03.呪いを解いてくれるつもりらしい

 翌日、アルマはシドニーと共に森の入り口までやって来た。

 しばらく待っていると商人がやって来て、驚いた顔をしている。


「おや? シドニー、嫁でも貰ったのかい?」

「まだ結婚はしていない。婚約者だ」

「っへー! 最近女物の服を買っていくから、もしかしたらとは思っていたがなぁ。今日は奥さんに何かプレゼントかい?」


 奥さんじゃないし……とアルマは心で突っ込みながら、商人が乗って来た馬車の中を覗こうとする。しかし前のめりになった途端、ガンッと何かにぶつかった。


「いっつ!!」

「大丈夫か、アルマ!」

「っく、呪いが……そっちに行けない……」


 結局商人に頼んで馬車を森の中に入れてもらった。シドニーは商品は少ないというような事を言っていたが、食料品から衣類に日用品、それに本や装飾品まで割と何でも揃っている。

 まずはシドニーが結界石や魔光石の原石、それと手作りのアクセサリーを売って現金を手に入れてた。そして先に一週間分の食料を買うと、残りのお金をアルマに渡してくれる。


「好きな物を買うといい」

「うん、そうする」

「奥さん、ここに欲しいもんがなければ、来週仕入れて来てやるから遠慮なく言ってくんな」

「ありがとう」


 奥さんという所は敢えて突っ込まなかった。お嬢さんと呼ばれるような年でもないし、否定したところで奥さんみたいなものだと言われてしまうのがオチだろう。

 アルマは気にせずに品物を物色する。馬車の中には綺麗なアクセサリーが幾つか並べられていた。


「これ、シドニーが作ったやつ?」

「あ? ああ、それは街の工房で作ったやつを仕入れて来たんだ」

「あー、やっぱり。全然違うね」


 アクセサリーなんてどれも同じと思っていたが、作り手が違うとこんなにも差があるとは思っていなかった。

 毎日シドニーのアクセサリー作りを見ていた為、違いが分かるようになっていたのだろう。確かにシドニーの作る物より、人の手で作った物の方が精巧だった。装飾がありえないほど細(こまか)く、かつシンプル。シドニーの物も悪くはないが、街で流行るのは人の作った物の方だろう。

 シドニーのアクセサリーは、何というか成金趣味な人が付けるようなごつい感じがする。物が悪いわけでは決してないのだが。


「じゃ、ここにあるアクセサリーを、このお金で買える分、全て売って頂戴」


 そういうと商人は驚いたように目を剥き、シドニーは逆に眉をひそめて目を縮めている。


「奥さん、アクセサリーを買うのかい?」

「はい。何か問題でも?」

「いや、まぁうちは商売だから良いんだが……」


 商人はチラチラとシドニーを確認しながらも売ってくれた。

 アクセサリーを売って、アクセサリーを買う。普通はこんな事しないだろう。身につけるなら婚約者の作った物を選ぶのが当然だ。つまりこれは、ただ単に嫌がらせである。


 買物が終わって家へ帰る途中、アルマは幾つかのアクセサリーの中から指輪を取り出した。


「うわー、可愛い。この宝石も結界石?」

「ああ。小さいが、そのようだな」

「ふーん」


 そう言いながら、その指輪を薬指に嵌めた。シドニーが良い顔をしていないのが見て取れる。しかし何も気付かぬふりをして、しれっとした。

 そういえば……とふと気になって、アルマはシドニーを見る。


「ねえ、あの商人さんって、シドニーの事怖がらないの?」


 彼の耳は髪で隠されているとは言え、動くとチラチラと見えてしまうのだ。長い付き合いなら、その耳の事もバレてしまっている事だろう。


「ああ、最初は驚かれたが、利益優先の男だからな。儲かるなら、悪魔とでも取引をするつもりがあるらしい。今ではちゃんと俺がハーフエルフだって分かってくれているよ」

「そっかぁ。良い商人さんが居て良かったね」

「ああ」


 シドニーが嬉しそうに頷く姿を見て、おや? と首を傾げる。彼に嫌われるような事をするはずではなかったのか。どうしてこんなに和みながら話してしまっているのか。

 これではいけない。何か彼の嫌がる事や怒る事をしなければ。


 家に帰るとアルマはチマチマと嫌がらせを始めた。

 彼の書いたアクセサリーのデザイン画に落書きしたり、彼の服を間違ったフリをして雑巾として使ったり、風呂を沸かしたと嘯(うそぶ)いて水風呂に入れてやったり、ズボンの裾を直してやると言って足が出ないように縫い合わせたり……と、考えつくありとあらゆる嫌がらせを行ったのである。

