第5話

「珍しいよな。瑞希が遅刻ギリギリなんて」


 朝のホームルームが終わり、十分休憩。僕の前の席の深島秋ふかじましゅうは、座ったままこちらに上半身を捻って言った。肘を机に載せてくる。


「お前、いつも結構早めに来てるだろ?」

「たまたま寝過ごしたんだよ」


 僕は頬杖を付いて答える。秋は一年時からの友人で、腐れ縁なのか二年時も同じクラスだ。先輩との関係は一年の時に始まったので、秋には言っていない。というか言えない。

 秋はにやりと笑い、ぐるりと体を回して椅子をまたいだ。顔を近づけてきて白い歯を覗かせる。


「おっとぉ……それは本当ですかな? 雨谷瑞希君」

「……なんで急にフルネーム?」


 眉をひそめると、秋はちっちっと人差し指を振った。なんかムカつくなと思っていたら、今度は声を低くして囁いてくる。


「瑞希。お前が今朝、どこで何をしていたのか……俺はよく知ってるんだぜ」

「おいおい……」


 不味いな。先輩と登校した事がバレるのはまだ大丈夫だが、それがきっかけで秘密までばれたら一大事だ。

 そんな僕の焦燥も知らず、秋はにやりと笑って言う。


「瑞希。お前は今日、あの校内一の美女と名高い月神夜つきかみよると校門に入ってきたな。それが何を意味するのか……俺には分かるぞ」

「秋、悪い事は言わない。あまり詮索はしないほうが良いぞ」


 諭すように言うが、秋はゆるゆると首を振った。


「違うんだ、瑞希。俺が言いたいのはな……」


 そのまま可哀そうなものを見るように僕を眺め、ぽんと肩に手を載せてくる。


「……なんだよ。その目」


 あまりに奇妙だったので尋ねれば、秋は深く頷いて言った。


「残念だったな、瑞希。告白は失敗だったんだろ?」

「……え?」

「辛かったよな……分かるぜ」

「…………」


 これはセーフ、だよな? 僕と先輩が一緒に登校した事もばれていないし。僕が勝手に振られたことになっているけど。

 しかしまあ、秋が勘違いしやすい性格で良かった……

 頭の中でこれから言うべき言葉を纏め、棒読みだと自覚しつつ三文芝居をうつ。


「あー……えっと。そうだな。残念だったよ」


 あっさり騙された秋は何度も頷く。

 

「そうかそうか。女の気配が一切しなかった瑞希も、あの月神夜には堕ちてしまったんだな……」

「うん。そうだねー」


 因みに、堕落することに関して先輩の右に出る者はいないと思う。


「超美人なうえに成績も学年トップ、体力テストも常にオール満点……しかも性格も良いとか、マジで女神だよな」

「そうだねー」


 吸血鬼だけど。神に仇なす存在だけど。


「三年生の男子とか、学年の半分が告って玉砕したらしいぜ。相当男の理想が高いんだろうな」

「だねー」


 絶対違う。たぶん面倒臭いだけだぞあの人。この前だってデートの誘いを断る口実に「彼氏のフリしてくれない?」とか言ってきたくらいだし。冗談だったけど。


「……いやはや、流石は月神夜ってところだな。それに、恋愛に関してはこんな名言がある。『夢なら高みを見上げろ。しかし恋なら横を見渡せ』ってな。要は身分を弁えろって事だ。地面には地味だけど綺麗な花が咲いてるもんだろ?」

