Part 10(End of chapter)
「えっ、いや――なに、ちょっとね」
「何事もやり過ぎないことです。やり過ぎると懲罰ですよ」
そう言い残して〈導き〉は、自分を押しのけて洞窟の中に入ってゆく。〈導き〉は、どうやらこの場では許してくれたようだ。
場面が転換する。朝の自分の部屋にいる。
頭を部屋の地下にいくつかコレクションし、最初にある者の首が消え去り、死に追いやった瞬間。
自らの高らかな笑い声が聞こえる。
いつの間にか〈導き〉が背後に立っている。
「あなたはやり過ぎましたね。懲罰です。貴方はきっと後悔しますよ」
〈導き〉が自分をきつく睨め付けて、去る。……
置部は目覚めた。実に嫌な記憶だった。最も嫌な記憶と云ってよい。〈導き〉に懲罰を課すと言われて、そろそろ二十年たつが、まだ何の沙汰もない。
〈導き〉は何らかの理由によって僕を罰することが出来ないんだ。置部はそう考えていた。あるいは僕は、やはりこの島のルールを超越しているのかもしれない。しかしながら、いつ懲罰を受けるかという恐怖は常にある。その一抹の不安を抱えながら、今まで過ごしてきたのだ。今はあの出来事が単なる白日夢のような気さえする。
もちろんこんなことは止めてしまおうと、時々は思う。しかし麻薬のような誘惑が、その都度やって来て止めることは出来なかった。これからもそうに違いない。僕は永遠に生きるのかもしれない。この島で。そんなことはないと判っていながら、そう思わせる二十年だった。
ふと、窪原のことを思い浮かべた。あいつはどんな夢を見ているのだろう。今日出会った頼子は。あるいは他に見かけた奴らは。
そんなことを考えながら、彼はまた眠りに落ちて行った。
*
島の住民にとって、待望の朝が近づいていた。
窪原は自分の居室に戻り、ベッドの上でまた夢を見ていた。顔が苦痛に歪んでいる。
頼子といっしょにいる夢を見ているのであった。……
……妻とふたりで並木の舗道を歩いている。色づき始めた木々。遠くに高層ビルが立ち並んでいるのが見える。
やわらかな陽射し。穏やかな午後。
人ごみ。雑踏。家族連れが多い。
歩き続けるうちに、公園と水族館が見えてくる。
青っぽいゲートをくぐると、左方に池のある公園があり、右側に水族館がある。
チケットを買って水族館に入場する。
「ここ、ずっと来たかったの」
妻がぽつりと言う。黙って、うなずく。
沈黙が続く。
水族館のコースの初めに、トンネルの水槽がある。
中央に立つと、まるで海底にいるようだ。
いろんな種類の魚が人工の海を流れてゆく。次々に。ただ流れてゆく。
まったく楽しめない。
その群れを、しばらく眺める。
周りでは子供連れの家族や、カップルたち。歓声を上げている。
それも見続ける。
俺たちは、なんて寂しい二人連れなのだろうか。
あそこにいる彼らは、なんて遠い存在なんだ。
胸が虚無感で満たされる。
無言のまま水族館を出て、公園を歩く。
いい天気だ。雲ひとつない青空。
小走りして妻の先を歩く。並んで歩いていることすら、もう耐えられない。
風が吹いてきて、あたりの木々を揺らす。
彼女が足早に自分を抜いてゆく。ぞっとするほどの無表情な横顔が、瞬間のぞく。
後ろから見る彼女の背中は、はかなげだ。そのまま公園の風景に四散してしまいそうだ。
硬直したような無意味な時の経過。……
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