第10話 喜志芸祭とオムライス10

 君彦くんを見ていたいけど、その気持ちを振り切り、料理を進めていく。

 厚手の鍋にバターをひいて、さっき切った野菜の三分の一を軽く炒めた後、水とコンソメを入れて煮ていく。

 その間に、フライパンにベーコンを入れる。少しカリカリになってきたら、残りの野菜も入れて炒める。ご飯を入れてほぐしつつ塩コショウして混ぜる。真ん中に穴をあけて、ケチャップを流し込んで、混ぜ込む。ケチャップの水気が飛ぶまで炒めて、皿に一旦取り出す。これで中のケチャップライスは完成。

 次はたまごだ。ボウルにたまごと牛乳を入れて混ぜておく。フライパンはキッチンペーパーで綺麗にしてから、少し多めに油を入れて熱する。しっかり温まったのを確認してから、たまご液を流し込んで菜箸で少し混ぜながら焼く。半熟のふわとろなたまごで巻けたらカッコいいんだけど、あれ作るのとっても苦手なんだよね。オーソドックスな薄焼きのオムライスにする予定。破れて見栄えが悪くなることが多いから、緊張するなぁ。

 サラダを完成させたあと、ずっと後ろからわたしのことを観察するように見ていた君彦くんの視線も気になる。でも、やるしかない!

 たまご焼きの真ん中にケチャップライスを置いて、火を止める。大きめの平らなお皿に卵の端がついたのを確認して、

「えいっ!」

 勢いよくフライパンを返す。お箸で形を整え、

「う、うん。形にはなってるはず」

「ちゃんとオムライスだ。真綾はすごいな」

「ありがとう」


 残り三人分も作り、最後にケチャップをかける。コンソメスープと、芝田さんと君彦くんが切って、盛りつけたシーザーサラダと一緒に配膳ワゴンに乗せて食堂へ。

 食堂にはすでにお二人が座って待ってくださっていた。

「お二人とも、お待たせしました!」

「良い匂いね」

「オムライスとコンソメスープを作りました。サラダは芝田さんと君彦くんが作ってくださいました」

「君彦が?」

「本当かい?」

 君彦くんは小さく頷く。

「切って、盛りつけただけだが」

「それでもすごいわよ」

「僕らは学生時代の調理実習以来、包丁持ってないからね……」

 お父様は恥ずかしそうにこめかみを掻いてから、

「とりあえず冷めないうちに食べようか」

 わたしと君彦くんも座って、食事が始まった。

「サラダからいただこうかしら」

「ちゃんと切れてる。よくできたじゃないか」

 君彦くんは黙々とオムライスを食べている。何も言わないのは、たぶん少し照れてるんだと思う。

「じゃあ、オムライスを」

「お口に合うといいのですが……」

 お母様はたまごの部分をスプーンで割ってすくい、口に運ぶ。飲み込むと、わたしに笑いかけた。

「聞いていたとおりね。おいしいわ」

「真綾さん、スープもとてもおいしいよ」

「ありがとうございます!」

 よかったぁと胸を撫でおろす。

「なぜオムライスにしたの?」

「俺が話した思い出話から真綾が作ってくれた」

「思い出話?」

「昔、ファミリーレストランに行って、家族三人でオムライスを食べたという話をした」

「あったね、そういうことも。でも、どうしてファミレスに行ったんだったっけ?」

 お父様が首をかしげると、お母様がオムライスを見つめながら、

「君彦が、行ってみたいって言ったのよ」

 とぼそっと言った。

「俺が?」

「あら、本人は忘れてるのね。車で出かけていた時、どこかで食事しようかって話をしてたら、君彦が言ったのよ。当時読んでた本にファミレスが出てきてたんでしょうね。『どういうところなのか気になる』『ファミリーと付いているのなら、家族で行くところなんでしょ』って」

「覚えてない」と君彦くんは小さく首を横に振る。

「そういえば、その時もこういうオムライスだったわね。飾り気のない、シンプルな」

「そうだ。『せっかく行くなら、君彦が選んだものを一緒に食べよう』って美子が言ってね。懐かしいなぁ」

 お父様も頬をほころばせ、オムライスを口にする。

「あの日ね、一緒にオムライスを食べながら『ああ、私たちは家族なのよね』って思ったわ。その頃、君彦が家に引きこもるようになって、私たち夫婦は仕事で家を空けることが増えてきた時期で。君彦はこんな私たち夫婦のことをどう思っているんだろうって気にしてた。訊けないままだったけれど」

「父さんと母さんがいない日々が一日も寂しくなかったとは言い切れない。小学生の頃は学校でいろいろあったからな。思い出してはつらいこともあった」

 そう言うと、君彦くんはお父様とお母様の顔を見る。

「だが、母さんも父さんも楽しんで仕事をしていることは幼いながらに感じていた。俺もなにか楽しんでできることを探したいと思った。それが小説を書くことだった」

「だからといって、大学には行かないと言われた時は僕たちもマズイと思ったよ。このままでは僕らが死んだあと、本当に君彦が一人になってしまうからね。なんとか自立するきっかけがいると考えて」

「こうして真綾さんという素敵な方との出会いがあったから、無理やりにでも大学行かせてよかったと思っているわ」


 食事を楽しみながらいろんな話をした。大学の授業のこと、君彦くんの大学での様子や、駿河くん、咲ちゃんという素晴らしい友人がいること。お二人は、楽しそうに耳を傾けて、相づちを打ってくださる。

「こんなに話しながら食事するのはいつぶりかしらね」

「普段なら食事をしても、僕らは会話しないから」

「真綾の弁当を食べている時もそうだが、真綾のおいしい料理に入っている優しさがきっと会話させたくなるんだろう」

 君彦くんは微笑む。笑うところを一切見せなかった君彦くんが、最近こうして笑ってくれるのが嬉しい。黙っている時も素敵だけど、ふと何気なく笑みを浮かべる君彦くんを見ると、こちらも頬が緩んでしまう。


「真綾さん、また会いましょうね」

「いつ遊びに来てくれてかまわないよ」

「これからもよろしくお願いします」

 お二人に手を振って、君彦くんと一緒に車に乗せてもらい、家まで送ってもらうことになった。夜七時を過ぎ、照明で光り輝くお店や家々を横目に、車は心地いい速度で走っていく。その車中、

「帰宅したら、食べたものノートに感想を書き留めておく」

「わたしも」

 食べたものノートは名前の通り、その日に食べたものとその感想を書き留めるノート。わたしがずっとやっていた習慣の一つで、最初、君彦くんはわたしと組んで、「食堂のメニューを調べる」をテーマに新聞製作するために始めてくれたけれど、いつの間にか習慣になっていったみたい。

「あんなに話す父と母を見るのは久しぶりだった」

「みんなでたくさんお話出来て、わたしもとても楽しかったよ」

「良い時間だった。真綾がいてくれたからだ」

「いやいや」

「謙遜するな。真綾の明るさは固まったものを溶かして笑顔にする力があるのだから」

 そう言って、家に着くまで手を握っていてくれた。

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