 しかしシドニーは全く意に介さず、「アルマはおっちょこちょいだな」とすごく嬉しそうだ。どうやら『おっちょこちょい』は彼にとってツボだったようである。

 まずい。これは非常にまずい。


 この日アルマは何をしようかと思案していると、シドニーが真面目な顔で近付いてきた。

 なんとなく嫌な予感がして、警戒の態勢をとる。


「アルマ。俺たちは上手くやっていけると思うんだ。君の呪いも解ける様子がないし、どうか……俺と結婚して、ここで一緒に暮らして欲しい」


 ぎゃあ、と心の中で絶叫する。本当に勘弁して欲しい。こっちにその気はないという空気を、ちっとも読み取ってくれていないのだ。

 これはもう、ハッキリキッパリと拒絶するしかあるまい。


「シドニー」

「なんだ?」

「あなたはおじいちゃんが勝手に決めた婚約者で、そこに私の意志は全く入ってないんだよ」

「まぁそうだが、珍しい事でもないんだろう?」

「そうかもしれないけど、私は嫌なの!」


 世の中には政略やら何やらが溢れてはいるが、一般人であるアルマには関係のない話だった。普通に恋愛する事を望んで、何が悪いというのか。


「いきなりこんな森に閉じ込められて、見た目魔族なハーフエルフと結婚なんて! しかも引きこもりで! 中身は八十歳で! 」


 沸々と怒りが湧いてくる。悪いのは全て祖父にあるが、目の前にいるシドニーにしか怒りをぶつけられない。


「私の人生、これからだったのに……! こんな所で一生を終えちゃうの……? やだ、やだよぉおおっ」

「アル……マ……」


 伸ばしてくるシドニーの手を、アルマはバシッと振り払った。もう頭の中には絶望と怒りしかない。


「それに何、これ!」


 アルマはポケットからシドニーが作った指輪を取り出すと、責めるように大声を上げる。


「会う前からずっとこんなの作ってたなんて、ほんっとうに気持ち悪い! 頭おかしいんじゃないの!?」

「……アルマ」

「どうせ嫁に来てくれる人なら誰でも良かったんでしょ!? どうして私がシドニーなんかの嫁にならなきゃいけないの!」


 一度不満を口から出すと、どんどん加速して行った。もう止められそうにない。


「私は婚約者なんて存在、知らなかったんだから! 婚約者面しないでよ! 何いい気になって商人に話してんの!? あり得ない、信じられない!!」

「アルマ……」

「気安く名前を呼ばないでよ! 私はここに、来たくて来たんじゃない! こんな物……っ!!」


 アルマは勢いよく玄関の扉を開けたかと思うと、手の中の指輪を思いっきり投げ捨てた。

 シドニーの手作りの指輪は、ヒュンッと音を立てて大きな弧を描きながら、森の奥へと消えて行く。


 胸がスッとした。


 言いたい事をすべて吐き出し、己を縛りつけようとする指輪を捨ててやったのだ。

 これで鈍感なシドニーも、こちらの気持ちが分かった事だろう。

 アルマは晴れやかな顔で、部屋の中へと顔を向けた。しかしアルマのその顔も、一瞬で曇る事となる。


「……シドニー……?」


 そこには眉間に力を込め、唇を一の字に結んだ彼の姿があった。彼から放出される陰鬱な雰囲気が、部屋を淀ませている。

 この顔に負けては駄目だ、今が踏ん張りどころだと、アルマは冷たい目を投げつけた。


「なによ。言いたい事があるなら……文句があるなら言ったら?」


 アルマが棘だらけの言葉を向けると、シドニーは目を伏せて言葉を発した。


「アルマに……いや、君にあげたものだ。売ろうが捨てようが文句はない」


 どこか気力を失ったような彼の顔から、アルマは思いっきり目を逸らした。シドニーを直視する事が……出来なかった。


「あ、謝らないから!」

「ああ……それでいい」


 アルマはシドニーの横をすり抜けて、寝室に飛び込む。

 そしてベッドの上に倒れ込むと、シーツを引っ掴んで握り締めた。


「これでいいんだ……これで、私の気持ちは伝わったはず……」


