第七話 一人暮らしの夜勤は地獄

 寝る暇がない!!!


 墓守仕事は夜から朝までだ。アンデッド達は朝日によってダメージが入るが、それでも完全に死ぬかと言ったらそうでもない。物陰に潜めばやり過ごせる。そうならないよう、見つけ次第殺す。これが大変だった。しかも目の届く範囲ならまだいい。僕の担当している第770番墓地はとんでもなく広かった。墓地っていうか、古墳って感じ。いやそんなにはでかくないけど。自分でも何を言ってるのか分からない。


 つまり何が言いたいのかと言うと、目の届かない場所で夜通し盆踊りしてる死霊共を蹴散らし、尚且つ私生活の重要項目である炊事洗濯お買い物を昼間やって、何かしら要望やトラブルがあった時に協会に顔を出さなきゃいけないのは辛いってことだ。


「誰か……僕を世話してくれ……」


 天辺近くまで昇った日に照らされながら誰にともなく愚痴をこぼす。クソ、こんなの聞いてない。いや、研修期間中に薄々気付いてはいたけど言い出せなかった。熱心に教えてくれる先輩やアル君|(寮暮らし中に仲良くなりました)に『今更ですけどやめたいです』とは口が裂けても言えなかった!


 そもそもおかしいんだよ、僕の墓地。協会から支給される聖水ってやつを撒くと瘴気が浄化されてアンデッドモンスターの出現頻度を減らしてくれるはずなのに、撒いて、他の場所を見回って帰ってきたらまた盆踊りしてるんだもん! こんなの絶対おかしいよ!!


「あの墓……絶対何かある……」


 決まってあの墓周辺だけは秒でリスポーンしてる。あの大きな半月型のお墓……。偉大そうな人が眠ってる感じのお墓だ。


「けど暴くのはやっぱり気が引けるしな……」


 ってことでその辺含めてアル君に先程報告してきたところだ。調査は協会主導でやってくれるらしいから僕は管理小屋に戻って寝るだけだ。今から家に帰って、買った食材を備え付けの保冷効果のある魔道具に詰めて、汗流して、漸く寝れる……。でもおやすみ3秒で寝たとしても3時間くらいか……。十分寝てる方ではあるが、流石に疲労が溜まってるので辛い……。


 出来るだけ多く寝る為、大急ぎで用事を済ませてベッドに入る。疲労と安堵がもたらした睡魔の訪れを快く迎え入れ、僕は早々に意識を手放した。




「ナナヲ! 起きろ! ナナヲ!」

「……ぁあっ!?」


 体感5分しか寝てないのに誰かに揺すられて目を覚ました。僕の安眠を妨げたのは誰だとぼやけた視線を動かし、それがアル君であることに気付いた。


「何なん……まだ5分しか寝てない……」

「馬鹿、もう日が沈んでるぞ!」

「……えっ!?」


 一瞬で意識が覚醒した。飛び起きた僕は大慌てでカーテンを捲る。なるほど、夜じゃねーの……。


「大変……申し訳……」

「いやそれは全然良いんだ! 俺が起こしに来たのは別の問題があってな……」

「問題?」


 恐る恐る振り向くが、アル君が怒ってるようには見えなかった。それよりもその問題とやらの方がやばいらしく、真剣な顔をしていた。


「昼間、アンデッドの湧きが局所的だって報告、くれたよな?」

「あ、あぁ……そうなんだよ。でかいお墓の周りだけ湧いてて大変で……」

「今日、協会の人間が其処を掘り返した」

「!」


 暴いたのか……! 冒涜的な事だ。だが、異常は異常なのだ。手段を選んでいる暇はなかったらしい。


「あの墓は大魔導士として有名だった人の墓なんだが……骨も遺品もなかった」

「それは……誰かが、もう?」

「いや、あったのはでかい階段だ」


 階段……?


「ダンジョンだったんだよ! ナナヲ、お前の管理してる墓地の地下は、ダンジョンになってたんだ!」


 事のでかさに言葉が出なかった。ダンジョンという存在は僕もよく知っていたからだ。


 『ザルクヘイム大迷宮群』という聞き慣れた言葉が脳裏をよぎる。


 研修中に詳しく教えてもらったあの大迷宮郡は『ユグドラシル』と呼ばれる巨木が生み出した大ダンジョンだ。地上の入口からユグドラシルから木から生えた木を辿って上る『上層迷宮カテドラル』。ユグドラシルの洞から地下へと潜っていく『下層迷宮カタコンベ』という二つのダンジョンから構成されている。

 ちなみに僕が転移してきたのは地下だった。だからカタコンベの方だ。


 その二つのダンジョンでさえ、通常発生するダンジョンとは一線を画す難易度と広さを誇るというのだから驚きだ。実際、この町からもユグドラシルははっきりと見える。


 ダンジョンに挑むというのは勿論、死と隣り合わせだ。そして死に寄り添った者が運ばれる場所……それが此処、グラスタだ。


「ダンジョンの死者を弔う場所にダンジョンが出来るなんて……」

「例の墓周辺にアンデッドがよく湧いていたのは、そういうことだ」


 ダンジョン特有のモンスターを寄せ付ける魔力、とか?


「調査が必要になるから、暫くは騒がしくなるかもしれないな」

「そっか……」

「とは言っても昼間の話なんだけどな」


 今日はとりあえずダンジョン専門の技師によって封印施術をしてもらい、地下ダンジョンからモンスターが出てくることはないそうだ。ただ、地上は別だ。いつも通りアンデッドが盆踊りを始めるだろう。


「ただ、一つだけ朗報があるんだ」

「何だ?」

「あの墓の周りにアンデッドが湧く異常はダンジョンの所為だと判明しただろ? それのお陰で広い墓地内での出現が、ダンジョン周りだけにある程度は集約されてるんだ。だから聖水で浄化してれば仕事は減るぞ!」

「それは……朗報なのか?」


 聖水は墓守協会から支給されている瘴気を浄化させる水だ。殺虫剤みたいなものだな。僕も気になったところに撒いている。

 しかし性格上、見回ってないと安心出来ないので何とも言えない。アル君はそういうところを買ってくれているが、でもまぁ、仕事が減ると喜ぶのは誰でもそうか。


 一先ずは墓守の仕事をするのでアル君と別れた。協会での仕事が終わってからダッシュで来てくれたようなので、お礼はきちんと言っておいた。


「今度飯でも行こうぜ!」

「時間合ったらね」

「ほんとそれな」


 日勤と夜勤という相反する時間帯。それを解決する為には職場環境の改善しかない。つまりはアンデッドの駆逐だ。だというのに……地下ダンジョンだって? まったく、ふざけた話だ。


 愚痴っても仕方ないとはいえ、溜息だけは自然と漏れてくる。長く深い溜息を吐きながら改善が必要な我が職場、第770番墓地へとやってきた。

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