「時々かっこいいこと言うよな。秋って……」

「褒めるなよ。照れるぜ」


 そう言って秋は爽やかに脱色した髪をかき上げる。かと思えばまた両肘を僕の机に突き、掌を組んでこちらを見上げた。


「……とまあ、お前の残念会はこれで一先ず終了だ」

「残念会って何だよ……」

「今日のニュースの本題に入ろう」

「なぜ皆ツッコミを無視する……」


 先輩と言い秋といい、この学校には一癖も二癖もある人間が多いと思います。まる。


「まあ落ち着けよ。あとで返事は纏めて書面で提出してやるから」

「纏めて⁉ しかも書面⁉」

「だから落ち着けって」


 どうどうと掌を上下させ、前のめりになった僕を押し戻す。机の引き出しからタブレットを取って、スワイプ操作でとあるニュース画面を表示させた。


「まず、これを見てくれ」


 覗き込むと、ネットニュース特有の誤読を誘う見出しの中に、『吸血鬼』『誘拐』という文字があった。


「……吸血鬼が人を誘拐したのか?」

「違うな。取りあえず最後まで読んでみろよ」

「ああ……」


 吸血鬼が誘拐したんじゃない? どういうことだ? 

 タブレットを秋から受け取り、記事全文を読んでいく。


『四月某日。妖魔と人間の共存を謳う学園都市内で、信じられないような事件が起きた。

 明け方の未明、巨大な火花のようなものが見えると匿名で通報があり、警察が駆け付けると、誰もいない路上に切り落とされた人の腕が一本放置されていたのだ。

 詳しい鑑定の結果、その腕は吸血鬼のものである事が判明。

 無限の蘇生能力を持つ吸血鬼がなぜ腕を落としていったのかは依然不明だが、警察は吸血鬼同士の異能を使用した争いがあったと見て捜査を進めている。なお、現場には何かを引きずったあとのような血痕が残されており、警察は誘拐事件の可能性も視野に入れ、妖魔対策課への協力要請も検討しているという』


 ……なるほど。確かに秋が興味を持ちそうな話題だな。吸血鬼同士の戦いなんて。


「結局、誘拐事件かどうかは分からないのか」

「俺は十中八九誘拐だと思ってるけどな。異能も使われたって言うし」

「どんな種類の異能かによって変わるだろ?」


 すると秋は訝しむように首をかたむけた。


「……お前、そんなに吸血鬼について詳しかったか?」

「あ、いや……この前、本屋で立ち読みしてさ。それで少し興味を持ったんだ」


 慌ててフォローを入れると、秋は「なるほど」と頷いた。罪悪感はあるものの、納得してくれて本当に助かる……と思った瞬間、秋は嬉しそうに身を乗り出してきた。


「という事は、使われた異能の種類についても分かるよな?」

「え、えーと……」


 まずい。それは考えてなかった。ていうか異能の種類なんて先輩の「影」くらいしか思い当たらないんだが。


「……どうだ?」

「……」


 そんな期待に満ち溢れた目で見るなよ……分からないって言いづらいだろ。

 真っすぐな瞳から目を逸らし、頭の中で必死に考える。異能権能、特殊能力…………うん、思いつかない。下手なこと言って恥かくよりかは正直に言った方がマシだな。


「えっと、だな。憶測だけど、例えば………」

「例えば?」

「他の何かを操れる能力? 例えば影とか光とか……」

「……」


 秋は唖然とした顔でこちらを見た。さらに直後、ぶふっと吹き出す。


「くくくっ……影に光? はははっ……」

「え、僕何か変なこと言った?」

「いや……そうじゃなくて。……たぶん、お前の読んだ本出鱈目だぞ」


 秋は小刻みに体を揺らし続ける。


「影とか光とか……そんな異能、あるわけないだろ……ああ、おかしい」

「いや、流石に無いとは……」

「無いよ。普通の吸血鬼にはそんな能力。神話の時代かよ」

「ええ……?」


 混乱する僕に、秋は聖書の教えを諭す宣教師のような顔で言う。


「俺が教えておいてやるよ。吸血鬼の異能にはどんなものがあって、どんな使い方をするのか。多分、拍子抜けすると思うぜ」

「はあ?」


 秋はそこでにやりと笑い、手に持ったタブレット端末をせわしなく操作し始めた。

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