第49話 魔方陣

 ルビノの剣を叩き折った俺は、意気軒昂で振り返った。


 見ると、ルビノの肩が大きく震えている。


 おっ!バーサーカーモードから正気に戻ったか?


 だがそんな俺の予想は覆された。


 ルビノの震えは肩だけに治まらず、次第に全身へと移っていった。


 ひどい痙攣を起こしているかの如く、ルビノの身体が激しく震える。


 なんだ?


 俺は眉根を寄せて、ルビノの様子をじっと凝視した。


 すると折れたはずの剣から、突如として黒い靄が爆発的に噴き出した。


 墨汁が圧力によって噴き出すようにして、刀身が浮かび上がる。


 「ちっ!剣が復活しやがった」


 俺が舌打ちしながらそうつぶやくと、ルビノがゆっくりと振り返った。


 闘技場を埋め尽くした大観衆が、沸き返る。


 ちっ、うるさいな。


 ルビノをよく見ろよ。


 どう見たって正気じゃない。


 ……いや、待てよ。さっきまでのバーサーカー状態とも違うようだぞ。


 ルビノの奴、完全に白目を剥いちまっている。 


 これじゃあ、何かに操られているようにしか見えないぜ。


 ……うん?操られている?


 俺はルビノの肩越しに見えるダスティ一味を睨みつけた。


 あいつらが何かしているのか?


 可能性があるとすれば、ウィザードのメリーザか。


 黒魔法使いだから、もしかしたらルビノの奴を操っている可能性はある。


 だが……。


 メリーザを見る限り、腕を組んで戦況を見守っているようにしか見えない。


 とてもじゃないが、ルビノを操っているようには見えないぞ。


 だがそれは他のメンバーも同じだ。


 何かをしているようにはまったく見えない。


 じゃあこのルビノの状態はなんだ?


 バーサーカーモードのさらに上位モードがあるとか?


 そんなの聞いたこともないが……俺もそんなに詳しくないからなあ。


 それにしても、あんな黒い液体が噴き上がっているだけで、剣として役に立つのだろうか?


 それともあれは、液体のように見えるだけでそうではないのか?


 俺がジッと目をこらして見つめていると、ルビノが剣をスッと上に掲げた。


 黒い靄が激しい勢いで天に向かって噴き上がる。


 その黒い噴水は、徐々に高く高く噴き上がっていく。


 おいおい、何をする気なんだよ。


 もう五メートルくらいにはなっているぞ。


 ていうか、まだ伸びてるし。


 観衆もワーワー言って騒いでるし、こっちから攻撃仕掛けてみるか?


 とか言ってる内に、十メートルはいってるぞ。


 なんだこれ。


 俺が思わず首を傾げた途端、黒い噴水が突如として爆発した。


 俺はあまりのことに仰天するも、咄嗟に後ろに向かって全力で飛んだ。


「ちいっ!」


 爆発は四方八方に黒い液体を飛散させ、津波のように襲いかかってくる。


 逃げ切れるか!?


 黒い津波がスローモーションで俺の頭上から迫り来る。


 俺はもう一蹴り、石床を蹴って飛び退る。


 するとギリギリ目の前を、黒いカーテンが静かに降りた。


 バシャッ!


 黒い液体が石床の上に覆い被さり、すべるように広がっていく。


 俺はもう一度床を蹴り、闘技場の外に逃れた。


 三十メートル四方の闘技場が、完全に黒く染まった。


 すると突然、闘技場全体から火の手が上がった。


 炎は凄まじい勢いで噴き上がり、空を焦がすかの如くであった。


 炎の高さは三十メートルは出ているだろう。


 まるで地獄の業火のようだ。


「なんなんだこれは!?」


 俺は予想もしていなかった展開に、思わずそう漏らした。


 すると炎の向こうで、闘技場が突如として輝きだした。


 俺は目をこらしてその輝きの正体を見た。


「魔方陣か!」


 黒く染まった闘技場の上には、光り輝く魔方陣が浮かび上がっていた。


 するとその瞬間、闘技場の中心部に立つルビノが黒く染まり始めた。


 なんだあれは?


 あの黒いのはルビノの剣から噴き出していた靄が大きくなったものか?


 ていうかあの野郎、この炎の中で生きているのか?


 俺はもうわけがわからなくなっていた。


 ルビノの野郎を軽くぶちのめしてやるつもりが、こいつは予想の斜め上を行く展開だぜ。


 すると炎の中で、黒い何かが揺らめきながら段々と大きくなっていくのが見えた。


 でかい。かなりでかい何かが蠢いている。


 俺は噴き上がった炎で視界が揺らめく中、それを必死に凝視して正体を定めようとした。


 すると、次第にその正体が見えてきた。


 俺は思わず、深く息を吐き出した。


 そして、正体を現わしたそいつに向かって、呆れ気味につぶやくのだった。


「野郎……よりにもよって悪魔を召喚しやがった……」

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