第02話「おいでませ! 超弩級學園艇オデュセウス!(Part,1)」


 2XXX年。春。


「……痛い、痛い、痛い」

 暗雲一つない太陽輝く青空を一台のジェット機が飛行中。エコノミークラスと変わらない質素な席で少年は青ざめていた。

「どうか致しました?」

 そんな彼を見兼ねて、スチュワーデスが声をかける。

「あはは……さっきから耳鳴りが酷くて、それと体も自然と重く感じるような……倦怠感って言うんですかね? なかなか体が慣れてくれなくってですね……ははっ」

「飛行機は初めてですか?」

「はい……お恥ずかしいのですが今日が初体験で……飛行機も、空も」

 そこらの学級機関のものとは違う制服。胸には勲章、袖にはメタルを彩った飾り、靴もそこらの革靴と違って表面が鉄で出来ている。

「不思議な感覚です。体がフワッと浮くこの感覚……本当に鳥になった気分。でも、どうしてか自由になったような気分にならなくて……うぷっ、うううっ……ぼ、僕は大丈夫ですのでどうかお気になさならいで……うううっ!!」

「あの、本当に大丈夫ですか?」

 一風変わった服装の少年は初めて乗った飛行機の感覚に酔っているようだった。

 空へあがると同時にのしかかるG。不慣れな少年は洗礼に衰弱しきっていた。

 スチュワーデスは水の入った紙コップを少年へ手渡す。

「ありがとうございます……もう、本当に大丈夫ですので」

 乗組員の御厚意に甘え、少年はしばらくは安静にすることに。

 本当ならアイマスクでも借りて熟睡するかも考えてもいた。しかし、この少年は変に意地を張ったせいで起きたままであった。

「僕には、信頼できる神様がついていますから」

 結果、目的地まであと十分近くの地点。眠るに眠れない中途半端な頃合。エチケット袋の一つでも欲しくなる最悪のフライト旅と洒落こんでいた。



「まだ運動が足りなかったのかなぁ……? ねぇ、そう言いたいの?」


 少年は紙コップに入ったオレンジジュースを飲み干し、首元で纏めた髪を人差し指に絡めて遊んでいる。

「これじゃ先が思いやられる、だって……? ごめんね、心配かけちゃって。何事も経験だっていうし、もう次からは大丈夫だと思うから……ははは。うん、もうすぐ着くんだよね。準備はできてるから問題なし! うん!!」

 一人、ボソボソと。誰にも聞こえないように独り言を呟いているようだ。

「あの子。ずっと一人で喋ってる?」

「あらやだ、あなたってば乗員リストは見てなかったの? いい、あの子は---」

 少年は近くの席に置いていたキャリーバッグ、リュックサック、そして小さな手提げ袋を確認。忘れ物がないかどうか、吐き気と激闘しながら入念にチェックする。

「全部OK、『もうすぐ到着』のアナウンスも聞こえた……はっ! 見えてきた!!」

 荷物、確認オーケー。直後、窓に張り付き目を輝かせる少年。

「……凄いッ、本当にすごい!! 」

 第一声。今までの青白く衰弱しきった表情が嘘のように明るくなる。太陽に負けないほどに眩しい笑顔へと。

「本当に!!」

 彼の視線の先。

 そこからでは視界に収めきれることなど到底できない超巨大飛行戦艦!

 学園らしき建造物がその戦艦の上……学園だけじゃない。街そのものが存在している!まるでそれは、天空に浮かぶ島のような幻想的光景!


「よーし! 忘れ物もなかったし! 気持ちの準備もOK! 到着が楽しみだなぁ~! あそこにどうやって着地するんだろう!? 飛行機が着地する場所なんてどこにも、」

「……あの、よろしいですか?」

「ん? はい?」


 そう、ここが。この空飛ぶ学校こそが。

 この少年の物語の舞台となる----!!!



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 数分後。戦艦上部街。


「うわぁああああーーーーッ!?」

 慣れないフライト旅の次に待っていたのはであった!

 空の旅第二ステージ!

 少年は心底後悔した。ここへ来る前、『手持ち品は最小限であることをオススメします』と聞いていた。だが神経質な彼は大目の日常品を持ってジェット機に乗り込んでしまった。

「耳が痛い腕が痛いお腹が痛い寒い寒い寒いッ!? 風が僕を殴ってきてるようだッ……うわぁあああ痛い痛い痛いッーーーー!?」

 ジェット機を停める場所はあるにはあった。しかし、こうやってダイビングを経験する羽目になったのには理由がある。

「口の中が冷たいし痛いッ……喋ったら舌を噛むぅうう……!!」

 まず一つ、この少年は予定の時間より少し遅れての乗船となっていた。

 ジェット機に何らかのトラブルがあったらしく到着が遅れたのだ。結果、普通にジェット機を停めていてはイベントに間に合わない事態に。というわけで少年は制服姿で大荷物を抱えたままパラシュート着用で落とされたのである。


「ちゃ、着地! 両脚を曲げて踏ん張れって言ってた……えいッ!!」

 真下には着地用のマット。初体験ながらも少年は勘で姿勢を上手く調整。死に物狂いでマットに着地! そして転倒!

