第14話

 またもやギリギリで学校についた。息を切らして席に着く僕を見て、秋が「おお」と目を見開く。


「今日も遅刻寸前だな」


 僕は鞄からペットボトルの水を取り出し、一気に咽喉に流し込んで言った。


「ちょっとな。最近寝不足なんだよ」

「朝まで夜のお勉強か?」

「夜の、はつかないけど。そんなところ」


 そっけなく僕が言うと、秋は面白くなさそうに肩をすくめる。


「外に出てたなら、昨日の騒動も見たんじゃないのかって期待したんだけどな」

「騒動?」

「おお。昨日の夜中に何人か吸血鬼に襲われたらしい」


 昨日の夜……僕はぐっすりベッドの中にいたはずだ。多分。


「だけど、とんでもなく礼儀正しい吸血鬼だったって話題になってんだ」

「は? 礼儀正しい?」


 吸血されて礼儀正しいもなにもあるのか? 命を吸われているのに。


「まあ普通はそう思うよな。だけどさ、後ろから声かけてきて『一万円で血を分けて下さいませんか?』なんて言ってくる吸血鬼がいるかって話だ」

「なんだよそれ……」


 まるであっちのお店じゃないか。しかも誘い文句がそれより胡散臭い。


「オーケーした人間はそのままホテルに連れてって、断った人間には迷惑代を払っていくらしい」

「迷惑代って」

「因みに実際に血を吸われた人の話によれば、ホテル代やらその後のタクシー代やら全部賄ってくれたって話。しかも、吸われる血の量はほんの少し」

「まてまて。一万貰えて、しかも送迎付き? 夢みたいな……いや」


 今現在、まったく同じ待遇を受けている僕が言えた事じゃないな。……だけど、僕のような人間が吸血鬼居住区に住めているのも、鳥羽さんの送迎を無料で受けられているのも、全部先輩の家のお陰だったんだよな。今までは、この島にいる吸血鬼全員がこんなVIP待遇を受けていると思っていたけど……やっぱり真祖の家系っていうのは特別らしい。


「夢みたいな話だろ。しかもそれが銀髪の超絶美人とくれば、男なら少しは傾きかけるよな?」

「その吸血鬼、女だったんだ……」


 確かに吸血鬼には美形が多いと聞くが。先輩も校内で女神扱いされるくらいだし……って、あれ? 先輩が崇められている理由って、それだけだったっけ?

 何かが頭の隅で弾けそうになった時、秋が言った。


「……おい、瑞希」

「……ん? なに?」


 秋は気遣わしげに眉をひそめる。茶味がかった髪をかきあげた。


「昨日のこと、まだ気にしてんのか? 言っただろ、あれは諦めろって」

「昨日のことって……?」

「月神夜だよ」

「ああ……」


 そういえば、秋は僕が先輩に告白して振られたって思ってるんだったな。


「それにお前、なんか今日は目が変だぞ。なんか熱っぽいっていうか」

「え……」

「まだ諦めてないのか?」

「そういう訳じゃないよ」

「じゃあどういう——」


 秋が言いかけた時、教室の前のドアが音を立てて開いた。担任の男性教師が出席簿を持って入ってくる。


「席付けよー。ホームルーム始めるぞー」


 秋は「また後で聞く」と小声で僕に言い残し、前に向きなおった。

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