Part 8
置部は、幾度となくこの洞窟を訪れているので、作業にすっかり慣れており手さぐりながらも、つまずくことなく進んでいく。
ある地点まで来ると立ち止まり、座って掘り始める。それは動物的な勘のようなものだった。彼の目は興奮のために潤んでいた。
置部の思惑に反して、頭はなかなか見つからなかった。行き当たりばったりで掘っているので、こういうこともあるのだ。
四、五箇所掘り続けて、ようやく頭が出てきた。土の中から取り出すと、長い髪の毛が置部の指に絡みついた。女の頭だった。暗闇の中、置部はそれを顔に近づけて仔細に眺めまわした。まるで珍しい大きな宝玉を見ているかのように。
頭は小さかった。子供のもののようだった。彼はさらに目を凝らした。置部はその顔に見覚えがあった。それは昨日、ちらっと見かけた双子の少女のうちのひとりだった。珍しい双子のうえに〈導き〉といっしょにいたので、置部の記憶に残っていたのである。
彼はまるで悪魔のような笑みを浮かべた。悲劇に結び付く格好の素材を手に入れたのである。自分のコレクションの中でも、最高のものになるだろうと彼は考えた。
置部は少女の頭を大事そうに抱え込むと、洞窟を出た。
帰る途中、眠気が襲ってきたが、彼は必死に耐えた。島の人々は、そろそろ眠りに入る頃だった。人々のの生活の隙間を突くように、置部は頭部を盗むのだ。
眠気と同時に夜を迎えた恐怖が沸き起こっていた。
見つかってはならない。どんなことがあっても眠ってはならない。置部は自分に言い聞かせていた。誰かに見つかって、怒りの人々の集団に袋叩きに会うよりも、この楽しみがなくなる方が怖かった。彼の生活を支えている唯一のものだからだ。
歩く度に、身体が重くなってくる。もう立っていられない。彼は何度も立ち止まりそうになりながら、歩を進めた。幾度となく登った坂を。
置部は倒れ込むようにして、自分の小屋に辿り着いた。
鍵を掛けるのと、眠りにつくのは、ほとんど同時だった。
*
窪原は自らの小屋で今日一日を振り返っていた。何もかも徒労に終わった一日を。肉体的な疲れは無かったが、精神的にかなりまいっていた。
皮膜が天井を漂っている。その灯りの中で、彼は泣きそうになるのを堪えていた。
窪原は床に置かれた自分の体を見つめた。左の下半身。死んだようになって動かない自らの体。こうならなければ、じっくり自分の体を見たことがなかった。他人のようなものの気がしたが、やはりそれは明らかに自分のそれだった。
もう体のどの部分も見つからないのかもしれない。島をくまなく探し歩いても、無駄骨なのかもしれない。そういう想いが、彼の頭をよぎった。
体が見つからないという絶望から、明日は自ら死を選ぶことになるかもしれない。そう思うと、彼は身震いした。
彼は死を考えた。死んだらどうなるのだろう。やはり、無になるのだろうか。それとも意識は途絶えることなく続くのだろうか。
仮に意識として誕生するのは、人間が始めで、順次下等な生物に生まれ変わるとしたら……。猿になって、哺乳類になり、三葉虫になり、細菌類になって、まるで進化の逆を辿るように、生まれ変わっていくとしたら……。窪原はそんなことを想像した。そうだとしたら、死も怖くないかもしれない。自らの、窪原秀弘としての意識が無くなるわけではないからだ。彼は肉体が滅びても、意識だけは続いて欲しかった。いや待てよ、彼は思う。自分の意識が、どんなものに生まれ変わっても未来永劫続いていくのは、それはそれで恐ろしい気もする。永遠に死なない自分。次々に下等な生物に生まれ変わる自分……。それも気が滅入る話だな。
窪原は、そう考えながら眠りに落ちていった。……
……白いシングルベッド。シーツと毛布が乱れたままになっている。
オレンジを基調とした部屋。温もりを感じる寝室。
窓にはカーテンが引いてある。そこからの光は感じられない。
紺色のスーツを着ているところだ。
幅広のネクタイを締めようとして、鏡を探す。
三面鏡のドレッサーを見つける。自分の部屋ではないようだ。
鏡に映る自分。二十代後半ぐらいの感じだ。複雑に歪んで、悲しげな顔。
ネクタイをきつく締めて、寝室を出る。
いちめんブルーシートが敷き詰められている広い部屋。
片隅にキッチンが付いている。大きな窓はカーテンが開かれていて、その外は暗い。
塗装しかけのプラスチックのプラトン立体が、いくつも置かれている。
きついラッカーの臭いがする。スプレー缶が床に落ちている。
木材や工具、その他雑多な物がたくさん転がっていて、何かの作業場のようだ。
……女がいる。それは昨日の夢の最後に出て来た女だ。
着色した発泡スチロールを、少しずつナイフで削っている。真剣な眼差し。
女の横顔を飽かず眺める。
沈黙が、しばらく続く。
しだいに、ざらざらとして虚しい気分。
「ごめんね。急ぎの仕事なんだ。これ」
女が口を開く。心地よい澄みきった響き。
「もう帰らなきゃいけない」
「そう。……やっぱり帰るんだ」
たまらなく切ない気分になる。
「亜矢香、また来週の金曜日に会おう」
「……今度の金曜日はデパートのディスプレイで、徹夜になるから会えないわ」
「そうか」
彼女の視線が自分に移る。すがるような目。その瞳に吸い込まれそうになる。
「じゃあ、その次の金曜日」
「うん」
逃げるようにして、扉を開けて部屋を出る。
自らの目に涙が滲んでくる。……
窪原は目覚めた。目には涙が溜まっていた。夢はつらいものだったが、女の名前が判ったので、それほど気分は悪くなかった。彼は夢の中で、確かに女の名前を言ったのだった。
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