第2話 中国について

 数年前に(おそらく2018年だったと思われます)習近平国家主席が、中国の憲法だったか、法律だったかを、改造し無期限で国家主席の座に、居座れるようにしました・・・。


 この時の有るヨーロッパの国のTV局のレポーターが、中国の一般市民に取材をし、そのときの質問に、


「・・・あとから、この状況を見直した時に、決して大袈裟ではなくて、大きな分岐点であった・・・とは思いませんか・・・?」


と、言うものが有りました。


 正直言って、この時の私の正直な感想は、ナチスドイツや、大日本帝国が、戦争へ傾いていく状況に、非常に良く似たものを感じていました。

 

 背筋を凍らせる思いをしたものです。

 

 当然今現在大変なのは、ウクライナですが・・・。


西暦2000年代の前半、要するに今から20年近く前になりますが、そのころの知人、友人と話しているときに、


「これからは、中国が進出してくるよ」


というものが、ありましたが、その当時の私はアホな学生。


「ふーん・・・。」(・・・って言われても、正直実感湧かないなぁ、なんか、まだ自転車で貧乏人が大量に、道路を渡ってるイメージ・・・。)


ぐらいの感覚でした。


しかし、その後の尖閣進出、チベット、ウイグル虐殺、ベトナムの油田をかすめ取り、フィリピンに嵐のあとに要塞を勝手に建設、オバマ大統領には、南シナ海の人工島を軍事利用しないとの約束したのに、それを反故・・・。


中国の覇権主義が牙をむいて襲い掛かって来るようです。


たしかに、中国の近現代は苦難の連続でした。欧米列強による植民地の分割統治。

のちに「百年国恥ひゃくねんこくち」と呼ばれるほどです。


あの国民的作家、司馬遼太郎先生も作品の中で、高杉晋作に「シナは、みじめなものだ・・・。」と、セリフを吐かせてるのが印象的でした。

 

私事になりますが、小さい頃からお世話になった、尊敬しているある先生が国語の先生だったので、因果なもので漢字や故事成語や四字熟語が好きな私にとって、「史記」、「論語」、「孫子」、「墨子」、「老子」などを、勝手に独学してくのは自明の理でした。


 そこには、中国が世界に誇る人間模様。精神の文化が埋め込まれており、始皇帝を暗殺しようとした,荊軻けいか、(傍若無人ぼうじゃくぶじんの故事で知られる)

 

 乱れに乱れた世を、ナントカしようと必死にもがいて、「やんぬるかな」と言った孔子、その弟子の顔回、子路、子貢、など。


 「兵法とは詭道きどうなり」と喝破かっぱしながら、むやみに戦争するなと、さとした孫子。


 「兼愛・非攻」を貫き、儒家を別愛と、否定し過激・狂疾きょうしつ(精神病)をうたわれ、「墨守」の言葉を営々えいえいと残し、漢代以降、唯一、復学しなかった「墨子」と歴代の鉅子きょし(リーダー)たち。


 「上善じょうぜんは水のごとし」「和光同塵わこうどうじん」などで、無為自然むいしぜんを説いた「老子」。


・・・なんか、この国が覇権主義を突っ走るのは、自らの豊かな歴史を、アイデンティティを殺す、自殺行為にしか思えないのは、私だけでしょうか?

  

 むしろ、戦争の解決するヒントを長年、はぐくんできた国だけに、武力で台湾統一は止めていただきたいものです。









  

 


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