3-8

 ハルにピアノの練習に付き合ってもらってから一週間後の日曜日。

 朝から晴れていたのでハレノヒカフェはオープンしていると信じて、夏紀は午前中のうちにカフェに行った。ハルがいるかどうかは確認していないけれど、久々に白いピアノを弾くのを夏紀は楽しみにしていた。

 店はもちろん開いていた──けれど。

 演奏前にとりあえず何か飲もうと夏紀がカウンター席に座ると、徹二がなぜか真剣な顔をしていた。

「夏紀さんって──オーナーとどういう関係なんですか」

「え? どうって、別に……なんだろう? どうして?」

 夏紀は本当に、ハルの何でもない。

 以前に比べて仲良くなった気はするけれど、特に何もない。

「前にもオーナー、夏紀さんのこと『俺の』って言ってたし……。昨日、オーナーから電話があって、夏紀さんに『頑張れ』って伝えて、って言ってたんです。オーナー、しばらく来れないらしいです」

「ふぅん……そうなんだ」

 残念そうに少しうつむく夏紀を、徹二はまだじっと見つめていた。

「オーナー、今までそんな言葉、言わなかったんですよ。しかも、夏紀さんのこと、ナ……っ……て……」

 言いながら徹二は、夏紀以上に残念そうに項垂れた。言葉の最後は、夏紀にははっきりとは聞こえなかった。

「私が、なに?」

「こら徹ちゃん、シャキッとしなさーい、男でしょ!」

 バン、と徹二の背中を叩くと、恵子は夏紀の隣に座った。

「男だって凹むときは凹むんです」

 徹二はため息をついてから、店の奥に入っていった。

「オーナーが夏紀ちゃんのことナツって呼んでた、ってショック受けてるのよ」

「あー……。でも、徹ちゃんもテツって呼ばれてるし、別に」

 そんなに深い意味はないと思いますよ、と笑いながら、夏紀はこないだの柿のシェイクを注文した。あれから何度か試作を重ねて、メニューにも載ったらしい。

 ハルがいないのは寂しいけれど、夏紀はピアノを弾いた。ハルに教えてもらったことを思い出しながら、楽譜に赤い文字が多いところは特に注意して。

 ゆっくりと、丁寧に、ペダルを踏んで濁らないように……。

 演奏が終わった後、アンコールを求められたけれど。

 もちろん夏紀も弾いていたかったけれど。

 軽くランチを食べてから、夏紀はカフェを出た。

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