第6話 呪いの森再び

  エクスカリニャーが収まった帯刀ベルトを見下ろし、呪いの森を駆ける。木々は風にそよぐだけだし、空も爽やかな青さのまま。風は猫の毛並みを優しくなで、不吉な気配は全く感じられない。

 (もしかして聖剣はその効力を無くしていたとか・・・?)

 歩を止めて顎に右手をやり、左手でそれを支えてうんうん唸っていると、ふいに風が止み、妙に日当たりが悪くなった。おや、雲が真上にきたかしらんと仰ぎ見ると、巨大な竜の顎が見えた。

 「う、うんにゃあああああ!!」

 飛び上がって四足歩行になり半身を捻り、気付けば怒れる猫のように毛を逆立て、尻尾は狸のようにいつもの二倍ほどに膨れ上がった。半円状のシルエットで二、三歩下がり、シャーと強がってみるが、本音は

 (異世界転生してすぐにトカゲのおやつとかついてないわー。前世で死んでるのに、前世の人生が走馬灯になって頭の中を駆け巡ってるし。うんざりする・・・)

 意外と冷静だった。

 「君は猫じゃないね?」

 どうやって逃げようかな。

 「腰にあるのは聖剣だね、当代の保持者に話したいことがあるんだ、ねぇ聞いているかい、茶トラの猫ちゃん」


 何か竜が話しかけている幻覚とか、私は召されて竜の胃に収まった?

 「にゃんにゃん!!」

 「え?」

 「そう、君!」

 竜が両手を握って「あぁもう!」って感じの仕草で猫に話しかけるなんて、端から見るとシュール・・・。いや、むしろホラーかも。

 真面目にやらないとまずそうだからここは、

 「私ジンジャーと申します。あなた様のお名前をお聞かせ願えますか?」

 恭しくカーテシーを意識したお辞儀をする。

 「うん、人間の礼儀で動いている訳じゃないからそこまで畏まらなくてもいいよ。俺はイヴリース。まずは呪いを解いてくれてありがとう。自分が狂う様を第三者的に眺める状態だったから、辛かったんだよ。」

 「はぁ、左様でございますか。」

 ん?呪い?

 「あの、もしかしてイヴリース様はあの黒い竜でしたか?」

 「そう」

 「えぇと、私その黒い竜殿に罵詈雑言を浴びせ、口汚く叫びまして・・・」

 「不問」

 「ありがたき幸せ。して、そのイヴリースさまのご用向きはいかに?」


 「うん、それなんだけどね。俺この国境を越えた魔族の国出身なんだけど、俺を疎ましく思う奴に呪われちゃって、理性なきトカゲとして何年もさ迷っていたんだ。」

 うーん、根に持つ人かな・・・トカゲ呼びをバッチリ覚えてらっしゃる。ここは聞かなかったことにしよ。

 「能動的に動けなくなっていたのに、多分聖剣で解呪してくれるジンジャー君に反応して追いかけたんだろうね。で、君についていこうと思ってね。」

 何をどう考えたら猫に竜がお供しようと思うんだ。

 「えぇと、お言葉ですがイヴリース様は巨大な竜、一緒に歩くにはあまりにも立派というか。」

 「あぁ、それはね。」

 眩い光に包まれたイヴリースの巨大な体は、音を立てながらどんどん縮んでゆく。光が収束すると、緩やかに波打った赤銅色の髪が肩甲骨程の長さで、女性的な美しい顔だがよく見ると男性と分かる筋肉質な、名工の彫像のような美丈夫がそこに立っていた。

 (綺麗・・・)

 きっとハリウッド俳優が目の前にいたらこんな感覚なのだろう。イヴリース様が私を見て口をパクパクさせているのは、きっと何かを話しているのだろう。こんなイケメン、滅多に拝めないわ。網膜に焼き付ける。触ったらセクハラだけども、視線で輪郭を嘗め回す。筋肉の隆起と骨格を透視するようにじぃっと・・・

 「おい!ジンジャー君!また異界に意識が飛んでいるぞ!!」

 「はい、あのお召し物は・・・全裸ではないのですか・・・。」

 (すごい残念そうだな。)

 「人間の形をしていたらどこへでも行けるからね。第一、猫だけだと話を聞いてもらえないかもよ?俺はそれなりに顔が利くからね」

 そのご尊顔、知らなくてもホイホイと言うこと聞いちゃうって。

 かいつまんでジェイド様をとりまく状況を伝え、自分が人を招いたりお金を稼ぐことを伝えた。

 「無謀ですか?」

 「ん~、口八丁で丸め込めばいい。あとは魔族やエルフ、他の種族も味方につけちゃえ」

 「エルフってあの、耳が長くて美しい、」

 「そ。ちょ~っと神経質で付き合いづらいけど、仲間にできれば力になってくれるからね。」

 「ですが、エルフってどこに・・・」

 「森だね。」

 「とりあえずそのジェイド様に旅に出るって伝えておいで。すぐに出立だ。転生したばかりで荷物もないだろう?」

  何で転生したって知っているの?

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