 ぶつぶつ言いながら、自分の行為を正当化しようとする。しかし胸は罪という錠前に縛り付けられたように、強く痛んだ。

 ショックを隠すように唇を固く結んでいた、シドニーの顔。

 それを振り払うようにして、アルマはブンブンと首を振った。

 これくらいしないと彼は分かろうとしてくれなかったのだから仕方ない。

 そう自分に言い聞かせて、この日は無理矢理眠った。


 次の日、いつもの『おはよう』の言葉は、どちらからも出る事はなかった。

 シドニーに怒っている様子はなく、かといって落ち込んでいる風も無い。ただ、淡々としている。

 アルマが食事を出すと「いただきます」と食べ始め、全て食べ終わると「ありがとう、ごちそうさま」といつものように言ってくれた。

 けれど、それ以外に会話はなかった。

 無言の息苦しさが、アルマを追い詰めるように侵略していく。

 居心地が悪くなってたまらなくなった時、シドニーがポツリと声を上げた。


「考えたんだが……」

「……何?」

「ガリウスなら、破呪魔法を使えると思うんだが」

「うん、使えるよ」


 そう伝えると、シドニーは目を広げた。


「やはりか。では、ガリウスに頼んで破呪してもらおう」

「シドニーの方から婚約破棄してくれないと、おじいちゃんは破呪してくれないと思うけどね」


 アルマの言葉に、シドニーは不思議そうに眉を寄せている。


「婚約破棄? 何でだ?」

「この呪い、おじいちゃんがかけたものだから。私とシドニーを無理矢理くっ付けるために、この森から出られないようにされたの」

「……解呪方法は聞いているのか」

「聞いてるよ」

「教えてくれ」


 身を乗り出すように聞かれて、アルマは少し目を逸らす。だが誤魔化す事も出来ずに、アルマは仕方なくその方法を口に出した。


「シドニーと私が、その……ち、契る事」


 ちょっと口を尖らせながら視線は右下に寄せる。

 こんな恥ずかしい言葉を口から出させられて、アルマは赤面した。心の底から祖父を恨みつつ、ちらりとシドニーの様子を確認する。

 彼も少し顔を赤らめた様子で、「ちぎ……そ、そうか……」などと吃(ども)っている。

 恥ずかし過ぎて倒れてしまいそうだ。誰かこの状況を何とかしてと願うが、ここには残念ながらアルマとシドニーしか存在しない。

 微妙な雰囲気の中、気まずい沈黙が訪れる。

 今言うのはまずかっただろうか。いきなり『今から契ろう』なんて事にはならないだろうが、少し警戒してしまう。


「あのさ」

「はいっ!?」


 打ち破られた沈黙に、アルマはビクリと背筋を伸ばした。シドニーは真剣な顔でこちらを向いている。

 何を言われるのかと、心臓をドクドク撃ち鳴らした。


「今からガリウスの所に行って、呪いを解くように頼もうと思う」

「婚約破棄、してくれるって事?」

「……それを望んでるんだろう、君は」


 シドニーの問いに、コクリと頷く。申し訳なくて胸は痛んだが、嘘はつけない。

 それを見たシドニーは苦しそうに顔を歪ませたが、彼もまた頷いてくれた。


「正直、この一ヶ月で打ち解けられたと思っていたんだ。……俺の一人相撲だったみたいだけどな。まさか、あんなに君に嫌われているとは思ってもいなかった。許してほしい」


 頭を下げられて、言葉が出て来なかった。こういう場合、どう言えば良いのだろうか。許してあげる……なんて言葉は、おこがましくて言えなかった。


「じゃあ二、三日留守にするけど、家から出ないようにな」

「どうやってルゼの町まで行くの?」

「どこかで馬を借りて行く。戻る時はガリウスの転移の術で、近くの町まで送って貰うつもりだ」

「……そ」

「行ってくる」


 シドニーは剣を装備し、お金と保存食を準備すると、すぐに家を出て行ってしまった。

 アルマはそれを見送るだけで、何も声を掛けてはやれなかった。

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