「うわぁああああッ!? で、できたぁああっ!?」

 体の上にパラシュートが覆いかぶさる。凍てついた風に晒された落下の後、パラシュートが毛布のように暖かく感じた。

「……お疲れ様です」

 着地を上手く成功させた彼の下へやってくるのは複数人の黒服の男。黒いスーツにサングラス。その人数はざっと数えて十人近く。

「ハァハァ……心臓潰れるかと思った……!!」

「こちらの不手際で申し訳ありません」

「いえ、いいんです。トラブルなら仕方ありませんし……さ、寒い……」

 少年はくしゃみをしそうになったが我慢した。

 このような目になろうとも、少年は相手側を気遣ったのである。


「お名前と身分証を」

 黒服は右手を差し出し、少年の名を問う。

「……蓮汰郎です。【海東蓮汰郎かいどうれんたろう】」

 そこらの男性と比べると少しひ弱な印象。童顔で女性のように美形。

 多少の事でパニックになったり、途端に気持ちを入れ替えて明るくなったり……感情表現の忙しい少年は身分証の提示と共に自身の名を口にした。

「身分証確認。データ照合。本人であることを確認しました。ようこそ……貴方が最後の入学生です」

 どうやら最後の来訪者だったようだ。遅れていたのだから当然と言えば当然か。

「こちらへどうぞ……もうすぐ、入学式が始まります」

「はい!」

 荷物を黒服の一同に預け、案内人の黒服と共に学園へと走っていった。


「……始まるんだね。僕達の学園生活が……うん! 凄く楽しみ!」

 その時、少年はまた独り言を喋っていたようである。

「なぁ。あの少年、」

「放っておけ。大丈夫、あの子は正常だよ。いいか、あの子は----」

 あの不気味な光景はジェット機の中でも度々見られた。おかしな少年だと思った事だろう。

「なんというか……災難ですね。あの少年、このような面倒な場所に」

「あぁ。よりにもよって、数も少ないに選ばれてな……」

 この少年の奇怪な行動も……いや、ここで今語るのは野暮か。今はこの少年が、学園の門を潜る時を待とうではないか-----




「「ようこそ少年、學園艇・オデュッセウス号へ」」



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 オデュセウス号・第三体育館。海東蓮汰郎は未だに震えていた。

「さ、寒い……まだ寒いッ……もう空でも外でもないのにっ、ひぃいい……」」

 この震えは、スカイダイビング中、体に叩きつけられた突風のダメージによる震えである。そこへ緊張も一緒にやってくるわでガックガクだ。

『改めてようこそ生徒諸君。戦士の艇・オデュセウス号へ』

 おかげか、彼はステージの上で喋っているホログラムの女性の声が全く聞こえていない。

 スーツ姿の女性。年齢は見た目から推測するにおよそ二十代後半。

 この学園において重要人物らしいが多忙の為、今回は不在。ホログラム映像を通しての入学式、及びオリエンテーションとなった!

「入学式にも姿を出さないって……」

「それだけ外が大変なことになっていらっしゃるの。正義のヒーローなんだから当然の事ですわ」

 入学式よりも優先しなくてはならない用事とは何なのか。一部生徒は相手がホログラムなのをいい事にヒソヒソと予想だとか文句だとか垂れている。

「うううぅうう……!!」

 しかし、海東蓮汰郎はそれどころではなかった。この入学式、蓮汰郎は一人だけの世界で震えるばかりである。


『我々は君達のその志を歓迎しよう』

 ここから始まるオリエンテーションは学園についてを語ること。

「おなか、いたい……どうしよう。一回眠る? その方が気が楽になるかもしれない。少なくとも今よりはマシになるはずなんだ……」

 海東蓮汰郎は知っている。今から話す内容も大体予想はついている。今はそれよりも体の不調を訴えたい。

「……ううん! それだけはダメなんだ! ちゃんと聞かなきゃ!!」

 しかし! そんな理由でこの入学式を流し過ごすわけには行かない! これから始まる学園生活の為、こんなところで腑抜けていては後先不安!

 腹は両手で抑え、しっかりと背筋を伸ばしてホログラムの女性へ視線を向ける!


『諸君』


 さあ、オリエンテーションの始まりだ。


『諸君らは知っているか。この星を創った者達……我らが先祖かみの名を-----」

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