2-6

 バーベキュー当日、夏紀とさやかは日頃の感謝をこめて、朝から準備を手伝った。天気予報が雨だったので心配したけれど、朝のニュースでは雨マークは消えていた。

「良かったですね。雨は嫌だけど、暑いのも嫌だし」

「そうね。それにしても、夏紀ちゃん、本当にごめんね、さやかちゃんも」

「気にしないでください、私、家すぐそこなので」

 さやかは徹二と一緒にテラスにコンロやテーブルを用意していた。準備の途中で店内に入ってきて、ちょうど恵子の話が聞こえた。

「そうだけど……夏紀ちゃんは坂の下でしょ?」

「はい……でも、私も一応、ここで働く? 予定なので」

 ハレノヒカフェでピアノを弾くのは、夏紀に決定していた。夏紀はまだオーナーには会えていないが、恵子が話をしたらしい。

「それで、今日はオーナーは来るんですか?」

「うーん……来るとは言ってたけど、いつだろうね」

 恵子は切り終えた野菜をさやかに渡した。

 バーベキュー開始時刻は迫ってきて招待客も集まってきているが、オーナーの気配はどこにもない。

「でも、オーナーに会えなくて良かったのかな。練習する時間が増えたから」

「またぁ、夏紀ちゃんは上手いって、さやかちゃん言ってたよ?」

 そんなうちに徹二がお肉を焼き始め、夏紀も野菜を網に乗せた。

 集まった人は若者が中心で、みんなプロヴァンスに住んでいるらしかった。

 夏紀は人々と話しながら、年上と思われる男性に近付いた──けれど、残念ながら彼女がいたり。フリーだという男性から話しかけられた──けれど、夏紀のタイプではなかったり。

「ねぇ、夏紀、例のイケメンはいないの?」

「いたら気になってバーベキューどころじゃないよ」

 食べながら、焼きながら、ときどき休憩しながら、いつしか夏紀はそこにいる全員と仲良くなっていた。ハレノヒカフェはもともと好きだったけれど、もっと好きになった。

 用意した材料が無くなって、恵子はキッチンへデザートを取りに行こうとした。けれど、その足はガラス戸を開けたところで止まってしまった。

「城崎さん? どうし──」

 動きを止めた恵子に近づこうとして、夏紀も足を止めてしまった。

 ポップで爽やかなピアノのメロディが店の奥から聴こえていた。

(誰が弾いてるの……?)

 オーナーが注文したという白いピアノは昨日到着したらしく、店の奥に既に置かれていた。夏紀はピアノ教室の話を恵子にしていたので、もしかすると恵子が内緒で木下夫妻を呼んだのかと思った。それを確認しようと夏紀も店内に近付いた──けれど、ピアノを弾いているのは夫妻ではなかった。

「……え?」

 目に入った光景に、夏紀は開いた口がふさがらなくなった。

 下を向いて鍵盤を見ているので、顔を正面からは見られないけれど。

(待って……こんなこと……)

 ピアノを弾いているのは、紛れもなくハルだったのだ。

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