としての務めを放棄してしまえば、みんなに笑われてしまいます」


「誰も学級長に徹底した戸締とじまりまで求めていないと思うけどな」


「いいえ、学級委員の責任は岩よりも重く、その責務は海よりも深く……」


「へぇへぇ」


 俺は相手にするのをやめ、問題集に集中する。しばらく、お互いの無言の時間が続き……。


「あわてんぼうのサンタクロース♪ クリスマス前にやってきた♪」


 ふと歌い出す小枝であった。


「いそいでリンリンリン♪ いそいでリンリンリン♪」


「小枝、あのな……」


「はい、なんでしょう?」


「いや、なんでもない」


 歌うまいな……。

 わずかほどだったが、かなりの美声、それに心にスッっと入ってくるような心地良い感覚。猜疑心さいぎしんかたまりである俺とはまるで正反対なほどの人懐っこさもあって……。


(はっ!? 俺は何を考えているんだ?)


 こいつに情なんか芽生えさせてどうする。こんなことで集中力を削がれては、以前誓った目標は達成できない。他人なんか信用せず、一人でのし上がるために死に物狂いで努力すると誓ったではないか。ブレそうな気持ちを奮い立たせ、俺は帰り支度をする。


「あれ、もう終わりですか?」


「ああ、今日はもう帰る」


「でも、安藤君、いつもはもっと……」


「予定があったのを思い出した。お前ももう帰った方が良い」


「そうでしたか。では、また明日ですね」


「あぁ、暗くならないうちに帰れよ」


「はい♪」


 結局、近くの公園で続きをすることになった。強く言いすぎるのもかわいそうだし……こんな調子がいつまで続くのやら。

 小枝の奴……人を疑うことを知らないのか。極力、俺みたいなクズにはあまり関わって欲しくないが、なんせ向こうが放って置いてくれない。

 

 この頃の俺の悩みであった。

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