蛇足は無駄な落款

「あははっ、とてもアーティスティックだね!敢えて、的を外すなんて」


貴方はボロ小屋の射撃場の一角で、一人用の猫脚テーブルとチェアを並べて、優雅に紅茶なんか啜りながら、僕の滑稽さを鑑賞して干渉してくる。失敬。ドラマなんかでよくある、人間が死ぬゲームをモニタリングしているサイコ金持ちみたいだ。


「僕の人生そのものです。僕が射抜きたい的には掠りもせずに、誰かの流れ弾で死ぬんですよ」


譲歩しないと歩けない人生。十字架を壊した罪を背負っては、懺悔なんてできやしない。僕は無駄骨なわりに責任だけは十代で重大な玩具メーカー。対価は製氷機でできた氷の一欠片。氷山の一角なんてもんじゃない。


「誰かとは誰だい?」


そう聞かれて思い当たる人物はいれど、そのような人間と関係を築いてしまって傷付いてしまって、でも逃げられなかった僕が、全部悪いんだよね?


「結局は自己責任でお願いします」


貴方は唇を尖らせる。ちょっとした、考え事をする時や不満だろう時の貴方の癖だ。


「ふふっ、君が話したくないのならば仕方がないね。さあ、練習を続けようか」


機微の針がわずかに諦念に触れて、何ともないを装った微笑みで、貴方が指を鳴らすと、眺望一面が芝生のレストラン、二人用のテラス席にいた。


「え、何何何、何が起こったんですか?……え、何処ですかここ?」


錯乱状態のサフランライス、紫外線対策なんて言われても死骸戦隊サクとしか聞き取れないほど脳死している。


「ゴルフ場だね」


対照的に神色自若な貴方はウイスキーをロックで嗜んでいる。時空の歪みを直感的に体感した。単なる僕の記憶障害か、はたまたボスの人知を超えた神業か。けれども、サフランライスは現実的に美味しい。クラシック音楽まで心地良い。


「良いところですね、ゴルフ場」


「リア、19ホールまで付き合ってくれるかい?」


なんて頬杖ついて首を傾けて不敵な笑みで尋ねてくる貴方に、僕はめっぽう弱い。その裏に隠れている何かに好奇心を否応なしにくすぐられるのだ。


「ああはい、ぜひ」


ゴルフなんて、全くした事ないけど。二つ返事でダブルボギーマン。止まっているボールが打てないなんて可笑しくて、笑ってはトリ。スコアは300点だから100点満点ならばトリプルスコア。ボスはほろ酔いで61点。「ゴルフはスコアが低ければ低いほど良い」らしい。



「リア、これはお遊びじゃないんだ」


貴方が僕が空振り三振した時にため息混じりに呟いた。これまで僕とともに空振りを笑っていた貴方がだ。身が萎縮した、骨が軋んだ。絶対に外してはならないと、一瞬にしてプレス機で押し潰されたように僕の精神はペラペラになった。クラブのグリップに汗が滲む。素振りと称して芝生を抉る僕だ。ゴルフは紳士のスポーツだと聞いていたが、悪魔のパワハラだと思わずにはいられ、でも僕が不格好なりにもボールを転がしたら、ボスはとびきり褒めちぎってくれた。死に物狂いで振り下ろしたクラブがボールに、ボールと地面に当たった瞬間、その衝撃で腕全体に痛みが走った。


「いっ……」


「ナイスショット!君はできる子だと信じていたよ」


数メートル転がしただけでナイスショットは嫌味だろう。痛がっている僕とは裏腹に、満たされている貴方はまたワンショット、酒を煽った。



「ごめんなさい、僕のせいでこんな遅い時間まで付き合わせてしまって」


暗闇に包まれる木々。このゴルフは正直に言うと地獄だった。ゴルフというのはゴールから遠い場所の人から打つらしいので、ボスが一打進むと、それに追いつくため僕は三打から五打ほど叩かなければならない。それにOBという場所にボールを入れてしまうと、その一打をカウントされてまた同じ場所から再スタートだ。最初は三打くらい空振りしても笑って見過ごされたが、ホールが進むにつれて100ヤードほど前進させされたりOBのボールをフェアウェイに落ちたことにされたりグリーンに乗ったらカップインにされたり、ハンデの配慮が僕を楽しませるためのものではなくゲーム進行を妨げないためのものになっていた。ボスは7番で200ヤードも飛ばしてしまうのだから、さぞかし退屈だったのだろう。そんな心情を嫌でも察せざるを得なくて半泣きになりながらクラブで芝生を滅多打ちにしていた。


「リア、君が謝る必要はないよ。楽しい時間はあっという間に過ぎてゆくものなんだ。言うなれば、時間という概念が悪いね」


帰ってきたレストランのテラス席。貴方は空のグラスにウイスキーを注ぐ。ゴルフクラブは三本しか持っていなかったのに、ウイスキーボトルは何本持っているんだろう。無限に出てくる。


「こんなんでも、楽しんでいただけましたか?」


自分の不甲斐なさで貴方の顔も見られずに白いテーブルの傷跡をただじっと眺めていた。


「何を言っているんだい?」


「え?」


貴方からの慰めの言葉を期待して、僕は顔を上げた。ただ「楽しかったよ」と、そう言ってもらえれば、


「19ホール目はこれからじゃないか」


酒の入ったグラスを傾けて、上気した頬で妖気に笑いかけ、琥珀色した液体を僕へと近づけてくる。呑みのお誘いか。


「ああ、そうですね」


と僕もワンショット。

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